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密談

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 ワルツのしらべに乗っている最中、マーレイはごく自然にサーフェスの耳に唇を寄せた。
「公爵。二人きりでお話が」
 一瞬、サーフェスの目が見開いたが、すぐに平静さを取り戻す。
「二人きりなら、我々の関係を邪推されるが。君はそれで良いのか? 」
「誰にも見られない場所がよろしいですわ」
「そ、それは……つまり……」
「公爵が低俗な輩と同等ではないと存じております」
 釘を刺せば、サーフェスはいかにも残念そうに顔をしかめた。
「う、うん。そ、そうか」
 明らかに目を泳がせている。
 マーレイは彼の足を踏みつけたい気持ちをぐっと堪えた。
 サーフェスがずっとに恋をし、そのためにマーレイを恋愛指南役に指名した。ずっと恋していたジゼルから、扇状的だと誤解しかねない誘いを受けて、下心を持つのは当然だと理解している。
 だが、嫉妬は抑えられない。
 デレデレと鼻の下を伸ばすサーフェスに、マーレイはギリギリと奥歯を擦った。
「では、中庭で良いか? 今は皆んな、ダンスに夢中だから」
「ええ」
 どうにか感情を抑え込むと、マーレイは引き攣るように口角を上げる。
「その前に庭を散歩しないか? 」
「さ、散歩ですか? 」
「我が家の庭師が腕をかけた庭だからな。是非、君に見てもらいたい」
 以前、渡り廊下から通りすがりにチラリと目にしただけでも魅了されたくらいの、豪勢な庭だ。
「承知しましたわ」
 ピンクのかすみ草を思い出し、マーレイは微笑んだ。


 大広間がある建屋を中心に、客間のある建屋、サーフェスが生活スペースとして使う建屋が渡り廊下で繋がっている。
 建屋と建屋に挟まれた中庭は、宮廷にも劣らない設えだ。
 中庭へと続く御影の階段には、アイリスの彫り物がされ、マーレイはサーフェスにエスコートされながら、ゆったりと段を踏んだ。
 薔薇のアーチが見事で、それをくぐればまるで別世界に迷い込んでしまったよう。
 ところどころにガス灯が配置され、柔らかな光を放っている。
 互いに黙って花壇に挟まれた小道を進んでいると、やがて大理石の噴水の前まで来た。愛と美の女神の彫刻が置かれた噴水からは、煌びやかな水が渾々と湧いている。
 この国では水は貴重だ。
 それを惜しみなく披露するシェカール公爵家は、その財力を他の貴族に知らしめ、不動の地位を見せしめている。
 サーフェスは女神像をうっとりと見つめる。
「覚えているか? 君と初めて会った日のことを」
「そのことはもうお忘れください」
「いや。君の涙に私は心を奪われた。これほど無垢で、抱きしめたいと思う泣き顔を他では知らない」
「みっともない姿ですわ」
「君はその美しさがいかに男を惑わせているか。自覚しなくてはならない」
 いきなり振り向いたサーフェスと目が合い、マーレイは息を呑んだ。
「か、買い被り過ぎですわ。公爵」
 今が昼までないことに、マーレイは心から安堵した。ガス灯のぼんやりした明かりは、真っ赤な顔色を誤魔化してくれる。
「サーフェスで構わない」
「え? 」
「サーフェスと名前で呼んでくれ」
 サーフェスはにも、それを求めた。
 マーレイが彼の名を呼ぶ特権がなくなってしまった。そもそも、マーレイは彼にとって何ら特別な存在ではないのだ。虚しさが心に隙間風を通す。
「わ、悪ふざけが過ぎますわ。おいそれとはお呼び出来ません」
「身分か? 」
「え、ええ」
 マーレイは曖昧に頷いた。
「それなら、身分など捨てても構わない」
 サーフェスは段下する。
「君がそれを理由に心を離すなら、私は爵位など厭わない」
 決して思いつきなどではない。彼は本気だ。顔の強張りがいつもと明らかに違う。
「ま、まあ! 何を仰るの! 」
 マーレイは気色ばんだ。
「爵位は信頼の最もたる証です。商売をなさるなら、どれほど大きなものかお分かりでしょう? 」
「あ、ああ……」
「そのために我々貴族は平民の手本となるよう振る舞わなければならないのです。軽々しく身分を放棄するなど、決して口にはなさいませんように」
 ピシャリと言ってのけるマーレイに、サーフェスは圧倒され、微かに唸った。
 サーフェスの肩には、後世へ血筋を引き継ぐという公爵としての役割と、ディアミッド商会で働く従業員の生活を保証する責務がある。特に後者は重責だ。サーフェスが身分をあっさり放棄して得られる自由などない。
「そ、そうだな。私は君には叱られ通しだ」
 サーフェスは複雑そうに顔を歪める。
「ま、まあ。殿方を叱るなど。そんな。言葉が過ぎましたわ」
 彼のあまりな身勝手さが腹立たしく、思わず口をついて出てしまったが。高位貴族に対する言い方ではなかった。
 俯いたマーレイの、右側のイヤリングにサーフェスの指が伸びてきた。
「じっとして」
「あ、あの……サ……い、いえ。公爵? 」
「イヤリングが外れそうだ」
 彼は器用にイヤリングを直す。
「白珊瑚か。モチーフはかすみ草か? 」
「は、はい」
「素敵だ。君によく似合っている」
 サーフェスはふわりと微笑む。
 罪作りな男だ。
 マーレイは泣き出したい気持ちをぐっと堪えた。







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