上 下
41 / 81
第4章:浮島に至る道

6:旅路

しおりを挟む
 乗り合い馬車はゴトンゴトンと車輪を鳴らしながら、ゆっくりとした速度で進んでいく。山あいを抜け、森の脇を通り、大きな湖の側を通っていく。

 途中の駅馬車がある町でロージーたちは1泊、銀貨3枚(注:日本円で3000円)の安宿に泊まる。こういった安宿は食事の提供がない代わりに、非常に安価で泊まることが出来る。ロージーとコッシローはベッドで眠り、クロードは部屋に備え付けられた背もたれつきの椅子に背中を預け、身体に厚めの毛布を掛けて眠りにつく。

 寝心地は最悪であるが、この手の安宿の部屋にあるベッドの大きさはシングルもしくはダブルより少し小さめなのだ。本来、部屋自体が1部屋に2人も泊まるような広さではないのである。だが、こういった宿屋を経営する主人も、泊まるものが金を持ってないことは重々承知なので、1部屋につき2人までなら宿泊を許可しているのであった。

 ちなみにこの手の安宿は、金の無い若い男女のカップルにも、よく利用されている。カップル用には愛し合う宿アイラブユー・ホテルが別にあるのだが、そこを利用するほどの金も無く、自宅で自分専用の部屋があるわけでもない低収入の生まれの場合は、この安宿を利用するのであった。

 ロージーは慣れぬ乗り合い馬車にぎゅうぎゅうにヒトが詰め込んだ状態での長距離移動にほとほと疲れているのか、部屋に用意された少し固めのベッドではあるが、横になるとすぐにクークーと寝息を立てて、眠ってしまうのであった。

 椅子を利用して眠っているクロードはそうすぐには眠りにつくことは出来ない。そんなクロードの耳には、隣の部屋のベッドがギシギシ揺れる音が薄い壁越しに聞こえてくるのである。

「くっそ……。どこの町でもさかっている奴はいるもんだな……。少しくらい、大人しくしてほしいもんだぜ……」

 ロージーに何かあってはいけないので、クロードは耳栓をつけて眠ることも出来ない。安宿なので部屋の扉についている鍵も簡易的なモノであり、その筋の泥棒なら、いとも簡単に開けれそうなのである。変な物音がすればすぐにでもクロードは反応しなければならないのだが、そもそも、その変な物音は隣の部屋のギシギシと音を立てているベッドなので、クロードとしてはたまったものでは無かった。

 そんなクロードの事情をさておき、朝になれば、ロージーとコッシローは眼を覚まし、ベッドから起き上がる。

「おはよう……。クロ……。ふあああ。昨夜、なんかギシギシって物音がしてたような?」

「あ、ああ、おはよう。ロージー。多分、気のせいじゃね? 俺はそんな音は聞こえなかったけど?」

 ロージーの質問にクロードがすっとぼけて応えるのであった。さて、2人と1匹は宿をあとにして、早めの朝食にありつくのであった。安宿では食事を提供されるわけでもないので、その安宿の隣に目ざとく出店している食事処に彼女らは入店するのであった。

 普通の町では宿が立ち並ぶその周りには必ずと言っていいほど、食事処や酒場が数多く併設されている。大きめの宿であれば、その宿の敷地内に酒場や食堂が用意されている。しかし安宿の場合は、安宿を利用する客を目当てに、安宿の主人とは血の繋がりなど無関係な人物たちが食事処や酒場を建てているのだ。

 持ちつ持たれつの関係とはまさにこのことだろう。駅馬車がある町では、必ずと言っていいほど、宿屋のある場所の近場には食事処、そして酒場が密集しているのだから、旅行者にとってはありがたいの一言である。

 街道から外れた村では、その村に宿屋があることはめったにない。そこで1泊する場合は、村の有力者、例えば村長に相談して、馬小屋や空き家を借りて、寝泊まりすることになる。まあ、こちらを利用する場合は金目のモノを要求されることはほぼ無いので、乗り合い馬車を利用せずに、歩いて移動をする者にとっては都合が良かったりもする。

 さて、ロージーたちが乗り合い馬車を三回ほど乗り継ぐと、いよいよ大神殿がある大きな街:オダニに到着する。このオダニという街は歴史の観点から見ると新しい街であった。元々、それほど大きな街ではなかったのだが、大神殿がこの街に建てられてから急速に発展したのだと、歴史好きのコッシローが解説するのであった。

「歴史的に新しいって言われてもねえ……。コッシローの言っているのは200~250年前の話なんでしょ? わたしにとっては十分、歴史のある街よ?」

「ちゅっちゅっちゅ。ロージーちゃんはわかってないでッチュウね? ポメラニア帝国の外では1千年続くと言われているみやこが存在するのでッチュウ。そんな古都に比べれば、オダニの街など赤子も同然なのでッチュウ!」

 開闢千年の古都とオダニを比べること自体が間違いのような気がするロージーであるが、そんな古都に一度で良いから行ってみたいわねとも思うロージーである。

 コッシローの語る歴史はロマン溢れるモノであり、同時に、言い伝えられている伝承の真実はこうだったという解説付きでもあり、逆にロマンを壊されることも多々あった。ロージーとクロードは乗り合い馬車の荷台の上で揺られている間、コッシローの歴史解説を散々と聞かされたのであった。

 同席していた他の客は、最初、ニンゲンの言葉をしゃべるコッシローに驚いたものであったが、コッシローが『自分はヤオヨロズ=ゴッドの使いなのでッチュウ。この白い体毛がその証拠なのでッチュウ!』などと平然と嘘をつくのであった。ポメラニア帝国では白い体毛を持つ動物は【ヤオヨロズ=ゴッドの使い】であると強く信じている者たちが多く、コッシローの言いにすっかり騙される形となったのだ。

 そのため、乗り合い馬車に同席していた他の客も、コッシローのありがたい? 説法をとくとくと聞くことになったのであった。ロージーとしては、あはは……と苦笑いをする他、無かったのである。

 さて、いよいよ2人と1匹は大神殿のある大きな街:オダニに到着したのではあるが、その大神殿に向かうのは明日にしようということに落ち着くのであった。

 現在時間は午後4時半である。通常、教会ややしろ、そして神殿、さらには大神殿は午後3時には参拝客を締め出してしまうのだ。神殿に仕える神官プリーストたちは帝国が雇っている公務員というわけではない。帝国から半ば独立した宗教組織なのだ。

 午後3時からは神官プリーストたちは、ヤオヨロズ=ゴッドを讃える儀式をおこなう場合が多い。そのため、神殿の関係者以外を締め出す形となってしまっている。それは四大貴族相手でもその態度を変えることは無いのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界国盗り物語 ~野望に燃えるエーリカは第六天魔皇になりて天下に武を布く~

ももちく
ファンタジー
天帝と教皇をトップに据えるテクロ大陸本土には4つの王国とその王国を護る4人の偉大なる魔法使いが存在した 創造主:Y.O.N.Nはこの世界のシステムの再構築を行おうとした その過程において、テクロ大陸本土の西国にて冥皇が生まれる 冥皇の登場により、各国のパワーバランスが大きく崩れ、テクロ大陸は長い戦国時代へと入る テクロ大陸が戦国時代に突入してから190年の月日が流れる 7つの聖痕のひとつである【暴食】を宿す剣王が若き戦士との戦いを経て、新しき世代に聖痕を譲り渡す 若き戦士は剣王の名を引き継ぎ、未だに終わりをしらない戦国乱世真っ只中のテクロ大陸へと殴り込みをかける そこからさらに10年の月日が流れた ホバート王国という島国のさらに辺境にあるオダーニの村から、ひとりの少女が世界に殴り込みをかけにいく 少女は|血濡れの女王《ブラッディ・エーリカ》の団を結成し、自分たちが世の中へ打って出る日を待ち続けていたのだ その少女の名前はエーリカ=スミス とある刀鍛冶の一人娘である エーリカは分不相応と言われても仕方が無いほどのでっかい野望を抱いていた エーリカの野望は『1国の主』となることであった 誰もが笑って暮らせる平和で豊かな国、そんな国を自分の手で興したいと望んでいた エーリカは救国の士となるのか? それとも国すら盗む大盗賊と呼ばれるようになるのか? はたまた大帝国の祖となるのか? エーリカは野望を成し遂げるその日まで、決して歩みを止めようとはしなかった……

少年は魔王の第三子です。 ~少年は兄弟の為に頑張ります~

零月
ファンタジー
白龍という少年が魔王の息子として異世界へと転生して人間の学園へ通います。その後魔王となる兄に頼まれて勇者と共に戦ったりする話です。ハーレムはありません。小説家になろう様で投稿していたものを書き直して投稿していきます。おかしい所など指摘して貰えると幸いです。不定期更新ですが宜しくお願いします。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

処理中です...