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激怒する父
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ヴィンセント伯爵の激昂ぶりは、朝食を味気ないものにさせる。そんなことを思いながら、マーレイはスモークサーモンの切れ端を口に入れた。
「マーレイ! お前は腹が立たないのか! 」
正式にバルモアから婚約を破棄したい旨の手紙が届いて、しかも、その理由が娘の不貞を仄めかすものだったから、このところ父はカッカカッカと忙しい。
「私は不貞など働いてはおりません」
マーレイはナプキンで口元を拭いながら、淡々と答えた。
「当たり前だ! お前は顔が派手なだけで、男と手すら握ったことのない清い女だ! 」
血圧が最高値に達するくらい興奮して父は声を張り上げる。
控えていたメイドがぷっと吹き出したので、マーレイはギロリと一睨みで黙らせた。
「社交界では私に関して良からぬ噂が広まっているようですし」
男遊びの激しい悪役令嬢だのと。広めているのは他ならぬ元婚約者とその愛人だ。
「このままでは、ますます縁遠くなるではないか! 」
同い年の令嬢らはどんどん婚姻話が纏まり、中には子供を授かった者までいる。
さらに壁の花歴が長くなりかねない娘に、父は額を押さえて天井を向いた。
「ですがお父様。いちいち、そのようなつまらない噂を気にしていては、品格が落ちるというものですよ」
「そんなこと気にしていられるか。こんなに貶められて」
「格はうちの方が上。突っかかれば、相手の思う壺です」
「しかしな」
「東の国の諺にありますでしょう? 『人の噂も七十五日』と」
「あと二ヶ月以上もあるではないか! 」
「二ヶ月ばかり辛抱すれば、人々はすぐに別の話題へと興味を逸らしますわ」
現在、どれほど否定しようが、噂の有無を選択するのはあくまで外野。そして連中は、下世話な話題が大好物だ。例え偽りだろうと、どちらの話がそそられるかは分かり切っている。
「何故、お前はそう悠長なんだ! 」
またもや父の血圧が上がった。
マーレイは食後の珈琲を啜る。苦味を舌先に残しながら、こっそり溜め息をついた。
マーレイとて、気にしていないわけがない。
むしろ激しく落ち込んでいる。
夜会に出たところで晒し者になるだけ。しかも、これみよがしに元婚約者のいちゃいちゃする姿を見せつけられるのだ。
寝取られ令嬢などとヒソヒソされて、平然と振る舞えるほど心臓は鋼ではない。
そんなわけでマーレイは立て続けに夜会の招待を断っているから、素敵な紳士に出会う機会すらなくなってしまった。
マーレイが社交界にデビューする姿を見ることなく母が肺病で亡くなったことで、父は母の分まで心配事を抱えている節がある。嫡男の婚姻話が片付き、今は新妻と流行の機関車旅行を満喫している兄の行末は、何ら悩ましいことはない。
だから尚更、残った娘に対して力の入れように拍車が掛かっているのだ。
マーレイはわざとらしく肩を下げると、空のカップをテーブルに置いた。
「マーレイ! お前は腹が立たないのか! 」
正式にバルモアから婚約を破棄したい旨の手紙が届いて、しかも、その理由が娘の不貞を仄めかすものだったから、このところ父はカッカカッカと忙しい。
「私は不貞など働いてはおりません」
マーレイはナプキンで口元を拭いながら、淡々と答えた。
「当たり前だ! お前は顔が派手なだけで、男と手すら握ったことのない清い女だ! 」
血圧が最高値に達するくらい興奮して父は声を張り上げる。
控えていたメイドがぷっと吹き出したので、マーレイはギロリと一睨みで黙らせた。
「社交界では私に関して良からぬ噂が広まっているようですし」
男遊びの激しい悪役令嬢だのと。広めているのは他ならぬ元婚約者とその愛人だ。
「このままでは、ますます縁遠くなるではないか! 」
同い年の令嬢らはどんどん婚姻話が纏まり、中には子供を授かった者までいる。
さらに壁の花歴が長くなりかねない娘に、父は額を押さえて天井を向いた。
「ですがお父様。いちいち、そのようなつまらない噂を気にしていては、品格が落ちるというものですよ」
「そんなこと気にしていられるか。こんなに貶められて」
「格はうちの方が上。突っかかれば、相手の思う壺です」
「しかしな」
「東の国の諺にありますでしょう? 『人の噂も七十五日』と」
「あと二ヶ月以上もあるではないか! 」
「二ヶ月ばかり辛抱すれば、人々はすぐに別の話題へと興味を逸らしますわ」
現在、どれほど否定しようが、噂の有無を選択するのはあくまで外野。そして連中は、下世話な話題が大好物だ。例え偽りだろうと、どちらの話がそそられるかは分かり切っている。
「何故、お前はそう悠長なんだ! 」
またもや父の血圧が上がった。
マーレイは食後の珈琲を啜る。苦味を舌先に残しながら、こっそり溜め息をついた。
マーレイとて、気にしていないわけがない。
むしろ激しく落ち込んでいる。
夜会に出たところで晒し者になるだけ。しかも、これみよがしに元婚約者のいちゃいちゃする姿を見せつけられるのだ。
寝取られ令嬢などとヒソヒソされて、平然と振る舞えるほど心臓は鋼ではない。
そんなわけでマーレイは立て続けに夜会の招待を断っているから、素敵な紳士に出会う機会すらなくなってしまった。
マーレイが社交界にデビューする姿を見ることなく母が肺病で亡くなったことで、父は母の分まで心配事を抱えている節がある。嫡男の婚姻話が片付き、今は新妻と流行の機関車旅行を満喫している兄の行末は、何ら悩ましいことはない。
だから尚更、残った娘に対して力の入れように拍車が掛かっているのだ。
マーレイはわざとらしく肩を下げると、空のカップをテーブルに置いた。
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