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淑女の本音
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覚悟していた頬への痛みはなかった。
代わりに唇がやけに熱い。
まるで炎に焼かれているようだ。
「ん……」
マーレイは驚きのあまり目を見開いた。
「ん、んん! 」
サーフェスの唇に己の唇を塞がれてしまっていた。
柔らかく湿った舌先が引き結びを強引に割り、口内へと侵入する。熱い塊はゆったりした動きで歯列をなぞり、粘膜を舐って、舌に絡まる。舌の付け根を突き、唾液を吸い上げ、角度を変えて繋がりをより深くする。
「キスするときは目を閉じるものだと。君が教えたのだろう? 」
ふと離れたタイミングで、サーフェスは揶揄い混じりに喉を鳴らした。
「な、何故? 」
頬に拳が入るものだとばかり。
マーレイは戸惑って声を震わせた。
「私が君を殴れるわけないだろう? 」
サーフェスが目を細める。
ジンジンとマーレイの唇が痺れた。彼の温もりが離れても、生々しい感触は消えない。
「君を抱いたとき、確かに愛は存在していた。それは私の思い違いか? 」
「あ、あの」
「マーレイ。君は私に必死に愛を求めた。それも手管のうちだったのか? 」
彼に抱かれたあの日、愛して欲しいと狂おしいくらいに求めた。あれはマーレイの本音だ。
「答えてくれ、マーレイ」
真摯な眼差しがマーレイを射抜く。
喉がカラカラで、言葉が詰まる。
彼の視線から逃げようとしても、逃してはくれない。
答えてしまえば、マーレイが張っていた垣根を越えてしまう。肯定するのは簡単だ。しかし、サーフェスとの間には、越え難い壁がある。
ジゼルの存在が留まらせる。
サーフェスが想いを寄せるのは、ジゼル。マーレイではない。
「マーレイ。どうなのだ? 」
サーフェスはもう一押ししてきた。
マーレイの決意がぐらつく。
「愛は存在しておりましたわ」
辛抱出来ずに、あっさり口に出してしまった。
「私はあなたに愛されたいと願っておりました」
一度吐き出せば、堰を切ったように言葉が溢れ出していく。
マーレイは心の思うまま続けた。
「ジゼルに向けられる気持ちが辛かった」
言葉にして初めて、これが自分の胸を燻る原因だったと自覚した。
目の前にマーレイがいながら、サーフェスがジゼルしか見ていないことが辛かった。
「過去形か? 」
サーフェスは穏やかに尋ねる。
「そ、それは……」
マーレイは言い淀んだものの、すぐさま息を吸うと、早口で撒くしたてた。
「あなたは王族公爵です。私のような一介の伯爵令嬢などがあなたのような身分の高い方に恋慕を抱くなど、恐れ多いことですわ。ですから、私の言葉は今すぐにお忘れくださいませ。これは世迷言に他なりません」
「随分と古びた考えだな」
サーフェスは長々したマーレイの演説を、鼻で笑って一蹴する。
「世間では身分差など拘りがなくなってきている。聞いた話では、遡れば王家へと繋がる血筋の子爵の男は、娘の家庭教師を娶ったと専らの噂だ」
マーレイもその噂話は耳にしたことがあったし、実際、当人らを目にしたこともあった。美男美女の二人で、舞踏会でダンスをする様はまるで絵本のワンシーンを見ているようだった。
「何十年も前には、とある伯爵家はメイドを妻にして、栄えたとか。今やこの国の識者の大半は、そのメイドの子や孫らしい」
その話も知っている。大臣や医者、学者、会社経営者、その他諸々の知識人は、伯爵家から出ていると。
「ご、ごく僅かな例外ですわ」
マーレイは薄く笑う。
たとえそのような例外があろうと、自分には関係のないところの話だ。
代わりに唇がやけに熱い。
まるで炎に焼かれているようだ。
「ん……」
マーレイは驚きのあまり目を見開いた。
「ん、んん! 」
サーフェスの唇に己の唇を塞がれてしまっていた。
柔らかく湿った舌先が引き結びを強引に割り、口内へと侵入する。熱い塊はゆったりした動きで歯列をなぞり、粘膜を舐って、舌に絡まる。舌の付け根を突き、唾液を吸い上げ、角度を変えて繋がりをより深くする。
「キスするときは目を閉じるものだと。君が教えたのだろう? 」
ふと離れたタイミングで、サーフェスは揶揄い混じりに喉を鳴らした。
「な、何故? 」
頬に拳が入るものだとばかり。
マーレイは戸惑って声を震わせた。
「私が君を殴れるわけないだろう? 」
サーフェスが目を細める。
ジンジンとマーレイの唇が痺れた。彼の温もりが離れても、生々しい感触は消えない。
「君を抱いたとき、確かに愛は存在していた。それは私の思い違いか? 」
「あ、あの」
「マーレイ。君は私に必死に愛を求めた。それも手管のうちだったのか? 」
彼に抱かれたあの日、愛して欲しいと狂おしいくらいに求めた。あれはマーレイの本音だ。
「答えてくれ、マーレイ」
真摯な眼差しがマーレイを射抜く。
喉がカラカラで、言葉が詰まる。
彼の視線から逃げようとしても、逃してはくれない。
答えてしまえば、マーレイが張っていた垣根を越えてしまう。肯定するのは簡単だ。しかし、サーフェスとの間には、越え難い壁がある。
ジゼルの存在が留まらせる。
サーフェスが想いを寄せるのは、ジゼル。マーレイではない。
「マーレイ。どうなのだ? 」
サーフェスはもう一押ししてきた。
マーレイの決意がぐらつく。
「愛は存在しておりましたわ」
辛抱出来ずに、あっさり口に出してしまった。
「私はあなたに愛されたいと願っておりました」
一度吐き出せば、堰を切ったように言葉が溢れ出していく。
マーレイは心の思うまま続けた。
「ジゼルに向けられる気持ちが辛かった」
言葉にして初めて、これが自分の胸を燻る原因だったと自覚した。
目の前にマーレイがいながら、サーフェスがジゼルしか見ていないことが辛かった。
「過去形か? 」
サーフェスは穏やかに尋ねる。
「そ、それは……」
マーレイは言い淀んだものの、すぐさま息を吸うと、早口で撒くしたてた。
「あなたは王族公爵です。私のような一介の伯爵令嬢などがあなたのような身分の高い方に恋慕を抱くなど、恐れ多いことですわ。ですから、私の言葉は今すぐにお忘れくださいませ。これは世迷言に他なりません」
「随分と古びた考えだな」
サーフェスは長々したマーレイの演説を、鼻で笑って一蹴する。
「世間では身分差など拘りがなくなってきている。聞いた話では、遡れば王家へと繋がる血筋の子爵の男は、娘の家庭教師を娶ったと専らの噂だ」
マーレイもその噂話は耳にしたことがあったし、実際、当人らを目にしたこともあった。美男美女の二人で、舞踏会でダンスをする様はまるで絵本のワンシーンを見ているようだった。
「何十年も前には、とある伯爵家はメイドを妻にして、栄えたとか。今やこの国の識者の大半は、そのメイドの子や孫らしい」
その話も知っている。大臣や医者、学者、会社経営者、その他諸々の知識人は、伯爵家から出ていると。
「ご、ごく僅かな例外ですわ」
マーレイは薄く笑う。
たとえそのような例外があろうと、自分には関係のないところの話だ。
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