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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
59 嗜虐嗜好の嘲笑
しおりを挟む────短剣の切っ先がモスカの喉を掠めた。
「短期決戦を望むか」
「戦いはいつもそうさ。英雄譚や冒険譚の読みすぎじゃないか? 人は殺せば、死ぬんだぞ?」
「死なぬ者が戯言を!」
懐に入り込み短剣を振り上げると、聖遺物アスカロトの能力によって刃が割れた。金属音に表情は崩さず、追撃を続けていく。
短期決戦を望まねば、オレに勝機はない。
展開された焔を纏う結界は「どちらかの対象の死」以外でなければ開かない。「望む頂への礎」は、お互いの望む場所への道のりのために犠牲になれ、という意味だ。
チラ、と自分の胸の前にある下火を見やる。
「今現在のお前の生命力だよ」
「だろうな、分かってたよ」
二人の生命力は歴然としている。火が消えると結界が開く。声が届かない結界の外への配慮だろう。エンターテイナー気質な勇者の性格がよく出ている。
「勇者の力を惜しげも無く使って倒そうとしてくれるのは有難いが、力の無駄遣いじゃないか?」
「そうかな? 殺せど死なぬ者の息の根を止めるためには足りないくらいだと思っているよ。たとえ、長年の旅で弱くなっているとしてもな。怪物退治にはもってこいの力さ」
「怪物ねぇ。耳が痛くなる呼び名だ。しかし『類は同に集まりし』という。お前も同類だよ」
エレが攻める度に、王国兵から奪い取った武器の貯蔵が減っていく。残りは片手で持っているものを含めて短剣が5本。
「シッ──」
短剣を喉めがけて予備動作無しで投擲し──真っ二つに割れて落ちていく。残り4本。
「厄介だな、その能力は……!!」
先程から攻撃を悉く無効化にし、今回の攻撃の決めてを損なわせたのは、アスカロトの能力の一つ──斬撃操作だ。
空間に固定されている不可視の斬撃が、モスカを護っている訳だ。
「無いとこ狙ったってのに。だが、入ったぞ」
地面を低く駆け、再び、懐に踏み込んだオレはモスカの目を狙って短剣を振るう。仰け反って避けられたが、視線が動かされたモスカの前にはオレの姿は既にない。
──パチンッ。
モスカは音の方向へ武器を振るうと、投擲された短剣が見事に真っ二つに割れた。
「矢ではないから効くと思ったか?」
「思うわけがないだろ。目的はこっちだ」
モスカの頭上にいるオレ武器を振りかぶる。アイツの防御は間に合わない。
だが、モスカの顔に恐怖はなかった。
「いいのか? そこにはあるぞ」
言葉と同時、体が無数の斬撃に襲われた。
「──~っ!!?」
「避けたか、四肢を切り落とすつもりだったのだが。まったく、すばしっこいのは相変わらずだな」
「マナに異常はなかったはずだぞ!」
「そうだろう。細かな斬撃を固定していたのだ。戦闘中の速度では上手く感知できないだろう?」
有り得ない。人間の技術ではない。
だが、そうだ。そんなの知っている。
彼は只人ではなく──神に選ばれた人──勇者。
「勇者様はほんっと能力に恵まれてて羨ましいね……!」
「お前も同じだろう──神殿の子。勇者の器よ!」
飛んできた斬撃を避け、その余波で頭部が切れる。ドロッと流れる血液の勢いは止まらず、視界を真っ黒に染める。
「おっと、悪いね」
「いいさ、気にすんな。これからは視覚に頼らねぇんだから」
開けていた瞳も閉じ、感覚を研ぎ澄ます。
元より、見えない斬撃がある時点で視界に頼る方がお馬鹿さんだ。細かな斬撃があるのならば、より情報は少ない方が良い。
中央の石像の土台を上手く障害物に利用しつつ、なかなか距離を詰めさせてくれないモスカへの攻撃の算段を立てる。
「……硬ぇ」
彼の周りには最大の攻めと護りを兼ね備える斬撃が浮かんでいる。それを崩すためには、モスカが捌ききれないほどの攻めをする必要があって……。
足踏みすると、モスカはニコリと笑う。
「ならば、少しイタズラをしてみよう──《斬撃創造》」
知覚していた空間がぶわと広がったように感じた。アスカロトの斬撃が空間の中に高密度に散りばめられたのだ。
「どうだ? 瞳を閉じたその目に希望は見えるか!?」
モスカの表情に初めて酷薄な笑みが浮かぶ。……オレも笑った。
「どうしたお前。今日はやけに紳士ぶってると思ってたら……ようやく本当の顔が出てきたな。貴族崩れさん」
その言葉にモスカの口角が痙攣する。生まれは辺境貴族のモスカには、一番刺さる言葉だ。
「これだけの観衆がいるんだ、そりゃあ道化も演じるだろう!?」
ぐにゃりと歪んだ口角。
勇者の本当の姿はこれだ。
【勇者】という凡夫が手を伸ばしても届かない力を得た結果、生み出された傲慢かつ嗜虐嗜好の怪物。
モスカは高々に笑う声は、結界の外には届かない。
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