英雄喰らいの元勇者候補は傷が治らない-N-

久遠ノト@マクド物書き

文字の大きさ
上 下
44 / 68
第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

43 組合長統括

しおりを挟む



(《惑わしのことば》、だな)

 部屋中を一瞥するとそれはすぐにわかった。
 規模がおかしい。倉庫として使っていたという割には小綺麗で、窓の外には太陽の日差しが眩しく光っていて、緑が生い茂る木々が見えている。

現在いまは昼間。日差しの向きは真上ほどから落ちてくるはず。なのに斜めから差し込んでいる……)

 確定だ。塔の魔法使いの術がこの空間を支配している。

「……モチーフは秩序の神殿の中庭か? 神の像まであるとはな」

 木々の奥には、こちらを向いて立っている神々の石像が見える。
 かの有名な五大神。秩序の神の子どもらとご友人達の偶像がそろい踏みだ。

「内装は塔の一室らしいがね。そういえば、その魔法使い殿はエレと同い年だと言っていたよ」

「同い年で上級魔法使い? それはスゴいな」

 同い年なら魔導学院を卒業をして間もないくらいの年齢じゃないのか?

「でも、その時計のセンスはオレとは合わないな。時間も正確じゃない」

「この時計は贋物だが、こういう時計のデザインにしてくれと頼んだのは私だ」

「へえ、通りで」

 金色に縁取られている古めかしい時計は長針だけで、短針も時刻も何もない欠陥品だ。それも、長針の辿った後、過ぎた時間の部分は真っ黒に塗りつぶされていくようになっている。残っているのは半分ほどだ。

「……魔法が解けるまでの時間か?」

「さすが一旗アルス殿だ」

 楽し気に笑った男性が手を上げると、斜めから差し込んでいた日の明りがゆっくりと薄まっていく。
 石像らに暗い影を落とすと、カーテンが自動で閉まり、屋内の照明が橙色に空間を染めた。

「で、話は?」

「まぁ落ち着きたまえよ。いま、勇者様が送ってきていた冒険譚ログに目を通しているんだ。これを見る限り、勇者様の剣はよく輝くらしい。……で、オマエが働いた記録はどこにあるんだ?」

「勇者の日記なんてどうでもいいからこっち向けよ――イキョウ」

 男性の視線が上がることで、エレとバチリと目がぶつかり合う。先に瞳を閉じたのは奥に座っていた男性。薄い笑いで上書きをした。

「ははは。来るのが遅すぎてな。もう、内装チェックは済んだのかい? 細部までこだわった部屋作りだ。満足の行くまで見るといい」

「あいにく《惑わしのことば》の部屋にはいい思い出が無くてな」

「そうか。それはそれは。まぁ、立ち話もなんだ。腰掛けたまえ、遠慮はしなくてもよい」

「悪いな。もう座ってる」

「小生意気に育ちおって」

「アンタのおかげさ、イキョウ。ガキだったオレに礼儀を教えなかったのを悔めばいい」

 時計の前に座っている人物――組合長統括であるイキョウは、エレの態度に小皺の寄った顔にさらにシワを作った。

「ハハハ、小どころではないな。大、生意気め」

 オレとイキョウは目を細め、控えめに笑った。

 すっかり白くなった頭髪は邪魔にならない程度にまとまっていて、老いてもなお勇ましさを残した顔立ちは血気盛んだった時代を惜しげもなく教えてくれる。

 そんな彼の実績を並べるならば、冒険者組合を取り仕切り、独立組織である冒険者組合に価値を持たせ、ここまで大きく発展させた。

 いわば、一時代を作り上げた者である。その影響力というのは、隅々まで行き通っている。

 そんな人物がこのような場所を借りて御忍びでオレと話をする。それが、この場所に訪れた目的の一つだった。

「マスターとディエス様はどういった仲で?」

 いつの間にか後ろに回っていた男は問いかける。

「ん。なに、ただの顔見知りさオクルス」

(オクルス……聞いたことがない名前だ)

「時折食事をしたり、公園の遊具で遊ぶ程度の。あぁ、そうそう。私が老いたら襁褓むつきを変えてくれるのも彼だ」

「ほう、それはそれは。いいお孫さんですね」

「子ども扱いは散々されたが、孫扱いしてくんのはアンタくらいだ」

「ほかに孫扱いするのがいたら首を刎ねてしまえ。私だけの『孫』だ」

「なんだ、久々に出会ったからって興奮してんのか?」

「そりゃあそうさ。冒険者の登録から巣立つまで面倒を見たんだから。ディエス以外に、こうも世話をした冒険者もいない」

「言うほど世話にはなってないがな」

「年齢の基準にも満たないオマエを冒険者にして、最速の記録を立ち上げるために力を貸したのを覚えてないのか? 反抗期だな」

 イキョウの世話になったのは冒険者登録とその後の少しの間だけだ。
 
 登録の最低年齢が成人の15歳だが、三英雄との旅が終わってから冒険者になったオレは当時、最低年齢よりも遥かに下の年齢だった。
 そんなオレに冒険者の登録許可を出したのがこのイキョウ。──まぁ、三英雄がゴリ押してくれたんだが。

「私が登録しなければ、冒険者にはなれなかったんだぞ? ん? 感謝したまえ。そして、おじいちゃんと呼んでくれ」

「クソジジイ。明らかに以前の元気がないぞ。その椅子は年寄りには堪えるんだろう? そろそろ若い者に譲ってもいいんじゃないか?」

「譲っても良いと思える者がいれば良いのだがね。まぁ、何しろ、今日、無事に話ができることを祝福しよう」

 イキョウが愉快気に手を広げるとカーテンが一斉に開き、いつの間にか外の光景が訪れた時と全く同じ明るさに戻っていた。

「祝福だぁ? アンタが、どうした? 老い先短いから神様に縋るようになったのか」

「そうだな。最近は存外、神を信仰するのも悪くないと思い始めたよ」

「……」

「どうした、ディエス。すごい顔だぞ」

 半ば真実、半ば嘘。そう受け止めれるような表情で、イキョウは窓の外の石像を眺める。

「ディエスの信仰は黎明神アルバズロアだったか」

「そうだが」

「だが、黎明の神は出会いに祝福をしてくれないだろう。それくらいは知ってるつもりだ。とすると……どの神様が祝福をしてくれるのかな?」

 まて、本格的におかしくなってきたか?

「大丈夫か? アンタらしくない」

「心配されるほどではないさ。ただ、この奇跡的で運命的な出会いに祝福を」

 イキョウは窓の外から目を戻し、部屋を広く見つめる。 

「奇跡的?」

「あぁ。よく、魔王領から帰ってきてくれた」

「……」

 何か意図があるのか、単純に祝福をしてほしいのか。表情からは何も読み取れない。
 しばらく会わないうちに、変なことを言うようになった。老いか、老いだな。
 神様なんぞ信じない奴だったと思っていたんだが……。

「……出会いを祝うなら『流転神シュペルレ―』だな。他の神サンはちっと毛色が違う」

 オレは外にある石像を見ながら小さく口にした。記憶が正しければ、そのはず、と。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...