【完結】婚約破棄された悪役令嬢は童貞公爵様の恋愛指南役となる

晴 菜葉

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仮面舞踏会への招待状

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「公爵から仮面舞踏会への誘いだ」
 さらに父は追い詰めてくる。
 父は期待に満ち溢れた目をマーレイに向けながら、アイリスの紋章の封蝋が施された招待状を手渡してきた。
「わ、私に? 」
 何故、サーフェスは逃してくれないのだろうか。
「是非、参加するようにと」
 格上の貴族からの招待を蹴るなど、社交界から爪弾きにされるもの。貴族としての地位が確立されているからこそ、投資にしろ領地管理にしろ功を成すのだ。
 マーレイにとって、返事は一つしか許されない。
「お父様。私が公爵とどうこうなろうなどとのお考えは、馬鹿げておりましてよ」
 それでも反発してしまう。
「彼は『悪役令嬢』を揶揄っておりますのよ。きっと」
 公爵夫人というこの上ない盤石な立場を望む父を、がっかりさせてしまうのは忍びない。
「いや。そのようなことは」
「それに今しがた、夜会には参加せずとも良いと」
「う、うむ。シェカール公爵主催の夜会にはどんどん足を運べ。だが、他の夜会は欠席でも良い」
「公爵主催のみ参加? 何故? 」
「な、何故とは……うん。わしはお前の幸せを心から願っておってな」
 娘の行く末が明るいことを望むのは、親としては至極当然のこと。
 この国では、女王が統治しているといえど、まだまだ女性の地位は低い。財産家や家柄の良い夫と結ばれることこそ、女としての幸せであるとの考えは根深い。
 マーレイが身につけた学識も、いづれは疎ましく思われるだろう。
 賢い女は、馬鹿な男の自尊心を傷つけるだけ。
「お父様ったら。高望みし過ぎておりますわ」
 きっとサーフェスなら、マーレイが経営に関する知識を披露したとしても、嫌がるどころか喜んでくれるはず。
 助かるよ……などと、目を細めて笑いかけて……。
 高利貸しの主人の振る舞いは鬼か悪魔かと思えるくらいにゾッと震えが走るが、私的な彼はあどけない笑顔の、ちょっと情けなくて危なっかしくて目が離せない、純朴な青年だ。
 脳裏にサーフェスの満面の笑みが過り、ますます恋しくなってしまったマーレイは、再度花に顔を埋めた。


「看病のお礼だわ、きっと」
 自室のロカイユ装飾の鏡を前に、マーレイは溜め息をついた。
 センターテーブルの天板に乗った陶磁器の花瓶から白いかすみ草が溢れんばかりで、豪奢な室内装飾にさらに派手さを加えている。
「そうでなければ、『マーレイ』だけに贈り物など。理由が見当たらないわ」
 後ろ髪に櫛を入れるケアランに、鏡越しに話しかける。
「案外、お嬢様に心を持っていかれたのかも知れませんよ」
 ケアランは気安く言ってのけた。
 この三日間は看病に必死で、身だしなみどころではなかったから、すっかり自慢の亜麻色の髪が縺れ傷んでしまっており、櫛を通すことを苦労している。
「ありえないわ」
 髪をぐいぐい引っ張られながら、マーレイは不機嫌に眉根を寄せた。
「彼は母親の呪縛に囚われているのですもの。三十年以上もの硬い殻が、そう易々と壊れたりはしないわ」
 あの強烈な母親が息子に残したものは罪深い。
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