英雄喰らいの元勇者候補は傷が治らない-N-

久遠ノト@マクド物書き

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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

02 意味のない反論

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 俺たち二人は冒険者組合の休憩所で食事をとっていた。

 そんな場所で高慢ちきに酔っぱらっていたら、色んな人の目に留まってしまう。

 

 十年前、王都から魔王を倒すべく出立した第十八代目勇者──モスカ。

 それの付き人と任命されたのが、当時、冒険者だったオレとヴァンド。そして、ここにはいない魔法使いのルートスという若作りに勤しむ女性だ。
 そんな俺たちの旅路の叙事保管はルートスがやってくれているのだが、その保管とは別に王国にも連絡をせねばならなかった。まぁ、保管用とは別に記録が欲しかった訳だ。そちら側を行っていたのが勇者であるモスカだ。

 なので、旅路で何が起こったのかはモスカの愛情をたっぷりと込めた直筆の手紙によって知らされる訳だが。

「今日は、魔族を倒した。今日はモンスターを倒した。今日は今日は今日は──」

 金髪で藍色の瞳で高身長のモスカ様の剣が光って、敵の首が飛び、勝利のファンファーレ。
 それの近くにいる。銀色の鎧の大男と、小さな男と、豊満な体で赤毛の魔法使い……。

 モスカ視点でしか語られないことによって、付き人というのはこのような扱いになる訳だ。

 なので、正直、鎧を付けていても気づかれていないと思う。
 勇者の隣で自信満々で立ってたらようやく「あの人が!」という認識に変わるだろうといったところ。

 要するに彼らは冒険譚で聞く姿しか知らない訳だ。
 鎧に隠されている素顔は想像するしかなく、赤髪の短髪や切れ長の目、処理をしていない髭は語られることは無い。

(確かに、コイツが噂の大豪傑とは思わないだろうなぁ……)

 かくいうオレも冒険譚で度々語られる『目を覆っている布』を外していることで誰にも気が付かれていない。
 そこら辺にいる、ただの小さな男、と思われているに違いない。なんとも癪だが、仕方ない。

 まぁ、気づかれないというのは悪い事ばかりじゃあない。

「エレェ! もうオマエが彼女でいい! 今から女になれ! 女みたいな顔をしてるから! なっ! いいだろ!? 料理もできるし! 気心知れた仲だからな!!」

「俺は男だし、落ち着いて話を――」

「俺はァ! 俺はなァ!! エレェ!! お前が正当に評価されていないのが、悲しくて、悲しくてェ! エレェ!! エレェ……えぇ……うぇっれっ!」

「はいはい。そう言ってくれる奴がいるだけでいいから。いい加減、酔いを醒ませって」

「酔ってねぇって! ほら。な? ほらぁ~……」

 姿勢を正し、真っすぐにオレと視線を合わせる。キッと口元を結び、赤く染まった頬のまま薄い赤色の瞳を向けてくる。

「……ぷぁ、くっあ、あははははっ!」

 それもすぐに形を止めれずに崩れ、ゲラゲラと笑って振り出しに戻った。
 かと思うと、急に神妙な雰囲気を纏い、泣きそうな顔になり、再びオレをジィと見つめる。

「忙しい奴だな、まったく」

 そんなヴァンドから視線を外し、机の上に並んでいる昼食を取ろうとして――ふと包帯で皮膚が見えなくなっている腕に視線を落とした。

「…………」

 勇者の補助として旅をしてどれだけの期間が経っただろうか。

(十年……って言ってたか。記憶も曖昧なことばかりだ)

 包帯の面積は広くなっていくばかり。
 見るだけで痛々しい。

 傷を負うのは防具を付けていないからだろう。
 立ち回りが初心者なんだ。
 そんな言葉を投げかけられて久しいが、事実だから反論の余地もない。

(だが……まぁ、それも、もう終わりだ)

「――で、だよ!」

 ゴツンと音が鳴った。

 ヴァンドが、ひたひたに麻痺毒が注がれたジョッキを思いっきり机に置いたのだ。反動でバシャリと服に液体がかかるが、お構いなしに声を張り上げた。

「お前はどう思ってるんだって聞いてんだよ、エレ!」

「……どうって。なんのことだよ──って、くさっ……」

 鼻に届いた酒精のニオイに鼻を摘まみながら(何故怒りの矛先が自分なのだろうと思い)洋杯に入ったお茶を啜ろうとして、


「――お前を、勇者の一党から外すって話だよ! マジふざけんなよ、お前!!」


 ヴァンドの大きな声によって周りがざわめきだった。

「勇者の一党だって?」「あの飲んだくれが?」「でも、あんな人いなかったけど……」「その向かい側のボロボロの人もそうなの?」「卓を挟んでいる大男 (酒樽に顔を突っ込んだクマのようだ)と」「小柄な男性 (冒険者に登録したばかりか?)がそうなのか!?」
 
「いや違うだろう」

「違うに決まってる!」

「勇者の一党はもっとカッコイイ綺麗な装備を身に着けているって噂だ!」

「そうだ。酔っ払いの言葉だ。気にするな。ったく……」

 周りの声が静まっていくのを横目に、ズズと茶を啜る。
 ほらやっぱり、こうなる。知られていないのは悪いことばかりではないな。

「ヴァンド。どーでもいいことを気にするな。消耗品の取り替えだろう」

 底に残った茶葉を見つめ、呆れたように笑った。

「それに、いいじゃないか。お前は残留だろ? 勇者一党の重装騎士タンク様?」

「そういうんじゃねぇよ……なんで、お前は、反論しなかった」

 ヴァンドが噛みつこうとしたから、オレは肩を竦めた。

「する意味のある反論ならするさ」 

 
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