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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
30 集団暴行
しおりを挟む「オイ!! オイ! オイ! 誰かと思ったら、かの有名なエレ君じゃああるまいか!」
「あぁ?」
エレとアレッタの二人を足しても足りない程の大柄な男性が、口から大量の唾を出しながらエレとアレッタの所へ近づいてきたのだ!
「てめぇが――」その後は呂律がひどくて聞こえなかったが、その冒険者はどうやら怒っていた。
エレはそんな中、一歩前に歩み出ていた。かっこいい。
「あー……なんの用だオッサン。こんな昼間から酒飲んで、人様に絡んで。依頼もせずに、何をしてるんだ?」
男は一人だけじゃない。その取り巻きもゾロゾロと後ろから顔を覗かせてきている。冒険者組合の受付はよく目立ってしまう。すぐに注目の的となってしまった。
「ハッ! 魔王に加担した挙句、こんな場所でのうのうと歩いてるオマエなんかには言われたくねェ!」
その声に賛同の声が飛ぶ。大柄な男は世論を味方にした気分で鼻を鳴らした。アレッタは不快そうに鼻を鳴らした。
「おーおー有名人か、名が売れるのは有難いねぇ。……ってことは新聞が出回ってるな。予想通りか」
冒険者が知ってるということは噂になっているということで、その情報の出処は新聞が妥当だろう。コイツらが新聞なんて高尚なものを読んでいるとは思えないが、出どころの確認は必須だ。
とりあえず、エレにとってはあまり良い状況ではないということは分かった。
「じゃあ、オレは何をしたらいいんですかね? まさか、魔王を倒しに行け、とでも言うつもりかな?」
「当たり前だろ! 今すぐにでも魔王のところに行って――」
「オレを追放したのは国だ。ここ王都の中央のでっかい城に住んでるご立派な顎髭を貯えた王様だ。その意味が分かって発言をしてるのか、下々の皆様?」
その言葉は男の喉を締め付ける。歩み寄るエレはニコリと笑いながら、男の分厚い胸板に人差し指を突き立てた。
「勇者が魔王を倒す。それが神達が下した決まりだ。で、オレは勇者と行動を共にできない。だから、魔王の領土に行ってもすることが無い。……分かるか? あ、ゴミ拾いくらいならしてあげてもいいけど」
野次が飛び交う中、エレの声は質量を持って場を制圧した。正論というのはどのような場合でも、相手方と発言を縛り付けるものだ。
「……エレ、コワ」
アレッタは何の話をしているのか分からないまま、ただ雰囲気を恐れながら、エレの袖から顔を覗かせていた。
「か、神だ、なんだって古くせぇ考えで物を語りやがって! 魔王を殺しちまえば全部丸く収まる話だろうが!!」
「つまり、自分たちの気が晴れないから誠心誠意取り組んでる姿勢を見せて、魔王に単騎で突撃してこい、と?」
エレは鼻で笑った。
「馬鹿げてるな」
「――~ッ!! ぶち殺すぞ、テメェ!!」
我慢ならない様子で、掴みかかってきた男の太い腕がエレの小柄な体を浮かす。
「こんなトコで喧嘩する気か?」
「喧嘩じゃあねぇよ。さすがにあのエレサマでもこの人数を相手にすんのはキツいだろ……? 集団暴行だよ、バーカ!!」
「……お前みたいな冒険者は相変わらず、絶えないんだな」
男たちがエレに襲いかかろうとした瞬間――エレは男の腕を蹴り上げ、そのまま羽が生えたように頭を飛び越えた。
「飽き飽きする」
天井の照明を遮り、キラキラと逆光を背負う。その光景は、まるで夢を見ているかのようだった。
「ワァ……」
何もない虚空を両足で踏み、その上を歩く――いや、アレッタの見間違いだと思うが。まるで、そのように見えたのだ。
「これ以上、有名人にはなりたくないんでね。組合の皆さん、お邪魔しました」
「待ちやがれ!! オマエら、追いかけろ!!」
どさどさ、どどど。
その後は、組合の中の大勢の冒険者を引き連れてどこかへ行ってしまった。
そんな光景に見とれていたのも束の間、
「どけ、ガキ」
受付台に並んでいた後ろの冒険者がアレッタを弾き、睨みつけるアレッタを無視して受付嬢を口説きに行って――今に至る。
だから、アレッタがヤケンを知らずとも仕方がないということだ。
◆◇◆
「もう少し、説明をしてほしかっタ……」
エレがどこかへ行ってしまったから、自分で何とかしないといけない。
でも、自分でどうにかできるほどアレッタは魔物事情に詳しいわけではない。
「ヤケン……タイジ、ヤケン……イヌ」
退治とは殺すのか、殺さないのか。
追い払うだけでいいのか。
そこすらもわからない。胸の前で踊る金等級の認識表がこの時ばかりはどこか自信がなさそうに光っていた。
「そこらへん、おしえてほしいところダァ……」
自信満々のアレッタが小声をこぼして、髪の毛をくしゃくしゃとする。
「……」
その姿が、街路を歩いていた人の目に止まった。
「あの子……」
「どうしたの?」「ん? なんか用事か?」
「あ、先に行っててもらっていいかな。ちょっと──」
「まずは、何をしたらいいのダ? ウーム」
考えれど分からない。冒険者のイロハなんて教わっていない。
何かをしないと始まらないのがわかっているが、何をしたらいいのかも分からない。
錫杖を抱え、目を瞑って唸る少女神官に一人の人影が近づく。
「何に悩んでるのか、ボクに教えてくれないかな?」
「ン?」
顔を上げると、大人しそうな女の魔法使いがそこにいた。
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