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淑女の素顔
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「あなたはまさに、社交界に咲くかすみ草。清らかで愛らしいあなたの、一筋の涙を零すその美しさに一目惚れしてしまいました」
手紙を音読するなり、マーレイは深く溜め息をついた。
シェカール公爵から預かり、かすみ草の淑女なるジゼル嬢へ届いた手紙を開けば、歯の浮く羅列が延々と。
とても、鬼の高利貸しが書いたとは思えない。
もしサーフェスの正体を知らずに自分宛てにこのような手紙が届いたとしたら、マーレイはきっと舞い上がって、すぐさま返事をしたためたことだろう。
自分宛てではあるが、自分宛てではない手紙に、またもやマーレイは陰鬱に息を吐いた。
いつものようなシンプルな紫のドレスではなく、珍しく純白の華美な装いで、仮面をつけていたマーレイは、サーフェスには別人にしか見えないのだ。
恋は盲目とは言うが、サーフェスも例に漏れない。
悔し涙をぼろぼろ零し、化粧は剥げ、鼻水まで垂れるみっともなさだったというのに。
それを美しいなどと。
「お返事はどうなさいますか? 」
コルセットの紐を締めながら、ケアランが尋ねる。
マーレイは召し替えの途中で目を通した手紙を、鏡台にそっと置いた。
「書かないわけにはいかないでしょう? 」
身分ある方からの手紙を無視するわけにはいかない。
「ジゼル嬢に成り切ってですか? 」
呆れたようにケアランが鼻から息を抜いた。
「仕方ないわ。彼はジゼルに恋しているんだから」
「早々に誤解を解いた方がよろしいんじゃありませんか? 」
「もう手遅れだわ」
「ですが。事態を放置して、後で知れたとき、とんでもないことになりますよ」
「でも。あれほど浮かれている公爵に、今更、打ち明けられないわ」
もし今、ジゼルは存在しておらず、あれはマーレイだったと知れたら。
間違いなく、ヴィンセント家がこの世から抹消される。
家どころか、マーレイ自体も。
脳裏に、金貸しの顧客だったワインズマンの潰れて血塗れの鼻が蘇った。
「やっぱり無理よ。命は粗末にしたくないわ」
マーレイは血が引いていく顔を両手のひらに埋めた。
「でしたら、何とお返事いたしますか? 」
やれやれ、と仕方なさそうに肩を竦めながら、コルセットの紐を結んでいくケアラン。
マーレイは大きく息を吐くと、鏡で確かめながら、白珊瑚を丸く削ったイヤリングを片耳にパチンと嵌める。
「ジゼルは今は殿方とお付き合いするつもりはありません」
「公爵があっさり諦めますか? 」
「そうでなければ困るわ」
「遅咲きの初恋でしょう? 年を取ってからの恋は厄介ですよ」
「まさか」
マーレイは口元を引き攣らせながら、もう片方にもイヤリングを嵌める。
これから公爵邸へ出向き、ジゼルからの手紙を届けるつもりだ。
手紙を音読するなり、マーレイは深く溜め息をついた。
シェカール公爵から預かり、かすみ草の淑女なるジゼル嬢へ届いた手紙を開けば、歯の浮く羅列が延々と。
とても、鬼の高利貸しが書いたとは思えない。
もしサーフェスの正体を知らずに自分宛てにこのような手紙が届いたとしたら、マーレイはきっと舞い上がって、すぐさま返事をしたためたことだろう。
自分宛てではあるが、自分宛てではない手紙に、またもやマーレイは陰鬱に息を吐いた。
いつものようなシンプルな紫のドレスではなく、珍しく純白の華美な装いで、仮面をつけていたマーレイは、サーフェスには別人にしか見えないのだ。
恋は盲目とは言うが、サーフェスも例に漏れない。
悔し涙をぼろぼろ零し、化粧は剥げ、鼻水まで垂れるみっともなさだったというのに。
それを美しいなどと。
「お返事はどうなさいますか? 」
コルセットの紐を締めながら、ケアランが尋ねる。
マーレイは召し替えの途中で目を通した手紙を、鏡台にそっと置いた。
「書かないわけにはいかないでしょう? 」
身分ある方からの手紙を無視するわけにはいかない。
「ジゼル嬢に成り切ってですか? 」
呆れたようにケアランが鼻から息を抜いた。
「仕方ないわ。彼はジゼルに恋しているんだから」
「早々に誤解を解いた方がよろしいんじゃありませんか? 」
「もう手遅れだわ」
「ですが。事態を放置して、後で知れたとき、とんでもないことになりますよ」
「でも。あれほど浮かれている公爵に、今更、打ち明けられないわ」
もし今、ジゼルは存在しておらず、あれはマーレイだったと知れたら。
間違いなく、ヴィンセント家がこの世から抹消される。
家どころか、マーレイ自体も。
脳裏に、金貸しの顧客だったワインズマンの潰れて血塗れの鼻が蘇った。
「やっぱり無理よ。命は粗末にしたくないわ」
マーレイは血が引いていく顔を両手のひらに埋めた。
「でしたら、何とお返事いたしますか? 」
やれやれ、と仕方なさそうに肩を竦めながら、コルセットの紐を結んでいくケアラン。
マーレイは大きく息を吐くと、鏡で確かめながら、白珊瑚を丸く削ったイヤリングを片耳にパチンと嵌める。
「ジゼルは今は殿方とお付き合いするつもりはありません」
「公爵があっさり諦めますか? 」
「そうでなければ困るわ」
「遅咲きの初恋でしょう? 年を取ってからの恋は厄介ですよ」
「まさか」
マーレイは口元を引き攣らせながら、もう片方にもイヤリングを嵌める。
これから公爵邸へ出向き、ジゼルからの手紙を届けるつもりだ。
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