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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
31 オーレという魔法使い
しおりを挟む悶々としている中、かけられた声。
それは、水面に一滴のしずくを垂らしたように小さな出来事で、それでも後で思い出そうとしても容易に思い出せそうな出会いだった。
「あの~……えっと、大丈夫?」
その声は、言葉を一つ一つ並べておくような……。
「きれーな声」
「エッ」
「……エッ!?」
アレッタはハッと我に返った。自分が何を言ったかを確かめるように口の上をペタペタと触って、そろーっと女性を見上げた。目の前の女性は照れくさそうに首を傾げている。
どうやら、独り言がたまたま通りかかっていた女性の耳に入って、声をかけてくれたらしい。それで、変な言葉を言ってしまったようだ。
「……ン」
女性を警戒するように見ていたアレッタの視線は、彼女の目に吸い込まれるように向かった。
(……金色の目……?)
焦げ茶色の目元までかかる頭髪。眼鏡越しに見えるは、小豆色と金色系の両目異色。
目が合うと女性は自信が無さそうに微笑んだ。アレッタは眉間に皺がよった。今更だが、独り言を聞かれたことを不快に感じたのだ。独り言は一人で呟くから独り言なのだ。それを聞くとはなんたるか!
「ダレ! ナニ! ナンダ!」
「んーん……ただ、キレイな目をしているって思ってさ」
女性は、アレッタの目を覗き込む。
「やっぱりだ。……瞳に宿る光は生命力に準ずる、と言ってね。昔からの言い草さ。まぁ、綺麗な瞳をしているということは、それだけ力があるということなのさ」
ふわ、と女性はアレッタに手を差し伸べる。
「並べる言葉に嘘は着せていないよ。ボクは魔法使いだからね」
「……あなたもキレーな目してル」
「! そ、そー……いうことを言われたのは初めてだな……」
女性は思わぬ誉め言葉の反撃に具合の悪そうな顔を浮かべ、手袋をしている手で両目の下に触れ――ふわ、と踊るような笑みで隠した。
「そうかい。……ボクの瞳は綺麗かい?」
「ウン。金色だシ」
「これ、梔子色って言うんだ。少し赤いでしょ? 金色じゃあないんだってさ」
出会ったばかりの女性は瞳を大きく見せて、アレッタから興味の無さそうな相槌を受け取ると、肩を竦める。
「独特な雰囲気を持つ子だなぁ……。まぁ、何か困ってる様子だったから声をかけさせてもらっただけ。大きな独り言だったし、何か困ってるなら聞かせてほしーなって。なにか力になれるかもしれない。一人より、二人がなんたるかってね」
「……ナンデ」
「困ってる人がいたら助けるのが、ボク達の大事にしてることだから」
「アヤシイ」
「アヤッ、えぇ?」
「知らない人について行くのはイクナイ。アレッタのおんなのかんがそう言ってる」
「知らないって……。ボクは大丈夫だよ?」
「そういうヒトは大体悪いヤツデ──」
ずさ、と後退りをする。
しかし、その時、アレッタの頭の中にエレの言葉が駆け巡った!
「――ハッ!」
『分からないことがあれば他人に聞けよ。それも依頼の内だ』
依頼は達成しさえすればいい。それをエレは言っていた。
「あ、困ってなかったかな? なんか、ごめんね? 怖がらせたみたいで――……オ?」
「ま、マテ!」
裾がぎゅっと握られ、女魔法使いは振り返る。
依頼を達成しなければ仲間にしてもらえない。このままでは、よくわからない「同伴者」という立ち位置で終わってしまう。
「……困ってル。だから、相談に乗ってほしイ」
「わあ、やっぱり! いいよ。ハナシ、聞かせて?」
うきうきと相談に乗ろうとする女性。しかし、アレッタはとても渋い顔になった。
「……どしたの、その顔」
「これは、しかたないことダ」
「しかたない?」
「本当は頼りたくなイ。でも、ワタシ一人じゃなにもできなイ」
「わぁ、妥協も大事だよね。わかるわかる~」
アレッタは不本意な気持ちをほっぺたにいっぱい溜めながら、身振り手振りで話をして行った。
この街に来て、急に依頼を選ばれて、外に放り出された。そして、自分はヤケンのことが分からない。イヌも分からない。四足歩行で耳があるのは分かっている。
それらを聞く女性は要所要所でアレッタのことを不思議そうに見ていた。
◇◇◇
「――ということダ」
「はあー……ナルホド」
どうやら説明が全て終わったらしい。アレッタの話を要約をするならば、
「つまりは、ヤケンってイヌを倒せば、仲間にしてもらえるんだ」
「うん。だから、どうやったらヤケンを退治できるのカ教えテ」
蜜柑色の瞳が輝く。両目異色の女性は優しく微笑んだ。
「いいよ。じゃあ、君の名前は?」
「アレッタ」
「いい名前だ。アレッタ君ね。ボクの名前はオーレ。よろしく」
「オーレ?」
「そ。覚えやすいでしょ? これから一緒に依頼とやらをするんだ。名前はわかってた方が良い」
「手伝ってくれるノ!?」
「まーね。言っても少しだからね? 人をまたせてるから。重要なお仕事の途中だからさ」
「ヤター!」
こんな目をキラキラ輝かせる子が真剣に仲間になろうとしてるんだ。仲間にしてあげるというやつが変な奴だったら、ぶっ飛ばしやろう。そう心に決めて、アレッタの色白の手を握った。
「アレッタちゃんは何ができる? ボクは魔法が使える」
袖あまりな服から華奢な手を出し、折れ曲がった杖を傾けた。
アレッタはエレからもらった──勝手に奪った──袖あまりな服から色白な手を出し、錫杖を傾ける。
「ワタシは奇跡が使えるが、オーレには使えなイ」
「なんだそら。でも、使えるには使えるのね? ボクには使わなくてもいいよ」
「分かっタ」
「よぅし、じゃあまずはヤケンについて説明をするから――」
そうしてアレッタの頭越しに見えたモノに声を漏らす。
「お」
「ン?」
「あ、いや。アレ」
女性が指さす方向を見てみると、その先にあったのは先程カラスがゴミの集積容器を突いていた場所だった。
だが、向こう側の曲がり角から、違う物音が顔を覗かせていた。
トトトト――四足の足音。ぐるる――唸り声だ。
「オー……」
現れたのはアレッタよりも大きく、黒色の毛がさらに黒く薄汚れている――大きな大きなイヌがいた。
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