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情熱的な愛
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「君の父上は大変喜ばれているよ」
「お、お父様が? 」
父は娘が婚期を逃すことを何より嘆いていたから、願ってもないことだ。しかも若者と共に共同出資しているので、考え方は先進的でもある。
むしろ、身分だの何だのと拘るマーレイの方が考え方が古い部分がある。
「な、何故、そのことを隠されたのですか? 」
マーレイは狼狽えつつ、聞かねばならぬと前のめりになる。
「お、お父様なら喜んで私に報告なさるでしょうに」
「私が口止めをした。直接、君に私の気持ちを知ってもらいたかったからな」
サーフェスは照れ臭そうに顎を撫でた。
「それに、君も聞き及んでいるだろう? あの噂を。格好が悪い」
彼は気まずさで目を眇めた。心なしか頬が赤い。
「噂? 」
マーレイは目を閉じた。懸命に記憶を引っ張り出そうと、こめかみを指でぐりぐり押し潰した。
ふと、大広間での若い娘らの会話が耳を掠め通った。
ねえ、ご存知?
何かしら?
早朝に物凄い形相で馬を駆っていた男のことを。
ああ。存じておりますわ。何でも目を血走らせて、鼻息荒く、一心不乱に馬の尻に鞭を打っていたとか。
嫌だわ。王都もようやく治安が良くなってきたと言うのに。
「まさか」
令嬢らのヒソヒソ声が、サーフェスの今しがたの言葉に重なる。
君がいなくなって、馬車では間に合わないから、馬を駆って後を追った。
「言うな」
首筋まで真っ赤になったサーフェスは、ぷいと顔を背けた。
「君を失くすまいと必死だったのだ」
襟足から覗くうなじまで赤く染まっている。
彼がこれほど肌を赤くさせるなんて、マーレイの知るところでは初めてだ。
「君が消えたことで、ようやく自分が取り憑かれているしがらみを放つことが出来た。母と君は、全く違う。そのような当たり前のことが、やっと理解出来たのだ」
サーフェスは息継ぎもせず一気に喋ると、ゼイゼイと肩を上下させた。
マーレイに閨を指南しろと命じてきたことといい、早朝に馬を駆るといい、サーフェスはかなり情熱家だ。
サーフェスを知るほどに、マーレイの心にチリチリと炎が揺らめく。
「ジゼルを愛していたのではなくて? 」
羞恥により小刻みに震える彼の肩に、そっと触れてみる。予想以上に手のひらへ熱が伝ってくる。
「ジゼルへの気持ちは、素直に感情を剥き出せる彼女を羨ましく思っただけだ。それを恋と取り違えていた」
サーフェスはゆっくりと体を反転させた。
切れ長の琥珀の目とぶつかる。
真摯なその眼差しに、マーレイは息を呑んだ。
「いや。ジゼルを通して、君という女性を見ていた……と言った方が正しいか」
サーフェスは、指輪の光るマーレイの手をそっと自分の両手で包んだ。
「ジゼルも君の一部だよ、マーレイ」
熱情が指先を通してマーレイまで伝わる。
どくどくと全身の血が沸騰し、巡る速さがいつもの倍になる。
「君は伯爵令嬢たる振る舞いに躍起になっているが。時折見せる素顔は、まさに、ジゼルそのものだ」
「わ、私の素顔? 」
「ああ。ジミーに執心するところや、ベッドの中で私に狂おしいくらいに愛を乞うところ。それに、一心不乱に私の下半身を舐め」
「よ、よくわかりましたわ! 」
言葉の先を慌てて遮る。
血管が弾けてしまいそうだ。
「あ、あなたの目に映る私は、ジゼルというわけですのね」
「そうだよ、マーレイ」
サーフェスは満足そうに頷いた。
「お、お父様が? 」
父は娘が婚期を逃すことを何より嘆いていたから、願ってもないことだ。しかも若者と共に共同出資しているので、考え方は先進的でもある。
むしろ、身分だの何だのと拘るマーレイの方が考え方が古い部分がある。
「な、何故、そのことを隠されたのですか? 」
マーレイは狼狽えつつ、聞かねばならぬと前のめりになる。
「お、お父様なら喜んで私に報告なさるでしょうに」
「私が口止めをした。直接、君に私の気持ちを知ってもらいたかったからな」
サーフェスは照れ臭そうに顎を撫でた。
「それに、君も聞き及んでいるだろう? あの噂を。格好が悪い」
彼は気まずさで目を眇めた。心なしか頬が赤い。
「噂? 」
マーレイは目を閉じた。懸命に記憶を引っ張り出そうと、こめかみを指でぐりぐり押し潰した。
ふと、大広間での若い娘らの会話が耳を掠め通った。
ねえ、ご存知?
何かしら?
早朝に物凄い形相で馬を駆っていた男のことを。
ああ。存じておりますわ。何でも目を血走らせて、鼻息荒く、一心不乱に馬の尻に鞭を打っていたとか。
嫌だわ。王都もようやく治安が良くなってきたと言うのに。
「まさか」
令嬢らのヒソヒソ声が、サーフェスの今しがたの言葉に重なる。
君がいなくなって、馬車では間に合わないから、馬を駆って後を追った。
「言うな」
首筋まで真っ赤になったサーフェスは、ぷいと顔を背けた。
「君を失くすまいと必死だったのだ」
襟足から覗くうなじまで赤く染まっている。
彼がこれほど肌を赤くさせるなんて、マーレイの知るところでは初めてだ。
「君が消えたことで、ようやく自分が取り憑かれているしがらみを放つことが出来た。母と君は、全く違う。そのような当たり前のことが、やっと理解出来たのだ」
サーフェスは息継ぎもせず一気に喋ると、ゼイゼイと肩を上下させた。
マーレイに閨を指南しろと命じてきたことといい、早朝に馬を駆るといい、サーフェスはかなり情熱家だ。
サーフェスを知るほどに、マーレイの心にチリチリと炎が揺らめく。
「ジゼルを愛していたのではなくて? 」
羞恥により小刻みに震える彼の肩に、そっと触れてみる。予想以上に手のひらへ熱が伝ってくる。
「ジゼルへの気持ちは、素直に感情を剥き出せる彼女を羨ましく思っただけだ。それを恋と取り違えていた」
サーフェスはゆっくりと体を反転させた。
切れ長の琥珀の目とぶつかる。
真摯なその眼差しに、マーレイは息を呑んだ。
「いや。ジゼルを通して、君という女性を見ていた……と言った方が正しいか」
サーフェスは、指輪の光るマーレイの手をそっと自分の両手で包んだ。
「ジゼルも君の一部だよ、マーレイ」
熱情が指先を通してマーレイまで伝わる。
どくどくと全身の血が沸騰し、巡る速さがいつもの倍になる。
「君は伯爵令嬢たる振る舞いに躍起になっているが。時折見せる素顔は、まさに、ジゼルそのものだ」
「わ、私の素顔? 」
「ああ。ジミーに執心するところや、ベッドの中で私に狂おしいくらいに愛を乞うところ。それに、一心不乱に私の下半身を舐め」
「よ、よくわかりましたわ! 」
言葉の先を慌てて遮る。
血管が弾けてしまいそうだ。
「あ、あなたの目に映る私は、ジゼルというわけですのね」
「そうだよ、マーレイ」
サーフェスは満足そうに頷いた。
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