壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉

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第一章  

憂鬱にさせる男

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 ブランシェット子爵エデュアルト・パウエルと、品行方正な兄が何故に親友なのか。この世の七不思議といっても大袈裟ではない。
 エデュアルトはメローズ伯爵家の嫡子で、いづれは父親の跡を継ぐ、由緒正しき家系出身だ。
 外見に気を遣い、常に身綺麗にし、服も王家お抱えの職人に仕立てさせているという話だ。
 背が高く、女性と接するときは紳士そのもので親切丁寧。若い老い問わず、女性なら一度は彼に惹かれる。そんな不可思議な魅力を持っている。
 アメリアに言わせてみれば、そんなもの単なるに他ならないが。
 賭け事に酒、女。常に彼には不品行が付き纏う。
 今しがたも、エデュアルトがどこぞの男爵夫人に誘いをかけていたと耳にしたばかり。
 放蕩者という称号がこれほどピッタリ当てはまる男は、王都中探してもそうそういない。
 エデュアルトは今夜の主催者でありながら、もう羽目を外しそうになっている。一体ワインを何本開けたのか、目は充血し、足元が覚束ない。どことなく呂律も危うい。
「野郎どもに媚を売らなくて良いのか? 」
 ヘラヘラと笑う放蕩者に、アメリアはムッと眉根を寄せた。
「何ですか、媚とは」
「相変わらず、ヴィンセントの屋敷に根付いているんだな」
 無礼の極まりなさは、酔いが理由ではない。彼は素面でもアメリアに同じ台詞をのたまう。
 尤も、彼から酒の抜けたところなど、ほとんど遭遇したことはないが。
「兄はともかく、義姉あねはいつまでも居てくれて構わないと仰っています」
「そんなもの、社交辞令に決まっているだろ」
 エデュアルトは鼻でせせら笑う。
 このたび兄は長年の想いが報われ、男爵令嬢と婚姻を結んだ。
 義理の姉となったエイスティンは、兄曰く「砂漠に咲く大輪の花」とのことで、例えの通りに数多の令嬢らの中で一際見目を惹く美貌の持ち主だ。
「エイスティン夫人は派手な見た目とは裏腹に、鷹揚とした女だからな」
 性格のきつそうな外見に反して、義姉はおっとりした女性だ。兄はそのギャップに堕ちた。
「まるで私がお邪魔虫のような言い方ですね」
「新婚夫婦の屋敷に小姑が居着いているんだ。邪魔以外の何者でもないだろ」
 気怠げにエデュアルトは近くにあった八重咲の薔薇の匂いを嗅ぐ。
 些細な仕草もいちいち絵になる男だ。
 アメリアは苦虫を噛み潰した顔になる。
「ヴィンセントが今夜も息巻いていたぞ」
「お兄様が? 」
「ああ。片っ端からお前に見合う男を探してやると」
 ますますアメリアの顔に苦渋の皺が寄った。
「そんな。酷いわ。私はまだ嫁ぎたくはないのに」
「本音が出たな」
 ニヤリ、とエデュアルトが口角を吊った。
「お前には他の娘のような、を掴まえる本気度が見られない。そんな本心を、男らはちゃんと見抜いているんだ」
 指摘の通り、壁の花となって五年も経てば、このまま独身で生涯を終えても良いかとさえ思っていた。
 独身女性は、学のある者なら家庭教師といった職業婦人の道があるし、なければ親や兄弟、親戚の厄介者扱いされながら面倒を見てもらう。
 屋敷の奥まった部屋で隠居して、悠々自適な人生も悪くはない。
 むしろ、性悪の亭主に泣かされて日々を過ごすなんて、真っ平。
 夫に溺愛されて幸福な結婚生活を送る義姉のような例が珍しい。この国の貴族の男ときたら、強いを残すなどという名目で、若くて美人の女に見境がない。王族からしてそうなのだから、側室制度など改善するわけがない。
 大人しい顔をして抜け目ないアメリアの、誰にも知られなかった一面を言い当てられ、微かに動揺で唇が震えた。
「随分と私のことを知ったふうに仰るのね」
 ずる賢くなければ、新婚家庭に居候など出来るわけがないわ。心の内で開き直って言い返す。
「お前のことは寝小便を垂らしていた頃から知っているからな」
 寄宿学校で無二の親友となったエデュアルトと兄は同い年。ゆえに、アメリアとはひと回りの年の差だ。
 寄宿学校を卒業した彼はヴィンセント邸によく足を運び、おねしょをして侍女から嫌味を言われていた幼いアメリアのことを、未だに揶揄ってくる。
 つまり、エデュアルトにとってアメリアは、六歳の子供のまま変わらないのだ。
「私はもう二十一歳よ」
 だから、この男が嫌いだ。
 アメリアはギリギリと奥歯を擦りつけた。
 
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