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第二章
革命の日
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貴族令嬢ならば馬車を使って移動するのが当たり前。むしろ、それ以外に移動手段はない。皆んな、箱入り娘だから。
しかし、今日からのアメリアは違う。
彼女は甘ったれの箱入り娘だが、あらゆる書物を読み漁っていたので、知識だけは豊富にあった。
午後を回ってから、兄が妻を伴って妻の実家に赤ん坊が出来た報告をするため出掛けるのはわかっていた。せっかちな兄は、妊娠がわかれば間を置かずに意気揚々と報告に向かうことは、ちゃんと読んでいる。
使用人は居候のアメリアには、ほぼ関心がない。嫁に行く気配のない壁の花が何をしようが、勝手しようが、構わない。あくまで雇用主はヴィンセント伯爵であり、その妻はエイスティン。アメリアなど、オマケだ。
だから、兄夫妻が馬車で出掛けことを確認してこっそり屋敷を抜け出すのは、実に簡単だった。
王都に構えた屋敷から乗り合い馬車まで、だいぶと距離があった。
パンパンの旅行鞄は、すぐに膝を戦慄かせる。いつもは従僕が下げる鞄は、何と重みがあるのだろう。少しでも気を抜けば、ずしりと地面に沈んでいきそうだ。
屋敷から五分と経たないうちに、もう息切れがしてきた。
乗り合い馬車の停留所すら知らない。使ったことがないのだから。そもそも、貴族は馬車を所有しているのが当然だから、停留所なんて近くにあるわけがない。
もう挫けそうになってきて、両手でパンと頬を叩いた。
今日が革命の日だ。
アメリアの新しい人生が始まる日。
貴族との決別。
こんな大それた決心を、たった五分かそこらでぺしゃんこに潰すわけにはいかない。
アメリアは手の甲で眦の涙を拭う。
「まずは腹ごしらえね」
アメリアは小さな巾着袋をごそごそ漁った。
昨日はランチとティータイムは食べ損ねたし、今日は一大決心のための準備を頭の中で捏ねくり回していたから、なかなか食事が進まなかった。
メソメソするのは、お腹が減っているからだ。たぶん。
アメリアは、取り敢えず食事出来る場所を探すことにした。
王都の治安は、馬車が余裕で行き交う大通りを境に北と南に分断されていると言っても過言ではない。
大通りには王室御用達の仕立て屋、靴屋、宝石商、煙草屋など高級店がずらりと並ぶ。
その店の向かって南側には王宮を中心に王侯貴族が屋敷を構え、それを守るように騎士が囲っている。
どの屋敷も素晴らしい歴代の様式美を競い合う。煉瓦の外壁と煙突が特徴のチューダー様式のヴィンセント伯爵家も、それらの中にあった。
対して北側は平民が暮らしており、貧民街で治安はすこぶる悪い。
一日中酔っ払いが怒鳴り散らしながらふらふらし、阿片狂が不気味な目つきをしてうろついている。場末の娼婦が日の高いうちから艶かしく腰をくねらせ客引きをしていた。強盗、かっぱらい、女と見れば見境なく犯す輩は後を絶たず、それでも役人は見て見ぬふり。面倒ごとには関わらない。
自分達の敷地によからぬ者が入り込まないようにと、南側の警備強化には怠りがない。
兄から、北側には近寄らないようにと常日頃からきつく言いつけられていたが、アメリアは今日から貴族を捨てた身だ。
思い切って道路を渡ってみた。
とん、と靴先が境界線を越えた。
王宮側と違って、舗装の修繕の行われていない敷石は捲れ上がり、ごつごつとしていて、爪先が痛んだ。
それでも、この痛みが新たな始まりとなる。
アメリアは興奮し、ぶるぶると武者震いした。
しかし、今日からのアメリアは違う。
彼女は甘ったれの箱入り娘だが、あらゆる書物を読み漁っていたので、知識だけは豊富にあった。
午後を回ってから、兄が妻を伴って妻の実家に赤ん坊が出来た報告をするため出掛けるのはわかっていた。せっかちな兄は、妊娠がわかれば間を置かずに意気揚々と報告に向かうことは、ちゃんと読んでいる。
使用人は居候のアメリアには、ほぼ関心がない。嫁に行く気配のない壁の花が何をしようが、勝手しようが、構わない。あくまで雇用主はヴィンセント伯爵であり、その妻はエイスティン。アメリアなど、オマケだ。
だから、兄夫妻が馬車で出掛けことを確認してこっそり屋敷を抜け出すのは、実に簡単だった。
王都に構えた屋敷から乗り合い馬車まで、だいぶと距離があった。
パンパンの旅行鞄は、すぐに膝を戦慄かせる。いつもは従僕が下げる鞄は、何と重みがあるのだろう。少しでも気を抜けば、ずしりと地面に沈んでいきそうだ。
屋敷から五分と経たないうちに、もう息切れがしてきた。
乗り合い馬車の停留所すら知らない。使ったことがないのだから。そもそも、貴族は馬車を所有しているのが当然だから、停留所なんて近くにあるわけがない。
もう挫けそうになってきて、両手でパンと頬を叩いた。
今日が革命の日だ。
アメリアの新しい人生が始まる日。
貴族との決別。
こんな大それた決心を、たった五分かそこらでぺしゃんこに潰すわけにはいかない。
アメリアは手の甲で眦の涙を拭う。
「まずは腹ごしらえね」
アメリアは小さな巾着袋をごそごそ漁った。
昨日はランチとティータイムは食べ損ねたし、今日は一大決心のための準備を頭の中で捏ねくり回していたから、なかなか食事が進まなかった。
メソメソするのは、お腹が減っているからだ。たぶん。
アメリアは、取り敢えず食事出来る場所を探すことにした。
王都の治安は、馬車が余裕で行き交う大通りを境に北と南に分断されていると言っても過言ではない。
大通りには王室御用達の仕立て屋、靴屋、宝石商、煙草屋など高級店がずらりと並ぶ。
その店の向かって南側には王宮を中心に王侯貴族が屋敷を構え、それを守るように騎士が囲っている。
どの屋敷も素晴らしい歴代の様式美を競い合う。煉瓦の外壁と煙突が特徴のチューダー様式のヴィンセント伯爵家も、それらの中にあった。
対して北側は平民が暮らしており、貧民街で治安はすこぶる悪い。
一日中酔っ払いが怒鳴り散らしながらふらふらし、阿片狂が不気味な目つきをしてうろついている。場末の娼婦が日の高いうちから艶かしく腰をくねらせ客引きをしていた。強盗、かっぱらい、女と見れば見境なく犯す輩は後を絶たず、それでも役人は見て見ぬふり。面倒ごとには関わらない。
自分達の敷地によからぬ者が入り込まないようにと、南側の警備強化には怠りがない。
兄から、北側には近寄らないようにと常日頃からきつく言いつけられていたが、アメリアは今日から貴族を捨てた身だ。
思い切って道路を渡ってみた。
とん、と靴先が境界線を越えた。
王宮側と違って、舗装の修繕の行われていない敷石は捲れ上がり、ごつごつとしていて、爪先が痛んだ。
それでも、この痛みが新たな始まりとなる。
アメリアは興奮し、ぶるぶると武者震いした。
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