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大人と子供
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ディアミッド商会の客間に寝泊まりして三日目。
プリプリと怒りながら、ケアランはたっぷり皿に残った朝食を盆に乗せてサーフェスの寝室から出てきた。
「全く。何て聞き分けのない方かしら。これじゃあ、まだ五歳児の方がマシだわ」
心配してドアの前に控えていたマーレイは、困ったように肩を落とす。
「駄目だったの? 」
答えはわかってはいるものの、つい聞いてしまった。
「ええ。『薬膳の粥など、病人扱いするつもりか! 』ですからね。声を張り上げれば許されると思って」
「私が行くわ」
ケアランの手からヒョイと盆を取り上げる。
「まあ。お嬢様がそこまでなさることなどございませんよ。わざわざお粥までお作りになられました上に。そのような」
メイドのいないこの屋敷では、何事も自分達で賄わなければならない。
それまではメイドを雇っていたらしいが、サーフェスが公爵邸へと越してからは、この屋敷はあくまで仕事場としての機能しか持たず、仕事が立て込んでいる際の仮眠室としか使用されていなかった。
「大丈夫よ、ケアラン。お子様の世話は任せて」
いづれどこぞの貴族の奥方となるべく、幼い頃から女主人として恥いることのないようにと、ある程度のことは仕込まれている。料理もその中に入っていた。
ただ、お子様の世話は範囲外だが。
マーレイは軽くウィンクしてから、寝室のドアノブを捻った。
さっぱりと髭を剃り、ぼさぼさの髪にはきちんと櫛が入って整えてあった。
逞しく鍛えられた上半身は、今はリネンの寝巻きで隠されている。しかし、チラチラと合わせから覗く胸板の筋肉は、隠されているからこそ何やらいけないものを見ているような、妙な気分にさせる。
ここ二日、高熱でまともに食事をとれてかいなかったから、少々やつれてしまっていた。その憂いのある様が、色香をぷんぷんさせており、何だか落ち着かない。
「何度持って来ようが、そんな不味いものは食わん」
サーフェスは仏頂面で跳ね除ける。
「仕方がない方ね」
マーレイは溜め息をついたものの、安堵感で満たされていた。
昨日までの彼は蝋のような顔色で、ぐったりと身じろぎさえする余裕はなかった。
今朝になってようやく熱が引き、朝一番に診察してくれた医者も回復の旨をマーレイに告げた。
幸い傷も化膿はしていない。
サーフェスはジロリと目を鋭くさせた。
「筒抜けだったぞ。誰が五歳児だ」
「正確には、五歳児の方がマシだという話でしたわ」
「何だと! 」
カッと頭に血を昇らせるサーフェスを無視し、マーレイはサイドテーブルに膳を置く。
医師から教えられた通りの薬膳粥は確かに鼻につく匂いがして、苦手とする者は多いだろう。
だが、それが通用するのは幼い子供だけだ。
「ふ、ふざけるな! 」
「では、子供のように我儘を仰るのはお控えなさいませ」
ピシャリと言ってのけるマーレイに、サーフェスはぐっと顎を引いた。
これでは、教師か母親に叱りつけられた子供と変わらない。幾ら大人っぽい艶めいた美女といえど、相手はサーフェスより一回り下の小娘なのに。
サーフェスは不貞腐れつつ、スプーンに手を伸ばした。
「自分で食う」
「駄目です」
「何故だ」
「わざとお皿をひっくり返そうとしますでしょう? 」
「わ、私はそこまで幼稚ではない! 」
「お顔に図星と書いてありましてよ」
またもや、サーフェスは奥歯を噛んだ。すっかり読まれてしまっている。
マーレイはスプーンで粥を掬うと、サーフェスの口の前にそっと突き出した。
「はい。口を開けて」
「子供扱いするな」
「早くなさいませ」
やや声のトーンを落としてマーレイは急かす。
渋々とサーフェスは口を開いた。
「覚えておけ。君が寝込んだときは、薬膳粥を腹一杯食わせてやるからな」
「では、そうならないように体を鍛えておきますわ」
くすくすとマーレイは喉を鳴らす。
ふわりとした微笑に、悔し紛れにギリギリ歯を慣らしていたサーフェスも、いつしか笑みを取り戻していた。
プリプリと怒りながら、ケアランはたっぷり皿に残った朝食を盆に乗せてサーフェスの寝室から出てきた。
「全く。何て聞き分けのない方かしら。これじゃあ、まだ五歳児の方がマシだわ」
心配してドアの前に控えていたマーレイは、困ったように肩を落とす。
「駄目だったの? 」
答えはわかってはいるものの、つい聞いてしまった。
「ええ。『薬膳の粥など、病人扱いするつもりか! 』ですからね。声を張り上げれば許されると思って」
「私が行くわ」
ケアランの手からヒョイと盆を取り上げる。
「まあ。お嬢様がそこまでなさることなどございませんよ。わざわざお粥までお作りになられました上に。そのような」
メイドのいないこの屋敷では、何事も自分達で賄わなければならない。
それまではメイドを雇っていたらしいが、サーフェスが公爵邸へと越してからは、この屋敷はあくまで仕事場としての機能しか持たず、仕事が立て込んでいる際の仮眠室としか使用されていなかった。
「大丈夫よ、ケアラン。お子様の世話は任せて」
いづれどこぞの貴族の奥方となるべく、幼い頃から女主人として恥いることのないようにと、ある程度のことは仕込まれている。料理もその中に入っていた。
ただ、お子様の世話は範囲外だが。
マーレイは軽くウィンクしてから、寝室のドアノブを捻った。
さっぱりと髭を剃り、ぼさぼさの髪にはきちんと櫛が入って整えてあった。
逞しく鍛えられた上半身は、今はリネンの寝巻きで隠されている。しかし、チラチラと合わせから覗く胸板の筋肉は、隠されているからこそ何やらいけないものを見ているような、妙な気分にさせる。
ここ二日、高熱でまともに食事をとれてかいなかったから、少々やつれてしまっていた。その憂いのある様が、色香をぷんぷんさせており、何だか落ち着かない。
「何度持って来ようが、そんな不味いものは食わん」
サーフェスは仏頂面で跳ね除ける。
「仕方がない方ね」
マーレイは溜め息をついたものの、安堵感で満たされていた。
昨日までの彼は蝋のような顔色で、ぐったりと身じろぎさえする余裕はなかった。
今朝になってようやく熱が引き、朝一番に診察してくれた医者も回復の旨をマーレイに告げた。
幸い傷も化膿はしていない。
サーフェスはジロリと目を鋭くさせた。
「筒抜けだったぞ。誰が五歳児だ」
「正確には、五歳児の方がマシだという話でしたわ」
「何だと! 」
カッと頭に血を昇らせるサーフェスを無視し、マーレイはサイドテーブルに膳を置く。
医師から教えられた通りの薬膳粥は確かに鼻につく匂いがして、苦手とする者は多いだろう。
だが、それが通用するのは幼い子供だけだ。
「ふ、ふざけるな! 」
「では、子供のように我儘を仰るのはお控えなさいませ」
ピシャリと言ってのけるマーレイに、サーフェスはぐっと顎を引いた。
これでは、教師か母親に叱りつけられた子供と変わらない。幾ら大人っぽい艶めいた美女といえど、相手はサーフェスより一回り下の小娘なのに。
サーフェスは不貞腐れつつ、スプーンに手を伸ばした。
「自分で食う」
「駄目です」
「何故だ」
「わざとお皿をひっくり返そうとしますでしょう? 」
「わ、私はそこまで幼稚ではない! 」
「お顔に図星と書いてありましてよ」
またもや、サーフェスは奥歯を噛んだ。すっかり読まれてしまっている。
マーレイはスプーンで粥を掬うと、サーフェスの口の前にそっと突き出した。
「はい。口を開けて」
「子供扱いするな」
「早くなさいませ」
やや声のトーンを落としてマーレイは急かす。
渋々とサーフェスは口を開いた。
「覚えておけ。君が寝込んだときは、薬膳粥を腹一杯食わせてやるからな」
「では、そうならないように体を鍛えておきますわ」
くすくすとマーレイは喉を鳴らす。
ふわりとした微笑に、悔し紛れにギリギリ歯を慣らしていたサーフェスも、いつしか笑みを取り戻していた。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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