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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
33 王都の神官でも無理か
しおりを挟む「君の体は治らないね。うん、諦めた方が良い」
「そうか」
王都にいると言われた腕っこきの神官に体の様子を診てもらった。が、得られた反応はこの通りだ。
様々な奇跡を祈ってもらい、傷が治るかの実験。たった数分だけの時間で飛んだカネは冒険者の二月ほどの食費に至る。
(相変わらず、ぼったくりだな)
治っていないのにカネを渡すのも面倒だが……いや、普通の只人の傷は治るのだろう。奇跡は一日で祈れる回数は決まっているため、今日中のカネくらいは渡しておかなければならない。
にこにこと笑うふくよかな男神官の目の前で腕の包帯を巻き直していく。
「しかし、すごい傷ですな。どこで負われたのですか?」
「東の戦地で少し。冒険者をやっていたので」
「呪いの類かと思っていたのですが、どうみても裂傷だ。治ると思っていたのですが」
「呪い、か。まぁ、いいさ。金は前払いしておいたので十分だろう?」
子どもの頃はこの体のことを「神の祝福」だと神官は持ち上げていた。
それが、数年経つだけで「呪い」と言われるようになるとは。
「明日も来ていただけば、再度、奇跡を祈らせていただきますが」
「良い。十分だ」
善意で言っているのか、傷が治らないのにカネを払うカモを見つけたと喜んでいるのか。
──金の亡者の神官どもだ。後者だろうな。
エレはいつもどおりの顔を貼り付け、小さく礼をした。
「時間を取ってもらってすまんかった」
それは神殿で学んだ礼儀作法。少し古めかしい所作だが、神官となればソレを知っている。
「……! あなたは……いえ、冒険者、でしたね。詮索をするのはよろしくはない」
同業者だとは思わなくても、神殿に関係している人物だと感じ取ったのだろう。
目の色を変えて、頭を下げてきた。まさか、目の前にいるのが『今、大陸中で騒がれている国賊』だとは露知らず。
「こちらこそです。勇敢な戦士さま。……あなたに神のご加護がありますように」
恭しく手を合わせる神官の部屋から外へ出ていった。
外套を着込み、落胆が滲む息を吐く。
「麗水の海港にいる神官でも無理だったんだ。神殿もないこの王都で傷が治ると期待するのが間違いだったか」
善人面した彼らの顔は見るに耐えない。
勇者に選ばれなかった時の彼らの行動は今、思い出しただけでも腸が煮えくり返る。
エレが神官が嫌いな理由はそれだ。
十八代目勇者選定の日──あの日から、エレの生活は一変した。
神様からの贈り物。
勇者の器。
神に愛された子ども。
そう言われ、勇者に選ばれるために研鑽を続けていた子ども達は、五人が五人とも異能と呼ばれる力を持っている。
しかし、勇者に選ばれなかったら、ただのバケモノだ。
『もしかしたら……子どもたちは祈らぬ者なんじゃないか……?』
神官のその言葉を皮切りに、疑惑の波は広がっていった。
──神が与えた力ならば、なぜ、勇者に選ばないのか。
──器から溢れんばかりの力の制御ができるのかも分からない。
──彼らは……悪なる神が送った悪魔なのではないか。
勇者になれない【器】に存在価値など無い。
勇者に選ばれない【器】は……必要がない。
人間、一度、思い込んでしまうと終わりだ。
瞬く間に、勇者候補の第一等だった彼らを迫害する流れは大きなものとなっていった。父親や母親の言葉があっても、神官達の勢いは止まらない。
早く殺した方がいい!!
勇者に選ばれぬなら、邪神からの刺客だ!!
始末しろ。早く、子どもの姿である間に!
口々に言葉の矢を幼子たちに放った。
投げかけられるそれらの言葉を背中に、オレは兄妹の中で一番最初に神殿を飛び出ていった。
まったく、最悪という言葉にふさわしい日々だった。
子どもが一人。武器と己の身一つで山籠りの生活だ。
何度もゲロに塗れた。血の小便もした。泣いた数は数え切れない。
まぁ、それでも、可愛い方だ。
冬の山の中。
『環境』と『魔物』と山に巣食っていた『異形』という魔族の成り損ないとの昼夜問わずに闘争の日々だった。
何度も死んだ。
そんな生活を続けていた時だ。三英雄と出会ったのは。
(それで勇者の付き人が英雄への近道だって聞いて、必死こいて力つけたんだったな)
苦しかった思い出もなければ今の自分はここにいない。そういった類の感情は使いようによっては力にすることもできるということも知った。
が、神官どもは嫌いなのは変わらん。
結果として三英雄に会えたとしても、だ。
(そういえば……あの三人はいま、なにしてるんだろうか)
オレを冒険者に登録させたら颯爽とどこかへ消えた。
聖女はどこかの教会とかにいそうだし、剣聖は酒を飲んで歩き回ってそうだし、賢者──師匠は何をしてるんだろうか。森人なのは気がついていたが、故郷にでも帰っているのかな。
会いたいという気持ちが強いが……少し思う所もある。
今のオレは、英雄にもなれていないし、神官共に見返せれていないし、護れる力もない。
なんて言われるか分からんから、会うのが怖い。
怒られるならまだしも、最悪殺されかねん。「私達の教え子が、英雄にすらなれていないだと!?」──とか。なんとか。
会ったら最後、みっちり、笑顔のたえない修行の日々になりそうだ。今度は何回死ぬかなぁ。
「オイ、腰抜け玉無し野郎」
「……?」
気がつくとそこは冒険者組合付近。そして、その名前でオレを呼ぶのは、
「あぁ、なんだ。またオマエらか……もしかしてずっと探してたのか?」
クマのような体格の男とその仲間たち、冒険者組合であしらった男共だ。
「オマエに懸賞金が掛けられててなぁ、それだけでも働かなくても食って行けれるくらいのカネが手に入るんだよ。だから、な? 後輩冒険者のことを思って死んでくれねぇかなぁ?」
首を鳴らして威嚇する男をみやり、少しの間考えた。
ふむ。護れる力がない、と思ったが、今のオレの実力は実際のところどの程度なのだろうか。
……試してみるか?
「あぁ、いいぞ」
周りを見渡し、ひと目に着かない場所を探す。
「お前らがオレを殺せるならな。相手してやるからついてこい」
クイと路地裏を指差し、そのまま男たちを連れて奥に進んでいった。
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