英雄喰らいの元勇者候補は傷が治らない-N-

久遠ノト@マクド物書き

文字の大きさ
上 下
22 / 68
第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

21 勇者の成り損ない

しおりを挟む



「なぜ……生きてる?」

「はぁ? オレのことくらいルートスの叙事に……あぁ、そうか。アレは塔で管理されてんのか」

 刺された武器をすべて抜き、地面に突き刺した。
 
「まぁ、モスカの冒険譚は……王様宛に送ってたろ。まぁ、アイツの賦詠みたいなもんだ。そこには書かれてはなかったのか?」

 男の反応を見る限り、何も知らないらしい。

「なんだ。そっか……オマエも可哀想だな」

 ──ブンッ。
 言葉では彼のことを思い、行った行動は、剣を腹部に向けて投げつけるというもの。

「グッ──アァアアァッ!?」

 弓使いの体は軽量化がされていることが多い。突き刺さった勢いのまま木にぶつかった。

「ブッァ──」
 
 酸素が抜けて朦朧とする男の顔の横に剣を突き刺し、反対側に靴裏を押し付けた。
 顔を近づけ、エレはひどく優しそうに笑った。

「教えてやるよ。オレ、死ねないんだよ。どこぞの神からもらった異能とやらでな」

「ヒッ……」

 男の顔に絶望がべったりと張り付くとその体は電撃でも浴びたかのように震えだし、熱り立っていた股間は萎びて黄色の体液を吹き出させた。

「気の毒に、適当な情報を掴まされたんだな」

 アイツは弱っているから勝てる、とかなんとかそんなことを吹き込まれて遣わされたのだろう。
 やっぱり、王国というのは人的資源をただの数として見ているようだ。彼も消耗品という奴だ。

 若干、気の毒に思っているエレの前で、男は冷や汗をかきながら叫ぼうと口を開いた。

「お前ら何をしてる!! そいつをころ──」

「──ウルサイ!」

「ジェア!?」

 男の頬を横から殴った白い影。それはしょぼしょぼする目を擦る少女神官だった。
 
「お。アレッタ」

「エレいなくなったと思ったラ……なにしてるノ!?」

 森の奥といっても騒げば気づくものもいるだろう。おそらく、マルコも気がついている。
 が、参加するとエレの邪魔になるかもと思ってこないのだろう。
 その点、アレッタはそんなのお構いなしに飛び込んできた。まぁ、若いから仕方がない。

「アレッタ。危ないから隠れとけ」

「イヤだ!! はやく寝ようヨ~!! もう、ねむくテ……」

「こんのっ、ガキが調子を──」

「──ダマレ!!」

「オロオァ!?」

 懐の刀を取り出して襲った男の顎を蹴り上げ、そのまま腹部に連撃を食らわせていた。
 エレは目を瞬かせた。

 弓使いといえども、涸沢ターシアだ。彼も勇者候補のうちの一人だった者。
 それを神官が倒すというのは前代未聞だ。

「……武闘家モンクってのは、ホントだったのか。とんでもないな」

 金等級の実力があるのかと伺っていたが、評価を改める必要がある。

「エレぇ……ねようよぉ……って、エ!? なにそのキズ!?」

 アレッタがエレに飛びついて、先程受けた傷を触れながら絶句をした。
 ──傷が増えている。ということは、

 眠たいアレッタの頭であってもその犯人が誰かは分かった。
 バッと振り返った時には、少し遅かった。

「お前らァ!! ソイツらを殺せ──」

 エレは武器を投げつけて胸を貫くが、発声してしまえば命令は届く。
 弓使いが死んだあとは彼らを止めることのできる理性持ちはいない。

「はぁ……面倒な仕事を残して行きやがったな」

 アレッタを背にして、男の胸部に突き刺さっていた武器を抜いた。

「隠れとけ。コレはオレの仕事だ」

「ヤダ。エレに傷をつけるヤツはワタシが許さン」

「なら、殺しはするなよ。神官の手を汚すのは遠慮するからな」

「マカセ!」



 …………
 ……



 武器が月明かりに照らされる。
 短剣と呼ぶには先端が細長く、レイピアと呼ぶには幾ばくか短い。
 エレがずっと持っているその武器はどこかの魔族を倒した時に手に入れたモノだ。

「勇者を支援すらしなかった国王が、オレに刺客を送るとはな……ぁ」

 武器を振るうと──瞬く間に男たちの首を跳ねた。
 鮮血が月下に散り、地面には鈍い振動音が響く。そのうち、飛んできた首の髪の毛を掴み、エレは座った。

「…………可哀想に。お前らも希望を持って生まれただろう」 

 死者を冒涜するつもりはない。
 
 その反対側ではアレッタが涸沢ターシア相手に蹂躙していた。
 眠たいといっていた少女は動きにくい神官服のまま、的確に急所を狙い拳を振り抜いている。
 
「アイツはアイツで何者だよって」

 東方の出身だったら有り得る話か。
 魔族の驚異にさらされている土地で育った者は、西方にいる只人よりも成長速度が尋常じゃない。
 涸沢ターシアの壊れた器も撃沈をし、地面に伸びている。

 ──下手したら、白金等級くらいの実力があるんじゃないのか……?

 少なくとも、昔の山ごもりをしてた時のオレよりは強い。
 奇跡も毎日、五回も祈ってくれている。回数だけ見ても金等級には収まらないな。
 これは、将来化けるぞ。とんでもない逸材だ。
 
「アレッタ。もういいぞ、こっちこい」

「ン!」

 歩み寄ってきたアレッタの頬についた血液を手拭いでぬぐう。その傍ら、抜き身の短剣で男たちの首を斬撃で跳ねた。
 それらを他の死体と同じ場所に置いて、隊長だった男の服を探る。
 
「武器、装備。本当に涸沢ターシアで確定だな。勇者の育成機関の失敗作。勇者に選ばれなかったから転用された使い捨て」

 はあ、と息を吐いた。ほしい武器も無ければ装備もない。ただ、彼らは王国の非公認のなんでも屋。装備に王国の紋章を刻まれていないから高く売れる。死者と共に装備を埋めるのはどこかの風習であるが、殺しに来た彼らにそこまでする義理はないだろう。

「お前らの装備、武器、もらうぞ。だから、安らかに眠れ」

 弓使いの目を手で閉ざす。

「アレッタ。祈りを」

「エレ以外に祈ると神様に怒られル……」

「何いってんだ。ほら、祈れ」

 死体の山に向かって手を組み、祈祷を捧げる。
 基本的に自分が手にかけた者たちに対してする行為ではないが、これは例外だ。 
 人の命をなんとも思わない組織に育てられた者たちに幸せは訪れない。
 
 ──死こそ、開放。

 どこぞの死霊術師の言葉を思い出す。
 エレが死なないからこそ、その言葉の真意を理解した気がする。

「……どこかで間違ってたら、オレもそっち側だったのかもな」

 冬至を過ぎ、時期は息が白くなる季節。
 十何年前の勇者選定の日に彼らの人生も決まったのだ。

 神殿の子ベネデッドと呼ばれるが、事実上、勇者の器のために育成された子どもの一人だった。
 結果、勇者に選ばれずに……神殿を飛び出したのだ。
 そして、あの人達に拾われて、人生がまた変わった。

「元気にしてるかなぁ……お師匠は」

「エレにも師匠がいるノ?」

「あぁ。三人もいるんだ。すごいだろ」

「……また、その話はスル。ケド、いまは、とりあえズ」

 ズイとアレッタは幌馬車の方を指差した。
 人を殺した後にすぐに眠たくなるとは、やっぱり普通の神官じゃないな。
 そんなことを思いながら、袖を引っ張られるままエレは幌馬車に戻っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...