壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉

文字の大きさ
上 下
1 / 42
第一章  

壁の花令嬢アメリア

しおりを挟む
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。
 ヴィンセント伯爵ハリー・レノワーズの実妹であるアメリアは社交デビューデビュタントから五年経っても惨敗続きで、最近はすっかり慣れっこになりつつあった。
「まあ、ヴィンセント卿の妹君ったら。また壁の花よ」
「毎回、毎回、どういった神経で夜会にいらっしゃるのかしら? 」
「余程、図太い方のようね」
 とっくに婚約者を見つけてエスコートさせている他の令嬢らは、そんなアメリアを遠巻きにしてくすくすと笑い合っている。
 さも、パートナーがいる自分達こそが偉いのだと言いたげに。
 アメリアは決して器量が悪いわけではない。
 派手な身なりで一目で人を魅了するような、かなりの美貌というわけではないが、清楚でそこはかとない美しさが見てとれる。
 華麗な薔薇ではなく、ひっそりと可愛らしく咲くかすみ草を彷彿とさせる奥ゆかしさ。
 薄いピンクのドレスは華美な装飾がなく至ってシンプルな造りで、レース飾りは襟ぐりと袖口に申し訳程度に、リボンは一切なく、フリルもさほど使われていない。涙型のイヤリングとネックレスの白珊瑚も凝った細工ではない。
 華やかさに欠けるのだ。
 背が低く、痩せていて、胸や腰つきも取り立てて褒めるほどでもない。
 夜会での貴族の男といえば、肉付きの良い豊満な胸の、派手めな女性に目を奪われる。
 下衆な言い方をすれば、ベッドで情熱的に応えてくれる相手だ。
 貴族の場合、女性の適齢期は十六から二十三歳、男性が三十歳前後から半ばまで。
 貴族は後継を残さなければ廃嫡となる。何代もかけて守り続けた家を自分の代で潰してはなるまいと考えれば、情熱的に取り組む相手を求めるのはごく自然な流れである。
 そういったことから、アメリアは、彼らに「役不足」の烙印を押されてしまったのだ。
 おかげで社交デビューデビュタントから五年目、二十一歳のアメリアには、不名誉な渾名がつけられている。
「壁の花令嬢」などと。


「やあ、『壁の花令嬢』」
 耳に慣れたその呼び方に、アメリアはたちまち顔を曇らせた。
 いい加減に壁の花もくたびれてきて、曲が終わると同時にこっそりと大広間を抜け出したときだった。
 庭の南西に位置する薔薇園は、蔓薔薇が巻き付いた支柱や縄で囲われている。甘やかな香りがほんのりと漂っていた。
 綺麗に刈り込まれたドウダンツツジの生垣に沿えば、蔓薔薇が見事なアーチの入り口となる。
 壁の花がすっかり定着したアメリアは、飽きてくると時折こうして庭に足を踏み入れていた。
 壁の飾りが消えたところで、誰も気にも留めない。
 しかし、今夜は違った。
「主催者がこのようなところにいてよろしいのですか? 」
 アメリアは声の主をきつく睨みつけた。
 いつもは優しげなアーモンド型の瞳が、今は冷ややかに吊り上がっている。薄茶色の長い睫毛が瞬いた。
 アメリアは丁寧に縦に巻いて結い上げた亜麻色の髪を揺らし、そっぽ向いた。
「息抜きだ」
 吟遊詩人のヴァイオリンを思わせる軽やかな低い声。
 艶やかな黒髪はうなじでさっぱりと整えられ、燕尾服を身につけていてもわかる均整の取れた体躯を持っている。いつもは酒で浮腫んだ顔だが、今夜は頬は引き締まり、髪の色と同じ切れ長の双眸が一際鋭い。
 まるで古代の神が実体となったようだ。
「ブランシェット卿? 何か御用かしら? 」
 アメリアはいつもの彼女らしからぬ低い声で問いかけた。
 ブランシェット子爵エデュアルト・パウエル。
 絶対に会いたくなかった男だ。
 
しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ
恋愛
 ――なぜならわたしが奪うから。  正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

(R18)灰かぶり姫の公爵夫人の華麗なる変身

青空一夏
恋愛
Hotランキング16位までいった作品です。 レイラは灰色の髪と目の痩せぎすな背ばかり高い少女だった。 13歳になった日に、レイモンド公爵から突然、プロポーズされた。 その理由は奇妙なものだった。 幼い頃に飼っていたシャム猫に似ているから‥‥ レイラは社交界でもばかにされ、不釣り合いだと噂された。 せめて、旦那様に人間としてみてほしい! レイラは隣国にある寄宿舎付きの貴族学校に留学し、洗練された淑女を目指すのだった。 ☆マーク性描写あり、苦手な方はとばしてくださいませ。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

処理中です...