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恋する愚か者
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もてなしのお茶はすっかり温くなっていたが、口をつける気分にはなれない。
流行の東国の茶葉は鮮やかな緑色で、茶柱が立っている。
「先日の仮面舞踏会で私はとある淑女と運命の出会いを果たした」
足を組み、やや伏目がちでお茶に口をつけるその姿すら、一枚の絵画のように様になる。
これほどの魅力的な男性が、どの女性の手垢もついていないのは、全くもって不可解だ。
「純白のドレスを身につけ、アメジスト色の瞳を濡らす彼女は、まさに女神。私が今まで出会った女性とは比較にならないほど、繊細で優美。そして何よりあの奥ゆかしさ。理想がこの世に存在していたのだ」
うっとりと、長い睫毛を瞬かせる。
執務室でアコギな取り立てをしていたのと同じ人物とは到底思えない。
「そ、それで。その女性との仲が深まるように、私は意見したらよろしいのですね? 」
「その通りだ」
マーレイの立ち位置をハッキリ示される。
好みそのものの男性が現れたかと思えば、すでにその視線は別を向いている。失恋とまでは大袈裟だが、どことなく肩透かしをくらったような気分だ。
もっとも、この朴念仁そうな男は、マーレイの邪な心は微塵にも勘付いていないようだが。
「それで。その女性はどちらの家の方ですか? 」
気を取り直して、マーレイは前のめりになった。
「わからん」
「は? 」
「彼女の名前も、家もわからん」
「は? 」
「彼女は名乗らなかったから」
ポカン、とマーレイは動きを止めた。
身分差がなければ、扇で相手の額を一撃していたところだ。
「で、でしたら。求婚以前の話ではありませんか? 」
何とか笑顔を取り繕ったものの、口元が引き攣れてしまう。
「いや。私の財力と情報力、あらゆる力を駆使して必ず彼女を見つけ出す」
「執念ですわね」
「彼女は私の理想そのものだからな」
自信っぷりの男に、頭がズキズキと痛む。無謀にも程がある。
「で、ですが。手掛かりもなければ、どうしようもないのでは? 」
「ある」
「え? 」
「手掛かりなら、ある」
言うなり、彼は立ち上がると、書棚の二段めの引き出しを引いた。
白い薄葉紙に包まれた、何やら高価そうなものを大事に手にする。壊れ物なのか、慎重にテーブルの天板に乗せた。
「そ、それは! 」
中身を見るなり、マーレイは息を詰まらせた。
「彼女の落とし物だ」
薄葉紙に包まれていたのは、かすみ草が織り込まれたレースの飾りがついた、純白色の絹のハンカチーフ。
四隅にはかすみ草の花束が刺繍されている。
それは、マーレイがとても大切にしていた、どこかで失くしてしまったハンカチーフだ。
流行の東国の茶葉は鮮やかな緑色で、茶柱が立っている。
「先日の仮面舞踏会で私はとある淑女と運命の出会いを果たした」
足を組み、やや伏目がちでお茶に口をつけるその姿すら、一枚の絵画のように様になる。
これほどの魅力的な男性が、どの女性の手垢もついていないのは、全くもって不可解だ。
「純白のドレスを身につけ、アメジスト色の瞳を濡らす彼女は、まさに女神。私が今まで出会った女性とは比較にならないほど、繊細で優美。そして何よりあの奥ゆかしさ。理想がこの世に存在していたのだ」
うっとりと、長い睫毛を瞬かせる。
執務室でアコギな取り立てをしていたのと同じ人物とは到底思えない。
「そ、それで。その女性との仲が深まるように、私は意見したらよろしいのですね? 」
「その通りだ」
マーレイの立ち位置をハッキリ示される。
好みそのものの男性が現れたかと思えば、すでにその視線は別を向いている。失恋とまでは大袈裟だが、どことなく肩透かしをくらったような気分だ。
もっとも、この朴念仁そうな男は、マーレイの邪な心は微塵にも勘付いていないようだが。
「それで。その女性はどちらの家の方ですか? 」
気を取り直して、マーレイは前のめりになった。
「わからん」
「は? 」
「彼女の名前も、家もわからん」
「は? 」
「彼女は名乗らなかったから」
ポカン、とマーレイは動きを止めた。
身分差がなければ、扇で相手の額を一撃していたところだ。
「で、でしたら。求婚以前の話ではありませんか? 」
何とか笑顔を取り繕ったものの、口元が引き攣れてしまう。
「いや。私の財力と情報力、あらゆる力を駆使して必ず彼女を見つけ出す」
「執念ですわね」
「彼女は私の理想そのものだからな」
自信っぷりの男に、頭がズキズキと痛む。無謀にも程がある。
「で、ですが。手掛かりもなければ、どうしようもないのでは? 」
「ある」
「え? 」
「手掛かりなら、ある」
言うなり、彼は立ち上がると、書棚の二段めの引き出しを引いた。
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「そ、それは! 」
中身を見るなり、マーレイは息を詰まらせた。
「彼女の落とし物だ」
薄葉紙に包まれていたのは、かすみ草が織り込まれたレースの飾りがついた、純白色の絹のハンカチーフ。
四隅にはかすみ草の花束が刺繍されている。
それは、マーレイがとても大切にしていた、どこかで失くしてしまったハンカチーフだ。
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