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第一章
火花が散る
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青白い火花が散った。
永遠に続くかと思われた睨み合いは、しかし早々に遮断された。
「仕方ないか。キスもしたことのないお子様じゃな」
エデュアルトは皮肉たっぷりにニヤリと頬を歪める。
「わ、私だってキスくらいあります! 」
思わず言い返していた。
「幼い頃の父親のほっぺなんて言うなよ」
すっかり見破られてしまっていることに、アメリアはぐっと喉奥を詰まらせた。
「お前、二十一だろ? お前くらいの年なら、経験くらいは積んでいて当然だろうが」
「ふ、ふしだらな他の令嬢と一緒にしないで」
初夜まで純潔を守ることが美徳とされているが、そのようなもの守られた試しはない。社交デビューした若い娘は早々に純真無垢な仮面を外し、婚姻を結ぶ頃にはとっくに経験済みだ。彼女らは、相手をした男がどれほどの持ち主なのかと、いやらしくあけっぴろげに会話し、楽しんでいる。
「まさか、初夜まで大切に残しておくとか言うんじゃないだろうな? 」
呆れたような溜め息が、エデュアルトの薄い唇から漏れた。
貞操に関してのだらしなさは、どの貴族も似たり寄ったりだ。
「その初夜もあやふやなのに」
アメリアにつけられた『壁の花令嬢』などという不名誉な渾名は、最早、社交界で知らない者はいない。
「もう、このまま神と結婚しちまえ」
そんな渾名など気にもせず、ぬくぬくと新婚夫婦の厄介者になっているアメリアを、エデュアルトは侮蔑そのものに睨みつけた。
幾ら父の親友といえど、エデュアルトは所詮は他人だ。何故、彼にそこまでこき下ろされなければならないのか。
アメリアの怒りは沸々と膨らんでいく。
「わ、私だって父以外の人とキスくらいあります! 」
勿論、嘘だ。
だが、あまりにも冷ややかな視線に耐えられず、咄嗟に口走ってしまっていた。
「へえ? 」
ギラリ、とエデュアルトの黒い瞳が不気味に光った。
「いつ? 」
思わずついてしまった嘘だから、答えられるはずがない。
「わ、忘れました」
「ふうん」
とっくに見破っているくせに。エデュアルトはニヤニヤしながら顎を撫でた。
「それなら、証拠を見せてみろ」
「え? 」
不意打ちの提案に、喉がひくつく。
「経験があるなら、俺に証明しろって言ったんだ」
「ど、どうやって? 」
まさか、キスした相手を連れて来いなんて言うのではないか。アメリアは嘘に付き合ってくれそうな人物をすぐさま思い浮かべたが、そのような男性は脳みそをこねくり回したところで出てくるわけがない。
エデュアルトの考えは、アメリアの予想を大きく外した。
「簡単なことだ。俺にキスしたら良いんだ」
さも良い提案をしたと言わんばかりに、エデュアルトは顎を撫でたまま、ニヤニヤした笑いをやめない。
「ふ、ふざけないで! 」
エデュアルトの端正な頬に拳を打ち込まなかった忍耐力は、アメリアにまだ残されていた。
「幾ら何でも、あなたみたいな人なんて嫌よ! 私にだって好みというものがあるのよ! 」
「ますます失礼なやつだな。俺はこれでも令嬢らの競りの中で一番人気なんだぞ」
「繁殖期のうさぎという例えは訂正するわ。とんだ種馬ね」
「おい」
エデュアルトの声のトーンが低くなったが、アメリアはふんとそっぽ向いた。
アメリアは貴族でありながら、貴族が大嫌いだ。
女といえば自分の家の地位や名誉、財産を見せびらかして、上等の種馬に群がる阿呆。
男といえば、女の血筋や持参金を目当てに、いかに自分のタネが凄いかをアピールする頓知気。
貴族など、欲にまみれた世界の住人だ。
そして、その欲望の沼にどっぷり浸かっている目の前の男を、アメリアは蔑む。
貴族の世界に身を置きながら、アメリアはあまりにも純粋培養過ぎた。
両親を早くに亡くしたアメリアを育てた兄は、過剰なくらいに妹を世間の欲から遠ざけたのだ。
おかげで、世間知らずが出来上がってしまった。
永遠に続くかと思われた睨み合いは、しかし早々に遮断された。
「仕方ないか。キスもしたことのないお子様じゃな」
エデュアルトは皮肉たっぷりにニヤリと頬を歪める。
「わ、私だってキスくらいあります! 」
思わず言い返していた。
「幼い頃の父親のほっぺなんて言うなよ」
すっかり見破られてしまっていることに、アメリアはぐっと喉奥を詰まらせた。
「お前、二十一だろ? お前くらいの年なら、経験くらいは積んでいて当然だろうが」
「ふ、ふしだらな他の令嬢と一緒にしないで」
初夜まで純潔を守ることが美徳とされているが、そのようなもの守られた試しはない。社交デビューした若い娘は早々に純真無垢な仮面を外し、婚姻を結ぶ頃にはとっくに経験済みだ。彼女らは、相手をした男がどれほどの持ち主なのかと、いやらしくあけっぴろげに会話し、楽しんでいる。
「まさか、初夜まで大切に残しておくとか言うんじゃないだろうな? 」
呆れたような溜め息が、エデュアルトの薄い唇から漏れた。
貞操に関してのだらしなさは、どの貴族も似たり寄ったりだ。
「その初夜もあやふやなのに」
アメリアにつけられた『壁の花令嬢』などという不名誉な渾名は、最早、社交界で知らない者はいない。
「もう、このまま神と結婚しちまえ」
そんな渾名など気にもせず、ぬくぬくと新婚夫婦の厄介者になっているアメリアを、エデュアルトは侮蔑そのものに睨みつけた。
幾ら父の親友といえど、エデュアルトは所詮は他人だ。何故、彼にそこまでこき下ろされなければならないのか。
アメリアの怒りは沸々と膨らんでいく。
「わ、私だって父以外の人とキスくらいあります! 」
勿論、嘘だ。
だが、あまりにも冷ややかな視線に耐えられず、咄嗟に口走ってしまっていた。
「へえ? 」
ギラリ、とエデュアルトの黒い瞳が不気味に光った。
「いつ? 」
思わずついてしまった嘘だから、答えられるはずがない。
「わ、忘れました」
「ふうん」
とっくに見破っているくせに。エデュアルトはニヤニヤしながら顎を撫でた。
「それなら、証拠を見せてみろ」
「え? 」
不意打ちの提案に、喉がひくつく。
「経験があるなら、俺に証明しろって言ったんだ」
「ど、どうやって? 」
まさか、キスした相手を連れて来いなんて言うのではないか。アメリアは嘘に付き合ってくれそうな人物をすぐさま思い浮かべたが、そのような男性は脳みそをこねくり回したところで出てくるわけがない。
エデュアルトの考えは、アメリアの予想を大きく外した。
「簡単なことだ。俺にキスしたら良いんだ」
さも良い提案をしたと言わんばかりに、エデュアルトは顎を撫でたまま、ニヤニヤした笑いをやめない。
「ふ、ふざけないで! 」
エデュアルトの端正な頬に拳を打ち込まなかった忍耐力は、アメリアにまだ残されていた。
「幾ら何でも、あなたみたいな人なんて嫌よ! 私にだって好みというものがあるのよ! 」
「ますます失礼なやつだな。俺はこれでも令嬢らの競りの中で一番人気なんだぞ」
「繁殖期のうさぎという例えは訂正するわ。とんだ種馬ね」
「おい」
エデュアルトの声のトーンが低くなったが、アメリアはふんとそっぽ向いた。
アメリアは貴族でありながら、貴族が大嫌いだ。
女といえば自分の家の地位や名誉、財産を見せびらかして、上等の種馬に群がる阿呆。
男といえば、女の血筋や持参金を目当てに、いかに自分のタネが凄いかをアピールする頓知気。
貴族など、欲にまみれた世界の住人だ。
そして、その欲望の沼にどっぷり浸かっている目の前の男を、アメリアは蔑む。
貴族の世界に身を置きながら、アメリアはあまりにも純粋培養過ぎた。
両親を早くに亡くしたアメリアを育てた兄は、過剰なくらいに妹を世間の欲から遠ざけたのだ。
おかげで、世間知らずが出来上がってしまった。
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