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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
07 あの日の夢を
しおりを挟む「魔王は勇者が倒さなくちゃダメなんだよ? 分かった?」
赤髪の少女が、人さし指を立てながらそう言った。
「ねっ、父さん!」
後ろを確認すると、小麦肌の父親がニコリと笑う。
「分かったかな、エレ君!」
「なんで?」
「なんでって……言われてもぉ」
説明に困った少女は、パラパラと手元にあった大きな本を捲り、文字をなぞってみたが答えが出てこないのか、
「ええと……その……」
親指の爪を噛んでうなり出しました。
魔王を勇者が倒さないといけない理由。
なんでか、と言われると確かに分からない。
御伽噺では『当たり前』で『そうであるべき』展開。
その答えは、その少女の手元の本には載ってはいなかった。
「んぅ……神様がそう言ったからじゃない、かな?」
「なにそれ。答えになってないよ」
「うぅ、知らないよっ! 分かんないだもん」
「勇者と魔王は神が直接選びます」
パタン……と本を閉じる音が間を取り持つと、二人の間に父親が割って入って来ました。
黒髪の少年は「う」と口をつぐみ。
赤髪の少女は「わ」と口を開いた。
その二人の姿を見て盛り上がるのは、周りでその流れを見守っていた白髪と桃色髪と焦げ茶髪の子どもたち。
「指名された二人は、戦う運命を与えられるんですよ。その邪魔をしてはなりません」
分かりやすくいうなら、ライバルですかね。その言葉に目を輝かせたのは、ずっと口を尖らせていた白髪の少年だ。
「俺とエレみたいだな!」
「まさに、そんな感じでしょう」
白髪の少年は黒髪の少年に目を向け、ふ、口元だけを緩めた。
エレと呼ばれた少年は、ぷいっと視線を外す。
「勇者を支える人はいますが、付き人のような扱いになります。あくまで、倒すのは勇者一人です。としても、魔王以外なら倒しても全然かまわないんですけどね」
「――ってこと! 分かったかな、えれくーん!」
父さんを味方に付けたズルい姉の言葉に、黒髪の少年──エレは、不満そうに喉を鳴らした。
「エレ、納得できませんか?」
「……ちょっと」
「分かる日が来ますよ。きっとね」
小麦肌の父親はエレと呼んだ少年の頭を撫でると、その場に集まっている五人の子どもらに微笑みかけた。
「午前のおさらいをしますか。
この世界は、今、魔王の脅威に晒されています。
ですが、勇者がいません。なぜでしょう」
「神様がまだ選んでいないから!」
「前の勇者がザコだったからだろ!」
「うわっ、ひどい言い方~」
「はんっ! 祈らぬ者を殺せばいーだけだろーが! 勇者が弱かっただけだよ。オレなら絶対負けたりしないね!」
「ダメだよ、そんな言い方したら! めっ!」
「顔も知らない奴のことを敬うほどオレは暇じゃあない!」
赤髪の少女と白髪の少年の言い合いに、父親がうなずく。
「そう、前代の勇者が負けてしまったんですね。だから、秩序の神は勇者の選定に時間をかけると仰ってました。ということはつまり……この五人の中の内、誰かが選ばれる可能性もあるということです!」
「はいはーい! しっつもんです!」
桃色の髪の少女が手を上げ、
「それってアタシ達もなれるんですか?」
「もちろんです。なんて言ったって、私の子どもなんですから!
幼い頃から勇者になるための修練を積んできてもらいました。
五人とも、立派な勇者の器です。
後は、秩序側の神様がちゃんと考えてくれることを祈りましょう」
父親の微笑みを受け、桃髪の少女は恥ずかしそうに「へへ」と笑うと、焦げ茶色の少女にピッタリとくっつきました。
「頑張ろうね!」
「あ……うん、でも、ボクはなってもちゃんとできるか不安で……」
「不安~? ほんとうはなりたいんでしょー?」
桃髪の少女にぐいぐいと押され、ズレたメガネを直しながら焦茶髪の少女は自信がなさそうに微笑みました。
「……不安、だけど、なりたいな」
「ホラ! 自分に素直が大事だよ!」
「俺が一人で魔王をぶち倒してやる。お前らはすっこんでろ! エレも!」
「勝手に一人で行ってくればいいだろ。そして死ね。その間にオレが勇者になってるから」
「あぁん!? オマエが勇者になってみろ、オレがぶち殺してやるからな!?」
「へっぽこ一人に殺されるかよ」
「うぐっ、絶対殺してやるからなッ!?」
「コラコラ、みんな落ち着きなさぁい――」
今日で五歳になる子ども達のはしゃぐ姿を見て、小麦肌の父親は机の上に本を置いて、
「はい。では、みんなが大好きなお勉強を再開しましょうか。机と蝋板の準備を!」
全員から気怠そうな「はぁい」が抜けていき、ゆっくりと動き出した彼らをみた父親は笑顔をさらに輝かせた。
そんな日々を覚えられない数ほど繰り返した区切りの日。
一陽来復。その日は最も昼が短い日だったのを覚えてる。
その日。神殿で秩序の神から『神託』が降ろされようとしていた。
「――――」
次代の勇者──十八代目の勇者が選ばれる日だ。
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