上 下
11 / 81
第1章:オベール家の娘

10:士爵

しおりを挟む
――ポメラニア帝国歴256年 9月1日 水の国:アクエリーズにて――

 この日、宮中より、第1皇女:チクマリーン=フランダールとボサツ家の次男:ナギッサ=ボサツとの結婚式の正式な日取りが各地に発布されることになる。

 帝国に所属するどの国でも、領民たちはこれをこぞって祝い、国中がお祭り騒ぎの賑わいを見せるのであった。特に水の国:アクエリーズの実質的支配者であり、かつ、四大貴族の一家:ボサツ家は民衆たちに今年の税の減免及び、犯罪者たちの減刑を宣言する。

 殺人などを起こした重犯罪者においては死刑から無期懲役へ。傷害罪などによる中犯罪者は半年から1年の刑期の短縮。そして、万引き・食い逃げ程度の窃盗罪に関しては無罪放免で、留置所から釈放されることになる。

 水の国:アクエリーズの住民たちは、寛大なボサツ家の処置におおいに喜ぶ。しかし、ボサツ家はそれだけでは足りぬとばかりに、急遽、収穫前の祭りを執り行うことを宣言する。

 ポメラニア帝国のどの国でも、10月始めから半ば過ぎには秋の収穫祭が住民たちの手により自主的におこなわれているのだが、四大貴族の一家が祭り自体を取り仕切るなど、50年に1度の珍事が起きたのである。

 各地の祭りはその町や村を治める男爵や子爵が取り仕切る習わしとなっていたのだ。四大貴族のような【侯爵】が出張ってくることなど、まずそんなことは無いといっても過言ではなかった。

 それほどまでに、ボサツ家がみかどとの繋がりが強まったことに喜んだあかしともいえよう。

 そして、ボサツ家の派閥の傘下に入っているオベール家、コーゾ家もまた、収穫前の祭りに従事することになる。これは両家には寝耳に水であり、収穫祭に値するものを短期間で2度もしなければならない事態に陥ったこととなる。

 オベール家の当主であるカルドリア=オベールは東奔西走とうほんせいそうさせられることとなる。ただでさえ、自分の愛娘とその護衛役が『婚約』を交わしたため、その護衛役に『士爵』をもらおうと、上司に当たるボサツ家に働きかけている真っ最中だというのにだ。

「ううむ。これは困ったことになった……。オルタンシア。きみの手を借りることになる……」

「あらあら。これは大変なことになってしまいましたわね? どうせなら、今後のためにも、ロージーとクロードくんに祭りの手伝いをさせます?」

 カルドリア=オベールは、妻からの提案をなるほど、それは良いなと思ってしまうのであった。将来的に、娘のロージーは自分に代わって、領地の町や村の住人たちとこれまで以上に交流していかなければならない。カルドリア=オベールとしては、ロージーが16歳になり、さらには『成人の儀』を終えたあとの来年の春におこなわれる豊穣祈願の祭りにでもと考えていた。

 それが半年ばかり早まるだけであり、さらには、こういう行事には若い内から関わっておいたほうがロージーのためにもなる。

「ううむ。では、きみの案を採用させてもらうよ。今は猫の手も借りたいほどなのだ。ロージーとクロードくんには自分から伝えておく。あと、屋敷は空けがちになるから、きみと筆頭侍女のチワ=ワコールくんに頼りっぱなしになるのが心苦しいが……」

「あらあら。彼女ならば、甘いお菓子の差し入れでも、時折、しておけば良いかと思うわよ? 彼女は常々、宮殿でみかどが食している『苺のショートケーキ』とやらを食べてみたいと、こぼしていましたわよ?」

 みかど、及び、四大貴族たちはお菓子作り専門の料理人【パティシェ】を雇っていた。パティシェは日々、みかどたちに、ほっぺたが落ちそうなほどの甘くて美味いお菓子を提供している。

 先日、みかどが開催した酒宴の席でも、そのパティシェたちが腕によりをかけたお菓子の数々が提供された。オルタンシアは肉料理よりも、そのパティシェたちが提供するケーキの数々に手をつけていったのである。

 そしてあろうことか、甘いモノに眼がないオベール家の筆頭侍女であるチワ=ワコールに、大変、美味しかったわ。特に『苺のショートケーキ』は本当にほっぺたが落ちたのかと錯覚しましたわと言ってしまったのである。

 その時のチワ=ワコールが彼女らしくもなく、ハンカーチを口に咥えて、さらには涙目になっていたことにカルドリア=オベールは驚いたものだ。

 しかしだ。アレは四大貴族並びにみかどとその周りが雇っているパティシェたちが作ってからこそだ。『苺のショートケーキ』を手に入れようとするならば、これまた上司にあたるボサツ家に頼み込まなければならなくなる。

 カルドリア=オベールは次々と自分の身に降ってくる難題に頭を抱えそうになる。一難去れば、また一難とはまさにこのことだ。いくら上司と言えどもボサツ家に借りを作りたくないというのがカルドリア=オベールの本音である。ただでさえ、クロードの『士爵』の話をボサツ家に持ち込んだ際に、ついでだから、オベール家は『男爵から子爵』に位階ランクを上げないか? と誘われたのである。

 ボサツ家の当主:エヌル=ボサツの言い分としては、オベール家は自分の領内の会計だけではなく、周辺貴族の分まで、会計補佐をやっているのだ。それは『男爵』としての地位を凌駕した仕事なのだと。ならば、それに相応しい地位の向上を望むべきだとボサツ家の当主:エヌル=ボサツは言ってくれているのである。

 しかしだ。いくさの無い今の時代において、その政務の腕が認められて地位を上げたモノなど、宰相:ツナ=ヨッシーを除いてほとんどいない状況であった。やはり、貴族が自分の位階ランクを上げるには武功を挙げる道しか無いのが現状なのだ。

 逆にこのことは貴族の身分の安定を意味するのだ。いくさが無いということは、同時に武功を挙げるモノが存在しないことである。ゆえに貴族たちは自分の今の位階ランクから蹴落とされる心配が無いのである。

 男爵位よりさらに下位には、『准男爵』、そして『士爵』という騎士の階級がある。魔物退治で功を挙げた武人などが『士爵』をみかどや四大貴族から与えられる習わしとなっている。しかし、士爵は村長程度しか権限が無い。さらには士爵に与えられる土地も開拓すべき土地が多く残されている風の国:オソロシロア、もしくは、魔物が多くはびこる火の国:イズモである。

 愛娘との婚約者であるクロード=サインの場合は、ロージーが『男爵』を引き継ぐ以上、形式上でも貴族の身分にならなければならないという事情があるので、カルドリア=オベールは『士爵』という名だけが欲しいのであった。

 だが、ボサツ家の当主から『子爵』を受け賜わることになれば、ロージーの将来の夫となる予定のクロード=サインの位階ランクも上がらなければ、おかしい話になってしまうのだ。

「ううむ。面倒事が次々と増える……。これはヤオヨロズ=ゴッドが自分に与えた試練なのか?」

 カルドリア=オベールは、自分のやるべき仕事が一向に減らないことに、ため息をつかざるをえないのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界国盗り物語 ~野望に燃えるエーリカは第六天魔皇になりて天下に武を布く~

ももちく
ファンタジー
天帝と教皇をトップに据えるテクロ大陸本土には4つの王国とその王国を護る4人の偉大なる魔法使いが存在した 創造主:Y.O.N.Nはこの世界のシステムの再構築を行おうとした その過程において、テクロ大陸本土の西国にて冥皇が生まれる 冥皇の登場により、各国のパワーバランスが大きく崩れ、テクロ大陸は長い戦国時代へと入る テクロ大陸が戦国時代に突入してから190年の月日が流れる 7つの聖痕のひとつである【暴食】を宿す剣王が若き戦士との戦いを経て、新しき世代に聖痕を譲り渡す 若き戦士は剣王の名を引き継ぎ、未だに終わりをしらない戦国乱世真っ只中のテクロ大陸へと殴り込みをかける そこからさらに10年の月日が流れた ホバート王国という島国のさらに辺境にあるオダーニの村から、ひとりの少女が世界に殴り込みをかけにいく 少女は|血濡れの女王《ブラッディ・エーリカ》の団を結成し、自分たちが世の中へ打って出る日を待ち続けていたのだ その少女の名前はエーリカ=スミス とある刀鍛冶の一人娘である エーリカは分不相応と言われても仕方が無いほどのでっかい野望を抱いていた エーリカの野望は『1国の主』となることであった 誰もが笑って暮らせる平和で豊かな国、そんな国を自分の手で興したいと望んでいた エーリカは救国の士となるのか? それとも国すら盗む大盗賊と呼ばれるようになるのか? はたまた大帝国の祖となるのか? エーリカは野望を成し遂げるその日まで、決して歩みを止めようとはしなかった……

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...