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第二章
危険な誘惑
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わあああああ、と歓声が上がった。
「やったわ! 」
アメリアはパチンと指を鳴らした。
赤と黒のルーレットがアメリアの賭けた通りの色を示し、クルピエが配当金をアメリアの前に積む。
取り囲んでいた人々は一斉に拍手した。
壁の花として見向きもされなかった乙女は、今や輪の中心におり、チリチリと燃える欲望を一心に集めている。
「レディ、喉が渇いたでしょう? 」
給仕が耳元で囁いた。
「どうぞ、こちらへ」
エデュアルトは投資仲間に呼び止められて話し込んでいる。外国では鉄道が日常に根付いているから、じきに我が国もそうなる。投資すべきだと。彼らは熱心に議論し合っている。
いづれは伯爵位を継ぎ、莫大な財産を手に入れるエデュアルトだから、今の世の中、貴族自らが働くなどありえない話だ。
エデュアルトが進んで投資する様に、良い顔をしない古狸。貴族の風習に縛られる若者も、エデュアルトを異質な目で見ている。
エデュアルトに尊敬の眼差しを向ける先進的な若者も中にはいるにはいるが。白熱する彼らを、周りの貴族は冷ややかに眺める者が多い。
「だ、駄目よ。ブランシェット卿に叱られるから」
勝手に彼の視界から消えたら、後でどれほど叱り飛ばされるか。
「大丈夫ですよ。ほんの少しの間ですから」
「で、でも」
「ブランシェット卿には、私から後で伝えておきますので」
「勝手なことをすれば、叱られるわ」
「あの方のことですから、カクテルを禁じておられるのでしょう? 何、応接室ならバレやしませんよ。私が黙ってさえいれば済む話ですから」
「だ、だけど。ブランシェット卿が」
「レディ? あなたは、いつまであの方の庇護の下にいるつもりですか? もう立派な大人なのに」
「大人……」
「ええ。あなたは立派な大人で、素晴らしいレディです」
大人、と強調されて悪い気はしない。
「いただくわ」
アメリアは頬を紅潮する。
何だかいけないことをする子供のように、ワクワクと胸を躍らせた。
「では」
アドレナリンが湧き上がるアメリアは、給仕がニタリと邪な笑い方をしたことなど、少しも気づかなかった。
「な、何するのよ! 」
アメリアは声を引き攣らせる。
応接室に通され、言われるがまま大人しく革張りソファに腰を下ろした。
給仕は大理石のテーブルに、透き通る水色の液体が入ったグラスを乗せる。晴れた海を思わせるその色に、アメリアはうっとりした。
促されるまま、三口含んだときだった。
「な、何するのよ! 」
それまでニコニコとしていた給仕が、いきなり目を剥き、アメリアに覆い被さってきたのだ。
「ノコノコとこんな場所に来たあんたが悪い。世間知らずにも程があるだろ」
「は、離して! 」
「見たところ、処女だな。犯し甲斐があるってもんだ」
「いやあ! 」
狭いソファの上で格闘するものの、やはり男の持って生まれた力強さには敵わない。
ドレスの襟ぐりを開かれ、乳房がぽろんと溢れた。小ぶりなものの、きめ細かい白さで、その先端はツンと尖って穢れなき淡いピンクだ。
三十を越えた経験豊富なエデュアルトには物足りないだろうが、まだ二十代の若者を刺激するには充分過ぎる。たちまち鼻息を荒くした男に、胸の形が変わるくらい両手で潰されてしまった。
「い、いや! 」
必死に抵抗するものの、何故だか力が入らない。
酒のせいではない。直感した。
「あ、あなた。毒を盛ったの? 」
「毒? まさか? 」
男は心外だと目を開く。
「少々、媚薬を」
ニタリ、と男はいやらしく顔を歪めた。
「び、媚薬ですって? 」
そのようなものが実在するのは、夜会で何度となく耳にはした。だが、この目で確かめたことはない。くだらない官能小説の
読み過ぎだと、噂話が流れてくるたびに鼻で笑っていた。
「飲み過ぎると廃人になるくらい危ないものだがな。頭の悪いお貴族様連中は、皆んな、これを使ったセックスに嵌ってる」
「わ、私はそうはならないわ」
「まだ一口だからな。だが、グラス一杯なら、どうなるか」
言うなり、グラスをアメリアの口に押し付けてくる。
「いや! 」
「さっさと飲め! 」
「いやあ! 」
「エデュアルトお兄様! 助けて! 」
アメリアは彼女の王子様の名を必死に叫んだ。
「やったわ! 」
アメリアはパチンと指を鳴らした。
赤と黒のルーレットがアメリアの賭けた通りの色を示し、クルピエが配当金をアメリアの前に積む。
取り囲んでいた人々は一斉に拍手した。
壁の花として見向きもされなかった乙女は、今や輪の中心におり、チリチリと燃える欲望を一心に集めている。
「レディ、喉が渇いたでしょう? 」
給仕が耳元で囁いた。
「どうぞ、こちらへ」
エデュアルトは投資仲間に呼び止められて話し込んでいる。外国では鉄道が日常に根付いているから、じきに我が国もそうなる。投資すべきだと。彼らは熱心に議論し合っている。
いづれは伯爵位を継ぎ、莫大な財産を手に入れるエデュアルトだから、今の世の中、貴族自らが働くなどありえない話だ。
エデュアルトが進んで投資する様に、良い顔をしない古狸。貴族の風習に縛られる若者も、エデュアルトを異質な目で見ている。
エデュアルトに尊敬の眼差しを向ける先進的な若者も中にはいるにはいるが。白熱する彼らを、周りの貴族は冷ややかに眺める者が多い。
「だ、駄目よ。ブランシェット卿に叱られるから」
勝手に彼の視界から消えたら、後でどれほど叱り飛ばされるか。
「大丈夫ですよ。ほんの少しの間ですから」
「で、でも」
「ブランシェット卿には、私から後で伝えておきますので」
「勝手なことをすれば、叱られるわ」
「あの方のことですから、カクテルを禁じておられるのでしょう? 何、応接室ならバレやしませんよ。私が黙ってさえいれば済む話ですから」
「だ、だけど。ブランシェット卿が」
「レディ? あなたは、いつまであの方の庇護の下にいるつもりですか? もう立派な大人なのに」
「大人……」
「ええ。あなたは立派な大人で、素晴らしいレディです」
大人、と強調されて悪い気はしない。
「いただくわ」
アメリアは頬を紅潮する。
何だかいけないことをする子供のように、ワクワクと胸を躍らせた。
「では」
アドレナリンが湧き上がるアメリアは、給仕がニタリと邪な笑い方をしたことなど、少しも気づかなかった。
「な、何するのよ! 」
アメリアは声を引き攣らせる。
応接室に通され、言われるがまま大人しく革張りソファに腰を下ろした。
給仕は大理石のテーブルに、透き通る水色の液体が入ったグラスを乗せる。晴れた海を思わせるその色に、アメリアはうっとりした。
促されるまま、三口含んだときだった。
「な、何するのよ! 」
それまでニコニコとしていた給仕が、いきなり目を剥き、アメリアに覆い被さってきたのだ。
「ノコノコとこんな場所に来たあんたが悪い。世間知らずにも程があるだろ」
「は、離して! 」
「見たところ、処女だな。犯し甲斐があるってもんだ」
「いやあ! 」
狭いソファの上で格闘するものの、やはり男の持って生まれた力強さには敵わない。
ドレスの襟ぐりを開かれ、乳房がぽろんと溢れた。小ぶりなものの、きめ細かい白さで、その先端はツンと尖って穢れなき淡いピンクだ。
三十を越えた経験豊富なエデュアルトには物足りないだろうが、まだ二十代の若者を刺激するには充分過ぎる。たちまち鼻息を荒くした男に、胸の形が変わるくらい両手で潰されてしまった。
「い、いや! 」
必死に抵抗するものの、何故だか力が入らない。
酒のせいではない。直感した。
「あ、あなた。毒を盛ったの? 」
「毒? まさか? 」
男は心外だと目を開く。
「少々、媚薬を」
ニタリ、と男はいやらしく顔を歪めた。
「び、媚薬ですって? 」
そのようなものが実在するのは、夜会で何度となく耳にはした。だが、この目で確かめたことはない。くだらない官能小説の
読み過ぎだと、噂話が流れてくるたびに鼻で笑っていた。
「飲み過ぎると廃人になるくらい危ないものだがな。頭の悪いお貴族様連中は、皆んな、これを使ったセックスに嵌ってる」
「わ、私はそうはならないわ」
「まだ一口だからな。だが、グラス一杯なら、どうなるか」
言うなり、グラスをアメリアの口に押し付けてくる。
「いや! 」
「さっさと飲め! 」
「いやあ! 」
「エデュアルトお兄様! 助けて! 」
アメリアは彼女の王子様の名を必死に叫んだ。
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