勉強よもやま話

NANA

文字の大きさ
上 下
8 / 9

アンガーマネジメント

しおりを挟む
 リィウスは〝巫女〟という言葉に気を引かれ、あらためてエリニュスを見た。この女が神に仕える仕事をしていたとは、とうてい思えない。
 だが、トュラクスの侮蔑をこめた非難の言葉は、かえってエリニュスを面白がらせたようだ。
「ほほほほほ」
 エリニュスは白い手を口に添えて、わざとらしげに笑いころげる。
「どうやって覚えたのだと思う? 神官や他の年長の巫女が、手取り足取り教えてくれたのよ。いいえ、参詣や祈願に来る裕福な信者たちも熱心に教えてくれたものよ。そのなかには貴族や皇族もいたわよ」
「あきれたな。ウェヌスの巫女は男を知らぬ乙女でなければならないはずだろう?」
 ウェヌスの巫女。トュラクスの言葉にリィウスは耳を疑った。
 ローマでもっとも格式高い神殿の巫女だったとは。何よりも純潔を重んじ、巫女がその掟に違反すれば、死刑と決まっていることは誰もが知っていることだ。
「お、おまえは本当にウェヌスの神殿に仕えていたのか?」
 驚愕をかくせないでいるリィウスにエリニュスは、ふん、と鼻を鳴らした。
「そうよ。五歳のときに神殿にあずけられ、毎日のように神官たちに身体をまさぐられ、十二になったときは、熱心な信者の貴族に売られたわ」
 リィウスはふたたび耳を疑った。神官も巫女も不犯を誓っているはずなのに、そういうことがあって良いのだろうか。
「信じられない……。神官が本当にそんなことをしているのか?」
「皆がやっているわけではないけれど、どういうわけか私は物心ついたころから、そういう男を惹きつけるようなのよ。言っておくけれど、ほとんどの巫女は神殿を出るまでは処女よ。けれど、なかには、私のように似非えせ神官に選ばれてしまい巫女くずれとなる者がいるのよ。私を抱いた男たちに言わせれば、私には天性の淫婦の質があるのだそうよ」
 笑ってあっさり言いながらも、その淫婦の横顔に、ちらりと翳が走ったのをリィウスは見た。
「男たちに言わせれば、私の全身から男を誘う匂いのようなものが滲み出ているですって。ほんの五歳の頃から、目つきに媚びるようなものがあったとその神官が言っていたわ」
 今の目の前のエリニュスが色情狂であることは確かだが、だが、五歳の子どが媚態びたいをそなえている、というのは、その神官の言い訳に過ぎないとリィウスは思う。己のなかにある卑しい欲望を認めず、相手を悪者にしているのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

普通に生きられなかった私への鎮魂歌

植田伊織
エッセイ・ノンフィクション
統合失調症の母にアスペ父 そんな私はadhd 不登校、適応障害、癌化する腫瘍を摘出した先には障害児育児が待っていました。 人生、山少な目 谷多めの作者が、自己肯定感を取り戻すために文章を書くことにしました。 日常の事、乗り越えたい事、昔のことなどなど、雑多に書いてゆくことで、無念が昇華できたらいいなぁと思います。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

変な事件

桜小径
エッセイ・ノンフィクション
変な事件について書いていきます。

ポケっこの独り言

ポケっこ
エッセイ・ノンフィクション
ポケっこです。 ここでは日常の不満とかを書くだけのものです。しょーもないですね。 俺の思ってることをそのまま書いたものです。 気まぐれ更新ですが、是非どうぞ。

子供って難解だ〜2児の母の笑える小話〜

珊瑚やよい(にん)
エッセイ・ノンフィクション
10秒で読める笑えるエッセイ集です。 2匹の怪獣さんの母です。11歳の娘と5歳の息子がいます。子供はネタの宝庫だと思います。クスッと笑えるエピソードをどうぞ。 毎日毎日ネタが絶えなくて更新しながら楽しんでいます(笑)

【完結】初めてアルファポリスのHOTランキング1位になって起きた事

天田れおぽん
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスのHOTランキング一位になった記念のエッセイです。 なかなか経験できないことだろうし、初めてのことなので新鮮な気持ちを書き残しておこうと思って投稿します。 「イケオジ辺境伯に嫁げた私の素敵な婚約破棄」がHOTランキング一位になった2022/12/16の前日からの気持ちをつらつらと書き残してみます。

「繊細さんの日々のこと」

黒子猫
エッセイ・ノンフィクション
「繊細さん」の私が、日常で感じたことなどを綴ります。 ちなみに私は内向型HSPです✨

景気ウォッチャー記録。

moco
エッセイ・ノンフィクション
景気や物価に関するメモです。

処理中です...