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甘い囁き1※
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「マーレイ」
甘い囁きが鼓膜を揺する。
ソファに行儀良く並ぶ二人。
サーフェスは台本を読み上げるように彼女の名を呼んだ。
「マーレイ。早くキスを」
サーフェスは焦れて眉間に皺を寄せる。
まるでマーレイが唇を近づかせることが当然の言い方だ。
マーレイは意地悪い気持ちになり、ツンと顔を背けた。
「あなたから、なさいまし」
「何だと? 」
「いつまで受け身でいるおつもり? 」
いつまでたっても意気地のないサーフェスには、うんざりだ。
猿真似と言えばそれまでだが、マーレイはキスの仕方を小説そっくりそのまま伝授した。たとえフィクションであろうと、生々しい羅列はやけに現実味を帯びている。
それなのに、サーフェスは自ら動こうとしない。
「この私を喘がせてみせて? 」
マーレイは声音を低めて挑発する。
餌は撒いた。
「言ったな」
たとえ仮初めだろうと、今、彼の瞳に映っているのは自分だ。ジゼルではない。
あっさりと撒き餌に食いつく愚か者。
油断が生まれた。
マーレイはすかさず座面から腰を浮かせると、素早い動作でサーフェスの片方の太腿に乗り上げた。
「うっ! マーレイ! 」
彼の顔が苦悶に歪む。
「どうなさいまして? 」
サーフェスの耳朶に唇を寄せ、吐息に言葉を乗せた。
「や、やめろ! ヴィンセント伯爵令嬢! 」
「あら? 今は『マーレイ』でしょう? もうお忘れ? 」
「マーレイ! やめるんだ! 」
「何のことかしら? 」
昨日と同じ状況を作り出してやる。昨日は自覚がなかったが、今回は違う。明らかな意図を持って、膝頭で彼の体の中央をぐりぐり突いた。何やら皮膚に硬い物が当たるが、ケアランからは気にせず続けるようにと指導が入っている。
「お、お前は! わざとだな! 」
唾を飛ばしてサーフェスは吠えた。
「こ、この淫乱が! 」
この上ない憎悪が篭ったような低い唸り声。
しかし紳士の振る舞いが身についているのか、突き飛ばすような乱暴はしない。彼女の腰を掴むと、昨日と同じように持ち上げて、そっと脇に退けた。
「どこへ逃げるおつもり? 」
腰を浮かせて立ちあがろうとした、その腕を力任せに引っ張る。
不意打ちに、どすんとサーフェスの尻がソファに沈んだ。
「は、離せ! 」
マーレイの手を振り解こうと躍起になる余り、サーフェスは判断が遅れた。
「なっ、何をする! 」
猫のような瞬発力でソファから飛び降りたマーレイは、膝をつき、サーフェスの両脚の間に滑り込んだ。
息つく暇も与えず、サーフェスのトラウザーの前ボタンを外す。
「きゃっ」
マーレイは思わず悲鳴をあげてしまった。
教科書では何度も見た、男性のズボンの中身。
実物は全然違う。
赤黒く膨れ上がって、血管の筋が凄い。今にも弾けそうに、どくどくと脈打っている。そして何より大きさが、教科書の倍以上ある。
直視出来ずに、思わず目を背けてしまった。
ある程度は座学から知識を得ていたし、小説も熟読した。昨日は丸一日、ケアランから教示を受けた。
男性がどのような状態になれば、女性に挿入出来るかと。
しかし、こんなものを体内に収めれば、破裂してしまう。
マーレイの背中の筋がゾクゾクと蠢いた。
「おい! 何のつもりだ! 」
「……! 」
恥じらいと怒りでうなじまで赤らめたサーフェスの激昂に、ハッとマーレイの飛んでいた意識が戻ってきた。
私は悪役令嬢。男を手玉に取る悪友令嬢。
ぶつぶつと繰り返し、自らに暗示をかける。
悪役令嬢……。
マーレイの目つきが鋭くなった。
「あ、あらあら。何だか今にも暴発しそうだわ」
くすくすと声を揺らすその姿は、まさしく男性慣れした、社交界での噂通りの姿。
「わかっているなら、さっさと退けろ! 」
「また下着を汚してしまうから? 」
「さ、最初から承知の上でこんなことを!
この、淫乱女! 」
「あらあら。随分な言い草ですこと」
奥歯をギリギリと擦り潰し、羞恥で涙まで溜めるサーフェス。どうやら限界寸前らしい。
彼の剛直の先端は、透明の粘液によって湿り気を帯びている。
マーレイは見なかったことにして、艶然と微笑んだ。
「謝ってくださいな」
「何だと? 」
「数々の私に対する無礼な言葉を」
「あ、謝る! 謝るから! 」
「誠意がありませんことよ」
「悪かった! マーレイ! 」
これこそが、ケアランから檄を飛ばされていたことだ。
今まで散々と無礼を働いた復讐。
公爵に心の底から詫びさせる。
本来なら、ここで終わらせるはずだった。
「駄目です。逃したりはしませんわ」
しかし、悪役令嬢に成り切っているマーレイは、簡単に終わらせるつもりはない。
甘い囁きが鼓膜を揺する。
ソファに行儀良く並ぶ二人。
サーフェスは台本を読み上げるように彼女の名を呼んだ。
「マーレイ。早くキスを」
サーフェスは焦れて眉間に皺を寄せる。
まるでマーレイが唇を近づかせることが当然の言い方だ。
マーレイは意地悪い気持ちになり、ツンと顔を背けた。
「あなたから、なさいまし」
「何だと? 」
「いつまで受け身でいるおつもり? 」
いつまでたっても意気地のないサーフェスには、うんざりだ。
猿真似と言えばそれまでだが、マーレイはキスの仕方を小説そっくりそのまま伝授した。たとえフィクションであろうと、生々しい羅列はやけに現実味を帯びている。
それなのに、サーフェスは自ら動こうとしない。
「この私を喘がせてみせて? 」
マーレイは声音を低めて挑発する。
餌は撒いた。
「言ったな」
たとえ仮初めだろうと、今、彼の瞳に映っているのは自分だ。ジゼルではない。
あっさりと撒き餌に食いつく愚か者。
油断が生まれた。
マーレイはすかさず座面から腰を浮かせると、素早い動作でサーフェスの片方の太腿に乗り上げた。
「うっ! マーレイ! 」
彼の顔が苦悶に歪む。
「どうなさいまして? 」
サーフェスの耳朶に唇を寄せ、吐息に言葉を乗せた。
「や、やめろ! ヴィンセント伯爵令嬢! 」
「あら? 今は『マーレイ』でしょう? もうお忘れ? 」
「マーレイ! やめるんだ! 」
「何のことかしら? 」
昨日と同じ状況を作り出してやる。昨日は自覚がなかったが、今回は違う。明らかな意図を持って、膝頭で彼の体の中央をぐりぐり突いた。何やら皮膚に硬い物が当たるが、ケアランからは気にせず続けるようにと指導が入っている。
「お、お前は! わざとだな! 」
唾を飛ばしてサーフェスは吠えた。
「こ、この淫乱が! 」
この上ない憎悪が篭ったような低い唸り声。
しかし紳士の振る舞いが身についているのか、突き飛ばすような乱暴はしない。彼女の腰を掴むと、昨日と同じように持ち上げて、そっと脇に退けた。
「どこへ逃げるおつもり? 」
腰を浮かせて立ちあがろうとした、その腕を力任せに引っ張る。
不意打ちに、どすんとサーフェスの尻がソファに沈んだ。
「は、離せ! 」
マーレイの手を振り解こうと躍起になる余り、サーフェスは判断が遅れた。
「なっ、何をする! 」
猫のような瞬発力でソファから飛び降りたマーレイは、膝をつき、サーフェスの両脚の間に滑り込んだ。
息つく暇も与えず、サーフェスのトラウザーの前ボタンを外す。
「きゃっ」
マーレイは思わず悲鳴をあげてしまった。
教科書では何度も見た、男性のズボンの中身。
実物は全然違う。
赤黒く膨れ上がって、血管の筋が凄い。今にも弾けそうに、どくどくと脈打っている。そして何より大きさが、教科書の倍以上ある。
直視出来ずに、思わず目を背けてしまった。
ある程度は座学から知識を得ていたし、小説も熟読した。昨日は丸一日、ケアランから教示を受けた。
男性がどのような状態になれば、女性に挿入出来るかと。
しかし、こんなものを体内に収めれば、破裂してしまう。
マーレイの背中の筋がゾクゾクと蠢いた。
「おい! 何のつもりだ! 」
「……! 」
恥じらいと怒りでうなじまで赤らめたサーフェスの激昂に、ハッとマーレイの飛んでいた意識が戻ってきた。
私は悪役令嬢。男を手玉に取る悪友令嬢。
ぶつぶつと繰り返し、自らに暗示をかける。
悪役令嬢……。
マーレイの目つきが鋭くなった。
「あ、あらあら。何だか今にも暴発しそうだわ」
くすくすと声を揺らすその姿は、まさしく男性慣れした、社交界での噂通りの姿。
「わかっているなら、さっさと退けろ! 」
「また下着を汚してしまうから? 」
「さ、最初から承知の上でこんなことを!
この、淫乱女! 」
「あらあら。随分な言い草ですこと」
奥歯をギリギリと擦り潰し、羞恥で涙まで溜めるサーフェス。どうやら限界寸前らしい。
彼の剛直の先端は、透明の粘液によって湿り気を帯びている。
マーレイは見なかったことにして、艶然と微笑んだ。
「謝ってくださいな」
「何だと? 」
「数々の私に対する無礼な言葉を」
「あ、謝る! 謝るから! 」
「誠意がありませんことよ」
「悪かった! マーレイ! 」
これこそが、ケアランから檄を飛ばされていたことだ。
今まで散々と無礼を働いた復讐。
公爵に心の底から詫びさせる。
本来なら、ここで終わらせるはずだった。
「駄目です。逃したりはしませんわ」
しかし、悪役令嬢に成り切っているマーレイは、簡単に終わらせるつもりはない。
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