壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉

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第一章  

兄の嘆き

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「とんでもないことになった! 」
 ヴィンセント邸に戻るなり、兄はいらいらと靴底を絨毯に叩きつけた。
「何と浅はかなことをしてくれたのだ、お前は」
 アメリアと同じ亜麻色の髪を掻きむしると、このところつき始めた腹の肉がたぷんと揺れた。
「スキャンダルだ。これは何と言おうがスキャンダルだ」
 夜会がお開きとなり、ブランシェット邸からの馬車の中で辛抱していたものが、一気に爆発した。兄のハリーは、苛立たしいときのアメリアがするのと同じように、だんだんと靴裏を鳴らした。
「お兄様。あれは、事故よ」
 決して意思が働いたわけではない。
 エデュアルトの挑発に乗ってしまっただけ。雰囲気がそうさせた突発的なことだ。
「事故とは何だ。言ってみろ」
 ハリーは歯軋りする。
「だ、だから。そんなロマンチックなものではなくて」
 しどろもどろでアメリアは応じた。
「エデュアルトの口車に乗ったのだろう? 」
「そ、それは」
「お前は初恋の相手に、未だにふわふわと危なっかしい感情を持っている」
「初恋だなんて。随分と昔の話ではありませんか。私はあのような男、大嫌いなんだから。あんな人、女の敵だわ」
「その女の敵とキスしていたのは、どこのどいつだ? 」
 アメリアは黙るしかなかった。
 どれほど言い張ろうと、人の目がある場所でエデュアルトとキスをしたのは事実だ。
「お前が何と言い訳しようが、あれはどう見ても、お前から接吻をねだっていたようにしか見えん」
 しかも、未婚の若い娘が自らキスを仕掛けたのだ。人々が集まって来た時点で、アメリアのドレスの裾は捲り上がり、太腿のガーターベルトまで丸見えだった。膝をくの字に曲げて、まるで彼を迎え入れるかのように。
 それがどう思われているのか。アメリアはそこまで頭が働かなかった。
 アメリアの小さな体はすっぽりと彼の胸の中に収まり、しかも手はエデュアルトの背に回していた。
「淑女が何とはしたない」
 婚姻前の男女にあるまじき振る舞いに、ハリーは天を仰いで嘆く。彼はそこいらのふしだらな貴族とは違い、婚姻後まで貞操を死守していた男だ。
「ますます結婚が遠退いたではないか」
 ただでさえ壁の花となっていた妹に、スキャンダルな悪評が付いた。ハリーの嘆きは大きい。
 亡くなった両親に代わり、妹の幸福な結婚を世話することがハリーの使命でもあった。
「あなた。アメリアは夜会で疲れておりますのよ。早く着替えて、化粧を落とさせておあげなさいな」
 見かねてハリーの妻エイスティンが話を割った。
 体調が思わしくない彼女は今夜の夜会を欠席していた。雪のような肌が今夜は一段と白くなっている。化粧が薄くとも見映えする容貌に翳りが差し、さらに色香が増していた。
「エイスティン。しかしな」
 具合の悪い妻を慮ってハリーは声のトーンを落とす。
「化粧を落とさなければ、お肌に悪いわ。アメリアの肌はまるで陶磁器のように滑らかなのに」
「う、うむ」
 ハリーはまだ何か言いたいことはあったものの、妻には弱い。
「説教は明日の朝だ」
 こうして義姉の機転のおかげでアメリアは、朝方まで続くかと思われたお説教を回避することが出来た。
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