壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉

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第三章

足手まとい

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 さすがに約束の時間を大幅に遅れている。
 だが、心配しているであろう御者が来ないところをみると、御者も身動きを封じられているのかも知れない。
 助けが来ないとなると、自力で活路を見出すしか。
 エデュアルトはこの国の男と比較するとかなり体格の良い部類に入る。偏った食事や怠惰な生活、水のようなワインの飲みっぷりから、どの貴族も大抵は二十代半ばから下腹がでっぷりし、日頃の運動不足によって身動きがままならない。
 背も低く、百六十センチが平均値だ。
 しかしエデュアルトはそんなこの国の基準値を大きく外していた。
 剣術、武術は毎日鍛錬を欠かさない。抱いた女は判で押したように皆んな、エデュアルトの大胸筋と上腕二頭筋の適度な引き締まり具合にうっとりとなる。国境警備のような熊みたいな屈強さより、細身に見えて実は鍛えているといったのがお好みらしい。
 などとチヤホヤされるといった動機ではあるが、真面目に修練し、そこそこ腕前には自信はあった。
 エデュアルトは迷うことなく片足に重心を掛けて、もう一方の脚を目の前の暴漢の腹めがけて蹴りつけた。
 不意打ちに、男は「うっ」と呻いてよろめく。
 面倒事は避けたかったが、アメリアの貞操が掛かっているとなると、容赦しない。
「野郎! 」
 暴漢の残り一人がカーッと反撃に出る。
 握り拳をエデュアルトの頬へ打ち込もうとした。
 素早く拳の動きを読んだエデュアルトは、その方向を避け、腰を屈めるや、男の死角に入り込む。
 急にエデュアルトの姿が視界から消えて、男は焦り、怯んだ。
 その隙を逃さず、エデュアルトは拳を男の顎に打ち込んだ。 
 がきりと鈍い音を立てて、男が真後ろに吹っ飛ぶ。直後、路地に放置されていた掃除用のバケツやモップの中へ叩きつけられた。
 形勢はエデュアルトにあるかと思われた。
 が、暴漢らの方が一枚上手うわてだった。
「おい! 女がどうなっても良いのか! 」
 仲間がやられているのを放置し、残された一人はアメリアを人質にしていたのだ。
 エデュアルトの腕っ節の強さに圧倒されているうちに、忍び寄られていることにも気づかず、あっと思ったときには後ろから羽交締めにされていた。
「くそっ! 」
 エデュアルトは奥歯を噛み締め、動きを止めた。
「ブランシェット卿! 」
 無抵抗となったエデュアルトを、悲壮な目で見るアメリア。油断した己の不甲斐なさ。そもそも足手まといでしかない存在。エデュアルトの足枷にしかならない自分が惨めで仕方ない。
「だ、誰か! 誰か助けて! 」
 たまたまそばを通りかかった屈強な大工らしき男に助けを乞う。
 しかし、その大工は「ああ、またか」と言わんばかりに肩を竦め、素通りした。
「ひ、酷い! 無視するなんて! 紳士の風上にもおけないわ! 」
 アメリアは憤怒した。
 そんな彼女に、暴漢はくっと小馬鹿にした笑いを漏らす。
「お嬢さん。この町に紳士なんかいねえんだよ」
 下町ではそれが日常だ。
 誰だって自分の命は惜しい。無駄な正義感を出せばたちまち巻き込まれ、下手をすれば自分はおろか家族にまで被害が及ぶ可能性もある。不必要な偽善と天秤にかけるまでもない。
 エデュアルトが無抵抗となるや、二人の男達はエデュアルトをうつ伏せに倒し、彼の体を取り押さえる。
「ああ! ブランシェット卿! 」
 エデュアルトが拘束されたことにより、あっさりとアメリアは解放された。アメリアを羽交締めにした男は懐から鋭いナイフを取り出す。
 ギラギラとナイフの先端が月の光に反射した。
 すでにアメリアは蚊帳の外。
 彼らは任務遂行に意識を向けている。
 アメリアは旅行鞄の蓋を開けると、ごそごそと中を漁った。
 護身用に持っていたピストルを引っ張り出す。
 人を相手に撃ったことは勿論ない。しかし、まだ両親が生きていた頃には何度となく射撃練習をしたことがあった。父は自分の体の異変に勘づいていたのだろう。アメリア自身が身を守れる手段を教えた。
 父の教えを十年以上を経て使うときがきた。
 躊躇いつつ打ち金を起こす。
「か、彼を、は、離しなさい! 」
 アメリアはナイフを握る男に照準を合わせる。
「さ、さもないと! 撃つわよ! 」
 引き金に指を入れた。
「おい、物騒なものは仕舞え」
 アメリアの目が血走っていることに気づいたナイフの男は降参のポーズを取るや、猫撫で声を出した。
「そんなもの扱い切れないぞ」
「お、脅しじゃないわ」
 あくまでポーズなだけだと言いたげだ。
 しかしアメリアは本気だ。エデュアルトのためなら、牢にぶち込まれることになろうと構わない。
「ほ、本当に撃つわよ」
「おいおい。銃の扱い方もわからないお嬢様が」
「わかるわ! 」
 アメリアはヒステリックに叫んだ。
 エデュアルトの額にびっしりと汗の粒が浮かぶ。
 取り押さえている男らも、アメリアの妙に興奮した息遣いに気づき動揺して体を強張らせる。
「アメリア、やめろ。お前を人殺しにするつもりはない」
 エデュアルトはアメリアの本気を見て、彼女が愚かなことをしないよう言い含める。
「馬鹿にしないで。射撃はお父様に教えていただいたわ。命中率は高いんだから」
「何年前の話だ」
「大丈夫よ。感覚は覚えているわ」
 命中させる自信ならある。だが、相手を牽制させるに留める自信はない。いよいよ、牢屋への道が決定づけられようとしている。アメリアはハアハアと肩で息をしながら、狙いを定めた。


「あっ! 」


 アメリアが銃を撃つことはなかった。
 それまで気配を消していた四人目の男が、アメリアから銃を奪ったからだ。
 四人目の男は仲間らのボスの位置づけらしい。
 彼は人殺しは望んではおらず、あっさりと取り上げた銃を地面に転がして遠くまで飛ばした。
「大人しい顔して、とんだじゃじゃ馬だな」
 羽交締めにされ、動きを封じられる。
「は、離しなさい! 」
 ボスは先程の男よりも上背があり、力も強い。アメリアの片方の靴先が宙に浮いた。
「おい。さっさとやってしまえ」
 ボスは苛立たしげに命じる。
「雇用主は今か今かと待ち侘びているぞ」
「お、おお」
 ナイフを握った男は、頷くとエデュアルトへと向きを変えた。
 エデュアルトは無抵抗を貫いている。自分の美貌より、アメリアの命を選んだのだ。
「だ、駄目よ! 顔に傷つけるなんて、承知しないんだから! 」
 アメリアが大好きな容貌が滅茶苦茶にされるなんて、許さない。恨みがあるわけでもなく、単に依頼されたといった理由のみで。
「ぐあっ」
 ボスが喉を潰されたかのような潰れた声を上げた。
 アメリアは一度腰を屈めてから思い切り体を伸ばした。
 アメリアの頭が思い切りボスの顎にぶち当たる。
 不意打ちで頭突きを食らったボスは、アメリアを突き放すと、あまりの痛みにその場に蹲った。
「駄目! 」
 アメリアは夢中でエデュアルトに駆け寄った。
 今、まさにナイフが振り下ろされる。


「アメリア! 」


 背中に物凄い衝撃が走った。
 そのあまりの痛みは、周囲の音を遮断するくらいに。
 背中が燃えるくらいに熱い。
 直後、アメリアの意識はぷっつりと途切れた。











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