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第12章:ロケット・パンチ

第7話:大王が降り立つ

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 アンゴルモア大王は特別観覧席にある玉座から立ち上がり、エキシビジョンマッチで勝利したロック=イートを褒め称えろと観客たちに言う。観客席から立ち上がって拍手喝采をロック=イートに送っていた観客たちの熱はますます膨れ上がり、上覧武闘会の会場である円形闘技場コロッセウム自体が揺れるという現象までもが起きる。

 しかしながら、その拍手喝采の観客たちはアンゴルモア大王が次に取った行動で腰を抜かし、無理やり着席させられることとなる。なんと、アンゴルモア大王が玉座のある場所から跳躍し、試合場である石畳の上にドスーーーン! という音を立てて降り立ったのだ。観客たちは何が起きたのか、すぐには理解できなかったのだ。アンゴルモア大王はのっしのっしとその2メートル半あるその巨体を揺らしながら、未だに右腕を天に向かって振り上げているロック=イートに近づいていく。

 ロック=イートは自分の身体全体にアンゴルモア大王が作り出す影が自分の身に差したことで、ようやく、自分の近くにかの者が近づいてきていたことを知る。ロック=イートは眼を白黒させながら、アンゴルモア大王を見ることとなる。

「よくぞここまで闘った也……。さあ、褒美を取らせよう。われと勝負也ッ!」

「え……? それってどういう意味です!?」

 ロック=イートは振り上げていた右腕を降ろしつつ、困惑しているといった感じの表情になってしまう。アンゴルモア大王が言っている意味がまったくもって理解できなかったのだ。何故に自分とかの者が闘わなければならないのかと頭の中は混乱でいっぱいになってしまう。

 しかし、アンゴルモア大王は右腕を高々と上へと振り上げ、混乱の境地にいるロック=イートに向かって、それを振り下ろす。ロック=イートは両腕をクロスさせて、アンゴルモア大王が放った一撃をなんとか防ぐ。アンゴルモア大王が振り下ろした右腕はまるで重さ10トンはあるかと思わせるような鉄槌であった。ロック=イートの生身である左腕はその衝撃に耐えきれず、かろうじて繋がっていただけの左肩の骨がボキッ! と再び折れてしまうのであった。

 ロック=イートは左肩に激痛を感じ、右手で左肩を抑えつつ、その場でうずくまってしまう。だが、アンゴルモア大王はそんな状態のロック=イートの腹めがけて、茶色の金属製のブーツに包まれた右足を振り上げる。ロック=イートは視界に入ってくる茶色の塊を見ていることしかできなかった。ロック=イートはアンゴルモア大王に蹴っ飛ばされ、宙を舞い、さらに石畳に身体を打ち付けながらゴロンゴロンと後方へと転がっていく。

「なんだ? その程度か? この上覧武闘会で優勝したのであろう? ならば、その力の程をわれに見せぬかっ!!」

 アンゴルモア大王は無様に石畳の上で這いつくばるロック=イートに対して叱責を飛ばす。それを見ていた観客たちはどう反応していいものかと逡巡してしまう。この世の絶対王者であり、神そのものであるアンゴルモア大王と闘えといきなり言われては、誰であろうが戸惑うのは当たり前だと思ってしまう。しかしながら、そう抗議することははばかれる。なんといっても自分たちの主なのだ、彼は。そんな彼が放つ言葉は絶対であり、同時に真理となる。観客たちは真理をつけつけられてはいるが、それでも納得できないでいた。

 あまりにも傍若無人すぎた。アンゴルモア大王が取った行動は。観客たちは眉根をひそめ、ロック=イートに同情心を抱いてしまう。だが、同情心を抱くだけで行動に移れる者など誰一人いなかった。これぞ、神の威光といってさしつかえない。彼に意見出来る者など、観客たちにはいなかったのだ。

「ロック! わたくしの騎士様っ! 今こそ貴方がこの世界で一番強い男だと証明できる機会がやってきたのですわっ!! 立ちなさい!! 立って、アンゴルモア大王を打ち倒すのよっ!!」

 戸惑う観衆たちの中において、ただ一人、両目から涙を流しつつ、アンゴルモア大王を倒せと叫び声にも似た口調でロック=イートを叱りつける人物が居た。それは試合場である石畳の外に広がる芝生の上で立つ16歳の少女であった。彼女はロック=イートの今現在の想い人である。彼女の名はリリー=フルール。決勝戦が始まる前の控室でロック=イートに結婚を申し込まれた女性である。

 彼女はあらん限りの声を喉から引き絞り、空気を震わせて、気持ちを力に変える。ロック=イートに自分の想いが伝わるようにと、円形闘技場コロッセウムに居る観客たちの中で唯一人、ロック=イートの勝利を願ったのである。

「ハハッ! さすがは『世界最強の生物』の嫁になろうとしていることはあるのじゃっ! おい、ロック! リリー嬢の想いに応えぬかっ! 貴様には金玉がついているじゃろうがっ!」

 彼女の左隣に立つヨーコ=タマモが彼女の首根っこを右腕で捕まえて、左手でワシャワシャとリリー=フルールの金色に染まる頭を撫で上がる。そして、ヨーコ=タマモもまた、ロック=イートに声援を送り出したのだ。

「へへっ……。あっしとしたことが魂を抜かれていたんですぜ。ロックさん! 美女二人が応援してくれてるんですぜ!? それに応えずにおとこであると証明できないでしょうがっ!!」

 セイ=レ・カンコーは腰を抜かして、芝生に尻をつけていたのだが、スクっと立ち上がり右腕を振り上げて、ロック=イートに声援を送り出す。その3人の姿を見ていたコープ=フルールとヨン=ジューロは互いの顔を見せあいつつ、プッ! と噴き出し破顔してしまう。

「やれやれ……。私はアンゴルモア大王に反旗をひるがえしてくれるのは困るんですが……。でも、『世界最強の生物』に昇り詰めるロックくんの姿を見てみたいと思ってしましました」

「せやなっ! 心と性欲が枯れ果てたわいですら、わくわくどきどきしてたまらんのやでっ! おい、ロックくん。アンゴルモア大王の御尊顔に泥を塗ってやるやで!」

 円形闘技場コロッセウムの一角に居る5人組だけがロック=イートに対して、公然と応援しだしたことに、観客たちはあいつら、誰に向かってこぶしを突き立てろと言っているのかわかっているのか!? といったようなどよめきが起きる。しかし、そんな観客たちを放って、5人組はさらに声を大にしていく。彼らだけはロック=イートの味方であった。円形闘技場コロッセウムに集まる5000人近くの観客たちに比べれば、0.1パーセントにしか満たない数である。だが、そのたった5人がロック=イートの背中を押したことは間違いなかったのである。
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