壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉

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第三章

義姉の愛

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「私なら構わないわ」
 不意に会話を遮られ、ハッと二人は同時にドアに顔を向けた。
 水差しを乗せた盆を手に、エイスティンが部屋に入ってきていた。
「お義姉様! 」
「エイスティン夫人! 」
 彼女が口にした言葉から察するに、一部始終を聞いていたことに間違いはない。
 エイスティンはサイドテーブルに水差しを置いた。
「アメリア。私は貴族同士のしがらみがありながらも、素晴らしい夫に出会えたわ。それはもう、奇跡と呼べるくらいに」
 うっとりとエイスティンが睫毛を伏せる。
 エデュアルトの頬が微かに強張った。
「だからアメリア。あなたも、辛い結婚に縛られることはしてほしくない」
 貴族として生まれた以上、それは望むべきではない。結婚とはあくまで家と家の結びつき。 
 エイスティンはアメリアと三つしか違わないが、心境は母親に近い。
「しかしな、エイスティン夫人。そうなれば、あなた達の立場が」
 エデュアルトは苦々しい表情で割って入った。
「ハリーが大切に思う妹は、私にも大切な存在よ」
「しかし。生まれた子供にも、辛い思いを」
 などと、まだ膨らみのわからないエイスティンの腹部に視線を落とす。
 生まれてくる身も心も真っさらな子供も、生まれてくる以前から世間の白い目に晒されてしまう。
「ブランシェット卿。貴族ほどゴシップ好きの人種はいないわ。毎日毎日、飽きるくらいのゴシップが流れているんですよ。貴族の駆け落ち話なんて、皆んな、すぐに忘れてしまうわ」
 エイスティンは余裕で返した。
「しかし。一度損ねた信頼は、なかなか取り戻せないぞ」
 エデュアルトは畳み掛けた。
「やつの伯爵としての地位が揺らぐ」
「ハリーはそこまで安い男性ではないわ」
 エイスティンは語気を強めた。
 彼女は派手な外見に見合わず穏やかでおしとやかな性分だが、今は別だ。爛々と目を輝かせた。
「確かに一度は失墜するわ。だけど彼なら、すぐに信頼を取り戻す」
「大した自信だな」
「当然よ」
 エイスティンは夫の実力を信じている。ハリーは、このようなことで潰れてしまう男ではないと。
「アメリア。まだ傷は痛むでしょうが。すぐにここを経った方が良いわ」
「お義姉様」
「気をつけて」
「ええ」
 二人は硬く抱き合った。
 アメリアはエイスティンの香りを思い切り吸い込む。甘いフルーティーな香りは、アメリアに安らぎをもたらした。


「おい。勝手に話を勧めないでもらいたい」
 エデュアルトはハスキーな声で抗議してきた。
 肯定もないうちに、先々と話が進んでいることに納得いかないのは当然だ。
 たちまちエイスティンの目つきが冷ややかになる。
「あら、ブランシェット卿。何でもするとアメリアに仰っていたでしょう? あなたは、口先だけの男かしら? 」
「結婚は一生を左右するものだ。それを、こうも簡単にだな」
「アメリアは相応の覚悟を持って話をしているわ」
 エイスティンと目が合ったアメリアは、小さく頷いた。
 アメリアに気持ちがないのに、結婚したとして、先は見えている。エデュアルトは好き勝手な振る舞いをやめないだろう。アメリアは駆け落ちしたことで社交界から爪弾きは避けられない。待っているのは地獄だ。
 それでも、エデュアルトが手に入るなら地獄にだって居座ってやる。
 アメリアの目には覚悟があった。
「仮に俺と結婚したところで。アメリアを妻の目で見るなんて出来るわけがないだろう? 」
「よくも抜け抜けと。アメリアに手を出したくせに」
「未遂だ。それに、あれは雰囲気に呑まれただけで」
「あなた、どれほど最低なことを口走っているかわかる? 」
 エイスティンはますます白い目を向けた。
 エデュアルトにとって、残酷極まりない話だ。
 恋慕する相手自らが、別の女と駆け落ちをしろと唆すのだから。
 アメリアはエデュアルトの気持ちがわかる分、罪悪感が膨れ上がる。無茶を強いている。
「チクショウ」
 エデュアルトは血を吐かんばかりに唸った。
 眼光鋭く、わなわなと拳を震わせる。
 何でも言うことを聞くといったのは、一流の医師を探し出し、背中の傷の治癒を何年、何十年かけて面倒をみるという意味だ。
 また、それでも傷が癒えず、嫁ぎ先が決まらない場合には、別邸を宛てがい、生活全般に不自由がないよう金を渡すこと。
 何も自分がアメリアを娶ろうなど、考えすら及ばなかったのに。
「わかったよ。アメリアの望みを叶えるよ」
 エデュアルトは苦しそうに呻いた。
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