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第二章
変身前のアメリア
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「来い」
いきなりエデュアルトが立ち上がる。
「え? 」
「ドレスを着替えるぞ」
「ど、どこで? 」
「知り合いの店だ。行くぞ」
もう彼は女将に勘定をしている。
「ま、待って。まだスープが残ってるから」
「さっさと食え」
いらいらと吐き捨てられる。
「な、何で私にはそう厳しいのかしら? 他の令嬢には、物凄く優しいのに」
ぶつぶつと文句を垂れずにはいられない。手厳しいのはアメリアを慮ってのことだが、他の令嬢への態度とあまりにも違い過ぎるから、今いちそれが伝わってこない。
「アメリア」
「は、はい。今すぐ行くわ」
アメリアは味のないスープを諦めて立ち上がった。
王都を分断する大通りの高級店の並びの一つのドアをエデュアルトは叩いた。
治安のよろしくない地域の境にあるため、どの店も日が暮れると早々に頑丈に鍵を閉めている。
上品なクリーム色の石造りがずらりと並んでいる。三角形の切妻壁、壁につけられた付け柱、左右対称にデザインされた古典的な建物だ。
壁に貼られた看板には理髪店の名前。
エデュアルトがドアをノックしてほどなくすると、中から金髪を美しく結い上げた三十手前の女性が小走りで駆けてきた。
豊満な胸を揺らし、腰をくねらせて。
彼女とエデュアルトがどのような関係か、説明されずともわかる。
「まあ、エディ。ご無沙汰ね」
「マーリン。会った早々嫌味はやめてくれ」
「もう忘れられたかと思ったわ」
マーリンは拗ねたようにエデュアルトの腕にしなだれかかった。
「おい、ふざけるのはやめろ」
「もう、エディったら! 」
マーリンは、色っぽくエデュアルトを睨みつける。
目の前でイチャイチャされて、ムスッとアメリアは唇を尖らせた。
そんなアメリアの不機嫌さには一向に気づかず、若しくは気づいていて敢えて無視しているのか、マーリンはエデュアルトにしなだれかかったままだ。
「聞いたわよ。ジュリアに別れを告げたんですって? 」
「もう噂がここまで出回っているのか? 」
ジュリア、という名前にピクリとアメリアの目元が引き攣った。エイスティンに似せていた女性だ。
「随分と立腹していたわよ」
マーリンは可笑しさを噛み殺し、くっくっと喉を鳴らす。
「ジュリアの俺への執着は異常を来してきているからな」
エデュアルトは鬱陶しそうに
「それに、ある程度線引きしておかないと。あの女の亭主は厄介だ」
「ああ。酷く嫉妬深いんでしょう? 」
「そのうち、ナイフで腹を抉られかねないからな」
「火遊びもほどほどにしなきゃ駄目よ」
「わかってるさ」
愛人というよりは、どちらかといえば母親のように包容力のある女性だ。エデュアルトとそう年は違わないのに。
エデュアルトは憮然と頷く。
「それより。こちらの女性は? 」
マーリンは、ようやくアメリアに視線を向けた。
メラメラと嫉妬の炎を燃やしていたアメリアは、いきなり自分の存在を晒されて、ビクッと飛び上がってしまった。エデュアルトの影でこっそり炎を滾らせていたことを見抜かれてしまったようで、気まずさからさらにエデュアルトの影に隠れてしまった。
「親友の妹だ」
アメリアのそんな無礼さを何ら気にすることなく、エデュアルトは紹介する。
「この娘を年相応にしてもらいたい」
彼の一言により、エデュアルトとマーリンから親密さがいっぺんに吹き飛んだ。彼らの間では、すでに商売の交渉が始まっていた。
「お幾つ? 」
「二十一だ」
「まあ! 」
マーリンが目を丸くする。
彼女の内心は容易に読み取れた。
露骨な反応に、ムッとアメリアは眉間の皺を深くする。
どうせ子供っぽいと言いたいんでしょ。
誰しもが同じような反応をするが、エデュアルトと親密な女性からだと余計に気に障る。
しかしマーリンは冷やかすことなく、アメリアの体を近くから、少し離れて全体的にと、職人の目つきで凝視してきた。
マーリンはうんうんと頷きながら、腕を組んで眺めている。
「腰のくびれは上出来ね。お尻も形が良いわ」
アメリアの体を反転させると、ぺちり、とお尻を叩いた。
「きゃっ! 」
アメリアが飛び上がったが、お構いなしでマーリンは客観視している。
「胸が小さいのは気になるけど。まあ、及第点でしょう」
「小さ過ぎないか? 」
エデュアルトが口を挟んだ。
ムッとアメリアが睨む。
「あなたは物足りないでしょうがね。これくらいを好む殿方は多いのよ」
「そうなのか? 」
マーリンの説明に、エデュアルトは首を傾げた。エデュアルトの基準は、豊満な胸をしたエイスティンだ。
「化粧気が全くないけれど。化粧映えする見事な容貌よ。肌も綺麗。この子は化けるわよ」
マーリンは腕まくりし、目をキラキラさせる。職人として刺激をされたようだ。
「この子供がか? 」
エデュアルトは納得出来ず、鼻を鳴らす。
「この王都一の化粧師の私が言うのだから。間違いはないわ」
マーリンは、もう一度アメリアの尻をぺちりと叩いた。
「きゃっ! 」
アメリアの靴裏が三センチ浮いた。
「さあさ、殿方は部屋を出て。応接室で待っていてね」
「う、うむ。大丈夫か? 」
「任せて。私の持てる限りの力を駆使して、一流のレディに仕立てあげてみせるわ」
マーリンは自信満々に胸を反らせ、断言した。
いきなりエデュアルトが立ち上がる。
「え? 」
「ドレスを着替えるぞ」
「ど、どこで? 」
「知り合いの店だ。行くぞ」
もう彼は女将に勘定をしている。
「ま、待って。まだスープが残ってるから」
「さっさと食え」
いらいらと吐き捨てられる。
「な、何で私にはそう厳しいのかしら? 他の令嬢には、物凄く優しいのに」
ぶつぶつと文句を垂れずにはいられない。手厳しいのはアメリアを慮ってのことだが、他の令嬢への態度とあまりにも違い過ぎるから、今いちそれが伝わってこない。
「アメリア」
「は、はい。今すぐ行くわ」
アメリアは味のないスープを諦めて立ち上がった。
王都を分断する大通りの高級店の並びの一つのドアをエデュアルトは叩いた。
治安のよろしくない地域の境にあるため、どの店も日が暮れると早々に頑丈に鍵を閉めている。
上品なクリーム色の石造りがずらりと並んでいる。三角形の切妻壁、壁につけられた付け柱、左右対称にデザインされた古典的な建物だ。
壁に貼られた看板には理髪店の名前。
エデュアルトがドアをノックしてほどなくすると、中から金髪を美しく結い上げた三十手前の女性が小走りで駆けてきた。
豊満な胸を揺らし、腰をくねらせて。
彼女とエデュアルトがどのような関係か、説明されずともわかる。
「まあ、エディ。ご無沙汰ね」
「マーリン。会った早々嫌味はやめてくれ」
「もう忘れられたかと思ったわ」
マーリンは拗ねたようにエデュアルトの腕にしなだれかかった。
「おい、ふざけるのはやめろ」
「もう、エディったら! 」
マーリンは、色っぽくエデュアルトを睨みつける。
目の前でイチャイチャされて、ムスッとアメリアは唇を尖らせた。
そんなアメリアの不機嫌さには一向に気づかず、若しくは気づいていて敢えて無視しているのか、マーリンはエデュアルトにしなだれかかったままだ。
「聞いたわよ。ジュリアに別れを告げたんですって? 」
「もう噂がここまで出回っているのか? 」
ジュリア、という名前にピクリとアメリアの目元が引き攣った。エイスティンに似せていた女性だ。
「随分と立腹していたわよ」
マーリンは可笑しさを噛み殺し、くっくっと喉を鳴らす。
「ジュリアの俺への執着は異常を来してきているからな」
エデュアルトは鬱陶しそうに
「それに、ある程度線引きしておかないと。あの女の亭主は厄介だ」
「ああ。酷く嫉妬深いんでしょう? 」
「そのうち、ナイフで腹を抉られかねないからな」
「火遊びもほどほどにしなきゃ駄目よ」
「わかってるさ」
愛人というよりは、どちらかといえば母親のように包容力のある女性だ。エデュアルトとそう年は違わないのに。
エデュアルトは憮然と頷く。
「それより。こちらの女性は? 」
マーリンは、ようやくアメリアに視線を向けた。
メラメラと嫉妬の炎を燃やしていたアメリアは、いきなり自分の存在を晒されて、ビクッと飛び上がってしまった。エデュアルトの影でこっそり炎を滾らせていたことを見抜かれてしまったようで、気まずさからさらにエデュアルトの影に隠れてしまった。
「親友の妹だ」
アメリアのそんな無礼さを何ら気にすることなく、エデュアルトは紹介する。
「この娘を年相応にしてもらいたい」
彼の一言により、エデュアルトとマーリンから親密さがいっぺんに吹き飛んだ。彼らの間では、すでに商売の交渉が始まっていた。
「お幾つ? 」
「二十一だ」
「まあ! 」
マーリンが目を丸くする。
彼女の内心は容易に読み取れた。
露骨な反応に、ムッとアメリアは眉間の皺を深くする。
どうせ子供っぽいと言いたいんでしょ。
誰しもが同じような反応をするが、エデュアルトと親密な女性からだと余計に気に障る。
しかしマーリンは冷やかすことなく、アメリアの体を近くから、少し離れて全体的にと、職人の目つきで凝視してきた。
マーリンはうんうんと頷きながら、腕を組んで眺めている。
「腰のくびれは上出来ね。お尻も形が良いわ」
アメリアの体を反転させると、ぺちり、とお尻を叩いた。
「きゃっ! 」
アメリアが飛び上がったが、お構いなしでマーリンは客観視している。
「胸が小さいのは気になるけど。まあ、及第点でしょう」
「小さ過ぎないか? 」
エデュアルトが口を挟んだ。
ムッとアメリアが睨む。
「あなたは物足りないでしょうがね。これくらいを好む殿方は多いのよ」
「そうなのか? 」
マーリンの説明に、エデュアルトは首を傾げた。エデュアルトの基準は、豊満な胸をしたエイスティンだ。
「化粧気が全くないけれど。化粧映えする見事な容貌よ。肌も綺麗。この子は化けるわよ」
マーリンは腕まくりし、目をキラキラさせる。職人として刺激をされたようだ。
「この子供がか? 」
エデュアルトは納得出来ず、鼻を鳴らす。
「この王都一の化粧師の私が言うのだから。間違いはないわ」
マーリンは、もう一度アメリアの尻をぺちりと叩いた。
「きゃっ! 」
アメリアの靴裏が三センチ浮いた。
「さあさ、殿方は部屋を出て。応接室で待っていてね」
「う、うむ。大丈夫か? 」
「任せて。私の持てる限りの力を駆使して、一流のレディに仕立てあげてみせるわ」
マーリンは自信満々に胸を反らせ、断言した。
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