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早朝の来訪者

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 覚束ない手つきだったが、何度か繰り返すうちに包帯を巻くのも随分と上達した。もし貴族の娘をやめても、いつでも看護助手として雇ってもらえるくらいに。
 サーフェスは朝の薬が効いていて、すっかり眠りが深い。
 社長は働き過ぎだから、むしろ休めて良かったんですよ。そうハンスはマーレイを慰めた。
 ハンスの言葉通り、サーフェスはシェカール領の管理に加え、商会の方も忙しくしている。
 領地管理はワイン片手に優雅に出来るものではない。
 税金や小作農、建築、農地の把握、あらゆる知識が必要になる。その知識を元に、どこにどの額の税金を投入するか、そのための経営の腕が問われる。上手く金を回せない領主の治める土地は、末路は悲惨だ。
 しかも、時代は転換している。
 最早、領地管理だけではやりくり出来ない。
 賢明な若い貴族なら、投資や商売に手を出して成功を収めている。
 サーフェスも例外ではない。
 炭鉱と醸造所を持ち、船会社と鉄道会社に投資している。その中でも特に情熱を傾けているのが、高利貸しだ。ディアミッド商会への思い入れは深い。
「女優の才能の他に、看護師の才能もあるとは。恐れ入った」
 包帯の端を縦に裂き、結び終えたときだった。
 ジミー・シュバイツァーが、軽く手を上げて部屋に入ってきた。
「ジミーさん」
「ノックをしたんだがね。返事がなくて」
 包帯巻きに集中し過ぎて、ドアを叩く音が聞こえなかった。
 しかも、まだ夜が明けたばかり。
 いつもは警戒心丸出しのケアランだが、起き抜けでまだ頭が回っていないから、易々と玄関の鍵を開けてしまったのだろう。欠伸を噛み殺す彼女の顔が目に浮かぶ。
「マルガリータ夫人が訪ねて来たんだってな」
 ジミーは三人掛けソファにどかりと座ると、興味深そうに切れ長の瞳を瞬かせる。
「驚いただろ? あの強烈な性格に」
「サーフェス様は、お母様のことを酷く嫌悪なさっておいでなのですね」
 ジミーの質問は敢えて無視しておいた。わざわざ口に出さずとも、出てくる答えは一つしかない。
「まあな。やつの女嫌いの根源だ」
 別にサーフェスが女嫌いとは思わない。現にジゼルに夢中になっているし、女性との営みに抵抗があるわけではない。
 むしろ……そこまで考えて、マーレイは慌ててその先を打ち消す。
「どこまで聞いた? 」
 不意にジミーの眼差しから優しさが消えた。
「え? 」
 狡猾な狐が状況を読むように、彼は静かに問いかける。
「あいつからだよ。どこまであいつは話した? 」
 ジミーはサーフェスの何もかもを知っている。マーレイの及ばないことまで。
 そして、マーレイがサーフェスについて、どこまで把握しているのか。
 彼は図っていた。
「彼は譫言うわごとで告げただけですわ」
 前置きし、マーレイはそっとサーフェスの額を撫でる。夜通しタオルを替えていたためか、熱は昨夜よりはだいぶと治っていた。
「彼の出生に関することを」
 ジミーの目が見開き、すぐさま苦々しく舌打ちした。
 
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