英雄喰らいの元勇者候補は傷が治らない-N-

久遠ノト@マクド物書き

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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

22 勇者の旅路で

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 太陽が真上に登り、垂直に影と落とす時頃。
 王城の王国兵の訓練場では、木剣の打ち合いの音が聞こえていた。城内からも覗けば見ることのできる広場では、例外として『勝ち抜き戦』とやらが行われていた。
 としても、それは名目上そう呼んでいるだけであって、実際は異なっていた。

 パァンッと乾いた打撃音が響き、一人の兵士が吹き飛ばされた。

「ウア!?」

「次」

 すぐさま控えていた兵士が、倒した者の元へ駆け寄り、武器を両手で構える。
 
「お、お願いします!」

 礼はせず口頭のみでの挨拶。対する相手は片手を後ろに回し、片手で木剣を構えている。
 そして、その兵士も一撃で撃退し、次の兵士へ。

「っはぁ……!! つよすぎだァ!」

 と、やられたばかり兵士が稽古場の辛うじて影になっている所に腰掛けた。そこにはそれよりも前に負けている先輩兵士もいる。

「一撃。上手く行けば、一発は防げれても、二発目で没む。お強いよなぁ」

「はい。……手も足もでないとはこのことですね」

 手のひらに出来た肉刺が一瞬で潰れ、手から若干の出血が起きている。それを泥のついた下穿になしり、呼吸を深くするために顎を上げた。

「さすが歴代最強の勇者様ってところだな。あんな人の胸を借りれるだけ、オレらは幸せ者だと思わんとな」

 先輩の兵士はそう言い、待機列の方に駆けて行った。思いの外、皆がすぐにやられるから順番がすぐに回ってくるのだ。
 この王国に勇者を満足に相手にできる人はいない。そう思うと、若き兵士も苦笑いをしてしまう。

 
 
 

「お疲れ様です」

 一通りの訓練が終わると、モスカの元に一人の老齢の女性が手拭きを持って近づいていった。王城に務める召使い長だ。

「王国兵じゃ話にならん。練度が低すぎる」

「魔族と幾度も戦ったことのあるモスカ様と……モンスターの討伐や賊と戦う王国兵では経験が異なります」

「…………オマエは、相変わらずなのだな。様をつけるなと何度も言っているはずだ」

「そういう訳にはいきません。勇者様ですので、施設にいた頃とは違います」

「……そうか」手拭きを受け取り、王城の方へ歩いていくモスカ。その後ろを静かに召使い長もついていく。

 勇者一党が再編成されるまでの間、モスカは王城での療養をしていた。
 その間、腕が鈍るのは不味いと王国兵たちの訓練を名乗り出てみたのだが、結果がコレ。これならまだ案山子にでも打ち込む方がマシだ。
 汗をかけば気持ちが晴れるかと思ったが、汗もかかないし、気持ちも晴れない。

 自室にまで戻り、椅子に腰掛けた。召使い長は壁の近くで立っているように伝えておいた。

「なにかに悩まれているように見えますが」

「…………あぁ、そうだ」

「勇者様は大変なのですね。そのおかげで王国はこうして、一国として繁栄ができているのですが」

「だったらもう少し、色々としてほしいもんだがな」

 悪態をつけるのも、モスカが勇者に選ばれる前からの知り合いだからこそ。
 他の召使いは新顔が多いし、どこで誰が聞いているかも分からない。王国が最大の支援者であるのには間違いないのだから、その前で盛大に不満を口にする訳にはいかない。

「……ディエス・エレのことですか」

「あぁ」

「心配なんですね」

「バカを言うな。弱い者を一党に置いておく道理はない。が、オレはアイツのことを高く評価していた」

 椅子にもたれかかり、その顔の上に手拭きを置いた。

 ──魔王は勇者のオマエが倒さないとダメなんだ!!

 エレの言葉を思い出し、嘲笑った。

 ──そんな昔話を誰が信じてるんだよ。

 勇者一党の魔王討伐。
 モスカは十八代目勇者に任命され、勇者一党を編成して、魔王の領土を東に押し上げていっていた。
 約十年もの間、旅をして、一党内で戦死者0は歴代の勇者一党を見てもないことだ。実に素晴らしい実績だった。

「でも、アイツが魔王を殺さなかったことで、全部が狂ったんだ」

 単純明快だ。子どもでも分かる。
 順調だった勇者一党の最後のピースを蹴っ飛ばしたのあのディエス・エレ。
 あーあ、俺達はオマエのことを信用してたんだぞ、というもの。挙句の果てに彼は弱くなっていっているときた。

「だから、旅の失敗の全責任をアイツに負わせて追放したんだ」

 そう言ってモスカは手拭きを少し持ち上げ、深い溜め息を着いた。

「……ん~……どこか、失敗でもしたのですか?」

「いいや。してないさ。してる訳がない」

「でしたら何が不安だと? もし反旗を翻したとしてもディエス・エレは弱くなっているのでしょう? それに、王様から部隊を派遣したとも聞きました」

「……あぁ、らしいな。涸沢ターシア、だっけか。……殺せれると思うか?」

「形だけは、モスカ様にも成り得ることができた者たちです。実力は本物かと」

「そうだといいが」

 そうだ。部隊も送っている。世論も味方だ。

 魔王城にたどり着いたことがある勇者は歴代で三人のみ。そのうち、二人は死没している。それにこの戦争が終わっていないということは、魔王に辿り着く前に殺されているらしい。
 だからこそ、魔王に挑み、生還してきた勇者はモスカしかいない。
 そんな歴代最高の勇者の足を引っ張ったとなれば、世間の標的はエレ一人に絞られるのは当然だ。

(不安になる理由は、ない、はずだ)
 
 ルートスが任されていた勇者一党の旅の叙事の保管に関しても、今はルートスが叙事の書き換えを行いに塔に出向いている。
 それが完了さえすれば、計画はすべて終わる。
 勇者一党は最高の再始動をすることができる。

「…………」

 ──だが、叙事の書き換えが失敗したらどうなる?

 エレに全ての仕事を押し付けていたことが明るみに出てしまう。
 魔族もモンスターも、最後の魔王の相手以外のほとんどをエレに任せていたことが知られると……エレに責任を押し付けるのが難しくなる。勇者としての立ち位置も危うくなるだろう。

 魔王を殺すべく出立し、エレに全ての仕事を押し付けて……魔王に一撃も与えられずに負けた、だなんて。

 いや、さすがに、大丈夫だ。
 …………大丈夫な、はずだ。
 塔の場所をエレは知らないし、アイツの動向はずっと監視させている。今の所、変な動きはしていないと聞く。

「私は旅路の詳細を知りません。お時間さえ良ければ、お話をしてくれませんか? 勇者様がそこまで警戒する彼のことを」

 手拭きを浮かせ、召使い長を見やる。にこりと笑い、皺を寄せていた。

「不安は口を出せば和らぐこともありましょう」

「ただ聞きたいだけだろ」

「歳を取ると若者の話を聞くのが楽しみになって仕方がありません」

 釣られるようにモスカは、笑みを浮かべる。
 そうして、モスカは不安が拭えない理由を語る。

「ディエス・エレ……アイツは不死のバケモノなんだ」

 これは、勇者一党の旅での話だ。


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