壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉

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第四章

真夜中の駆け落ち

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 青髭がいつアメリアに正式に求婚を申し込んでくるかわからない。
 一刻も早く駆け落ち婚を成立する必要がある。
 憎んではいても、男に二言はないとエデュアルトはアメリアの要望を受け入れた。
 辺境の村まで馬車を飛ばしても四十八時間。過酷だ。
 だが、出発前から挫けている場合ではない。
 アメリアは真っ黒のマントを纏い、頭からすっぽりとフードを被ると、暗闇に紛れ込むよう出来る限り身を縮めて馬車に乗り込む。
 庭師が仕事を終える時間帯を狙った。屋敷内の使用人らはこれから夕食の支度に取り掛かるため、かなり忙しくなる。幾らアメリアに関心がなかろうが、さすがに貸し馬車に乗り込めば不審がるだろうから、今が都合が良い。
 誰の見送りもない。
 アメリアはこれから、慣れ親しんだヴィンセントの名を捨てるために旅立つのだ。
 ふと視線を感じて兄夫婦の寝室を見上げれば、エイスティンが不安そうにカーテンの隙間から覗いていた。
 アメリアは小さく手を振って、もしかしたらこれが最後になるかも知れない別れを告げた。
「早く乗り込め。急ぐぞ」
 感傷的になるアメリアをピシャリと叱責してから、エデュアルトは続いて馬車に乗り込んだ。


「馬車は三時間ごとに代える」
 馬車は貸し馬車の割には乗り心地は良好だ。
 スプリングはきいているし、そこそこ客車キャビン内は広い。エデュアルトが脚を組めるくらいに。
「次の停留所で、しばらく宿屋で休む。しばらくと言っても、ニ、三時間だからな」
「わかったわ」  
 アメリアは頷いた。
 おや、とエデュアルトの眉が上がる。
「やけに素直じゃないか」
 アメリアのことだから、文句の一つや二つが返ってくるものだと予測していたらしい。
「それとも、今更俺と駆け落ちすることに後悔し始めているのか? 」
 エデュアルトは皮肉げに唇を斜めに吊った。
「今なら引き返せるぞ」
 馬車はたった今、動き出したばかり。
「後悔なんてしていないし、引き返すつもりもないわ」
 アメリアはいつもより二つばかり声のトーンを落としてピシャリと答えた。その眼差しに迷いはない。
 覚悟の目だ。
 これからヴィンセントの名を捨てて、ブランシェットに入ることへの、覚悟の目。待っているのは不幸な結婚生活。選んだのは、他でもない自分。
 アメリアの決意は固い。
「言っておくが、旅は過酷極まりない。弱音を吐かれたところで、俺は何も介抱しないからな」
「わかってるわ」
 わざと煽るような言葉にもぶれない。
 膨れっ面の子供じみたアメリアの姿は、そこにはない。
「わ、わかってるなら、それで良い」
 エデュアルトはゴホンとわざとらしい咳をすると、会話を締めくくった。


 貸し馬車のランクは上々なものの、とにかく運転が荒い。
 御者に急げと命じたものの、彼の繰るスピードは予想外だ。
 おまけに、この地を管轄する領主が経営下手なのか、道は全く手入れが入っていない。そのうち暴動が起きそうなくらいの悪路だ。
 容赦ないスピードに加えて、でこぼこ道で、がくがくと揺れて今にも車輪が弾けそうだ。
 まだまだ目的地までは遠い。
 眠ろうにも車体がガタンガタン揺れて、そのたびに壁に頭をぶつける。仕舞いに酔ってきて、アメリアの白い顔はますます青ざめるばかり。胃が空っぽだから、余計にぎゅうぎゅうと鳩尾の部分が締め付けられる。
 エデュアルトも、車輪が石を噛んで、尻が座面から浮くたびに忌々しそうに舌打ちした。
「思った以上に芯があるじゃないか」
 エデュアルトはニタリと唇をひん曲げた。
「俺の予想なら、今頃は喚き散らして不平不満だらけだったがな」
「私が望んだのよ。不満を言う資格なんてないわ」
 キッパリ話すアメリアに、エデュアルトはやや体を引いた。
「そ、そうか」
 言うなり、咳払いする。
 と、窓の外を何となしに見た。
「すっかり日が暮れたな。次で馬車を代えるぞ」
 出発した頃にはオレンジ色に空が焼けていたというのに、今やすっかり日が落ち、辺りは真っ暗だ。
 エデュアルトは欠伸を噛み殺す。
「あなたでも眠くなるのね」
「どういう意味だ? 」
「眠気なんて縁のない人と思ったのに」
「女を抱いた後は、いつも眠い」
「そうなのね」
「お前とは分かり合えないだろうがな」
 エデュアルトは鬱陶しげに答えた。
 何がどうあっても、アメリアが彼に腕枕をされて目覚める朝は来ない。
 ズキリ、と胸が痛んだ。
 契約上、彼を手に入れたとしても、心までアメリアのものではない。
「お前は可哀想なやつだな」
 エデュアルトは顎を撫でながらしみじみ呟く。
「壁の花なんてものを自ら選択さえしなければ、こんな悪路で安い馬車なんかに揺すられることもなかったのに」
 話すうちに、またもやガタリと車体が傾く。
 エデュアルトは舌打ちした。
「しかも、その駆け落ち相手が悪名高きブランシェット子爵とはな」
 この世で最も結婚相手に相応しくない男だと自虐する。
「愛のない結婚など、誰も好き好んで選ばないぞ」
 アメリアが愛を与えたとしても、見返りはこない。一方通行。
「大人しく世間の理にさえ従っていれば、今頃はのんびりとソファに座って優雅に刺繍でもしていただろうに」
 アメリアは容貌は悪くない。
 むしろ、マーリンによって原石は磨かれ、美しく輝いている。
 派手で人の目を釘付けにする美貌とはまた違った清楚で可憐な、ふと見た者の目をそのまま逸させない魅力がある。
「後悔はないわ」
 キッパリとアメリアは言い切る。
 すでに未来への覚悟なら出来ている。
 ごく一般的な幸せを手放して、アメリアは初恋を叶えたのだ。
「これが私の選んだ道だもの」
 ふわり、と柔らかく微笑むアメリアひ、エデュアルトは戸惑い、何やらモゴモゴしながら目線をあさっての方へとずらした。


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