英雄喰らいの元勇者候補は傷が治らない-N-

久遠ノト@マクド物書き

文字の大きさ
上 下
24 / 68
第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

23 回想:沼沢の館

しおりを挟む

  



 ──数年前。



 扉が開かれる。
 そこに広がった空間に、一番手の男は口をあんぐりと開けた。

「なんっ……だ、これ」

 そこには、誰も見たことのない光景が広がっていた。

 がらんと広がるその場所には手前から長卓が二列伸びており、卓上には来客が思わず涎を滴らせてしまうほど魅力的な料理が並んでいる。

 これが、序の口なのだから驚きだ。

 空中にはふよふよと仄かな光を発する球体が浮かんでいて、空間全体を妖精の燐光のようにキラキラと眩い光を宿させる――……。

 その下では、長卓を挟む形で貴顕紳士、淑女が何やら会話をしながら料理を嗜んでいた。

 ゴブレットに始まる食器など、金銭的価値に疎い者が見ても「高価である」と分かるような装飾が施されており、それらが奥まで続いて途切れずに並んでいるのだ!

「なんっ……ちょ、立ち止まらない──デッ!? うええええっ!? さっきまではこんなんじゃなかったのに! こわっ!! こわ……こわいわ」

 二番目に入ってきた赤髪の魔法使いは、汚れのない杖を震える手で握って叫ぶようにそう言った。

「こわい、こわい……えっ、なに、ほんと」

 目の前で起きていることが呑み込めず、男性が好みそうな甘い顔立ちに恐怖が歪んでいた。

 そっと宴会場の敷居を跨ぎ、
 
「ウ」
 
 戻って、

「ウァ」

 ぷるぷると体を震わせる度、胸部の穹窿が上下左右にたゆむ。

「……なぁにビビってんだよ、ルートス」

「ビ、ビビってるですって!? ふざ、ふざっ」

 言いかけて、ヘルムのスリット越しに見えた冷たい目に冷静さを強引に取り戻した。

「――確かに、確かによ? 心拍数は、通常時よりも、多少は……多少はね? 上がってるわ。それでも、緊張、っていう言葉の方が正しいと思うのよ、これは、そう。そのはずよ」

「あぁ、そう」

「でも……モンスターもいないし、なんの気配もない。……ここ、最奥の場所……であってるわよね? ねっ? ヴァンド!?」

「ちっと黙ってろ」

「黙ってろって!? 酷くない!?」

 尻上がりにボリュームが大きくなっていく金切り声に、ヴァンドと呼ばれた男性は不機嫌さを隠そうともせず。

「……深奥であるのは間違いねぇよ。あー、腹減ってきた」

 自身の体よりも大きな盾を片手で握りながら、もう片方の手で鎧の上から腹を摩った。もう何日も食べていない。

 女魔法使いよりも重厚な装備で固めている彼の装備は傷が目立ち、衣類や装備は草臥れているように見えた。一方、女魔法使いにはまったく傷がなく、新品の状態のようだった。

「うぅ……やべぇ、腹の中に虫がいるみてぇだ……叫んでやがる」

「――この前食ったろーが、良いから中に入れ」

 後ろからやってきた男性に背中を押され、不機嫌そうに言い返す。

「モスカ、正気かよ。こんな場所に入りたくねぇよ、俺。腹減ってんだ。分かるだろ?――ぐぅぅぅ!――ほら、聞こえた! やっべぇだろ!? こんな状態で戦える訳もねぇっての」

「うるせぇ。入んだよ」

「腹減ると力が出ないの。分かってくれるかい?」

「分かると思うか?」

 男は最後は語気を強める。

「……ようやく、ここら一帯の親玉と出会えるんだ。ここで潰す」

 ヴァンドを軽く蹴ったのは、勇者のモスカ。

 貴族のような顔立ちに横に流した金色の髪の毛で、すらりと伸びた肢体を覆うのは紅白の金属鎧。手にしているのは、蠱惑的に歪曲している刀で。それらの性能は四人の中で群を抜いて高いもの。

 だというのに持前の防具は傷一つ付いていない。

 いや、。傷がつくはずもない。

「……へいへい。仲間の腹の具合よりも敵を倒すのが最優先ですってな。勇者さんの思し召しのままに~」

「……」

「けっ、無反応かよ。……ンにしても料理の数多くね? 確かに部屋数はアホみたいに多かったけどさぁ。あ、俺らの分もある? もしかして」

「多いどころじゃねぇよ……異様だ」

 豪華という名にふさわしい光景だが、誰も席にはついていない。それに、前触れもなく登場をした彼らに興味すら示していない。

 そもそも談笑をして、口が動いて声が聞こえているのに……
 
「まぁ、アレだな。お決まりのヤツ」

「魔法だな」
 
「《惑わしのことば》……でしょうね」

「そうだな。人だけじゃない、料理も……この煌びやかな装飾も」

「かーっ!! 庶民上がりのへの当てつけかぁ? 魔族ってぇのはジョークのユーモアもあるらしいな」

への当てつけな。めんどくさ……おい、エレ!! 仕事だぞ!!」

 後ろに向かってモスカが吠えると、小さな影が現れた。

殿しんがりの次は、最前線か。ずいぶんと人使いが荒いな」

 部屋の明かりが彼の顔を照らす。
 長いまつ毛、すっきりとした目鼻立ち。
 それらを覆っている真っ黒い髪の毛。

「不満なら、帰国しろ。お前の代わりなんていくらでもいる」

 小さな影はモスカを見上げながら、その横を猫のように通り過ぎていって、全体が光の元に晒された。

 現れたのは、少年奴隷のような見た目をしている少年。

 彼の名前は──ディエス・エレ。

「なんの不満もないさ。あぁ、ほんとに」
 
 当時、齢十五歳になったばかりの『英傑』である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...