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第11章:慟哭

第8話:ロック=イートの策

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 この試合のオッズレートはロック=イートが7で、アルカード=カラミティが3であった。観客の7割近くが神槍:ブリトニー=ノーガゥを打ち倒したロック=イートが勝つであろうと予想していたのである。だが、試合が進むにつれ、自分の賭け金が没収されるのではないのかと危惧し始める……。

 ロック=イートは常に攻勢に打って出ているモノの、アルカード=カラミティにクリーンヒットしたことは一度とてなかった。それどころか、その攻撃に合わせるようにアルカード=カラミティがロック=イートを投げ飛ばし続けたのだ。試合開始から5分以上が経過したわけだが、その間、ロック=イートは計6回、アルカード=カラミティにより石畳の上へ叩きつけられていた。

(いつつつ……。いい加減、どうにかしないと本気で身体が悲鳴を上げ始めたぜっ。こんな状態で長期戦に持ち込まれないことこそが最上だって言うのになっ!)

 ロック=イートはズキズキと痛む腰と背中を左手でさすりながら、またもや石畳の上で立ち上がる。いっそ、そのまま倒れていられれば、どれほど楽だろうと思うが、それは自分の信条をけがす行為だと思い、簡単に試合を投げ出すようなことは出来ないのであった。そして、相手をするサラ=ローランも腰に両手を当てつつ、はあああ……とため息をついている状態だ。

「あんたは昔からそうだけど、自分が勝ちだと思えるまでやり合おうとするんだから……。あたしとあんたの実力の差を考えてみたらどう?」

「余計なお世話だっ! ロケット・フック!!」

 ロック=イートは交互に大きく弧を描くように右・左・右とロケット・フックを放つ。それに対して、サラ=ローランは頭を低くしつつ、フットワークで3連打を回避しきる。そして、がら空きとなった右わき腹に向かって、彼女はタックルをしかけることとなる。彼女の左肩がロック=イートの右わき腹に押し当てられる。そこからサラ=ローランはロック=イートを持ち上げて、バックブリーカーへと移行しようとした。

 だが、彼女がロック=イートの股に右腕を差し込むと同時にロック=イートが口の端をニヤリと歪ませる。大きく弧を描いたフック3連打はロック=イートの誘いであったのだ。ロック=イートは左のこぶしを思いっ切り握りしめ、密着してきた彼女のみぞおち付近にそれを叩きこんだのである。

「グッ! やるわねっ! あんたが搦め手を用いてくるなんて珍しいじゃないのっ!」

「モトカード流拳法 第10条:半熊半人《ハーフ・ダ・ベア》に出くわせば死んだふり……だっ! ロケット・レバーブローはよく効いただろっ!」

 ロック=イートが狙ったのはみぞおちというよりかは、肝臓を狙ったモノであった。ここを強く打たれれば、肝機能に障害が発生し、身体の動きは一気に鈍くなる。ロック=イートは鈍い自分の動き自体をどうにかするのではなく、相手を同じ土俵に上げることに努めたのだ。しかしながら、今のロック=イートのパンチ力ではあと数発、同じ場所に打ち込まなければ、ロック=イートの要望が叶うことは無い。それを察したサラ=ローランは無暗にロック=イートに接近することを止めてしまったのである。

 サラ=ローランは回復に努めつつ、ロック=イートの追撃を捌く方向で動く。ロック=イートの狙いこそは正しいモノの、その通りに動くつもりもないサラ=ローランであった。ロック=イートは相変わらず大振りでパンチを繰り出してくる。それは誘いであることは十分理解している彼女である。同じモノを続けて喰らうほど、サラ=ローランは間抜けではなかった。

 しかしながら、それはロック=イート側もそう考えていて当然であると思うサラ=ローランである。だからこそ、何故にそんな自分の体力を削るだけに終わってしまいかねない大振りを続けるのかと疑問に思ってしまう。ただ単に破れかぶれの攻撃の可能性は捨てきれないが、相手はあのロック=イートだ。諦めないことに関しては超一流と言っても過言ではない彼である。我慢比べ大会をおこなえば、圧倒的勝利を掴んでしまうロック=イートなのだ。

 だからこそ、タイガー・ホールにおける修行で、先に音を上げるのいつも彼の兄弟子であるコタロー=サルガミと姉弟子である自分であった。負けず嫌いのロック=イートの性分がそうさせるのか、はたまた夢に殉じることを良しとする彼の意思がそうさせるのかはわからずじまいであった。しかし、あの頃と変わらぬのならば、ロック=イートはここからさらに何かをしかけてくるだろうとは容易に想像できるサラ=ローランである。

 ロック=イートの左右交互のロケット・フックは止まることをしらないのか? と言いたくなるほどに連打し続けた。数えて20発目となるロケット・フックを回避したサラ=ローランがいい加減、攻撃に転じてしまいたくなっていた。ロック=イートが放つロケット・フックは大振りも大振りであり、容易く自分の腕を絡めさせて、投げ飛ばしてしまえるのだ。だが、それは絶対に誘いだということもわかりきっている。それゆえにサラ=ローランはまた一歩、後ろへと足を引いたのだ。

 その時、サラ=ローランは背中にゾクッ! という嫌な汗が流れ出た。彼女の右足が石畳の上からはみ出て、一段低い芝生を踏んでしまったのだ。これで場外負けになるわけではないのだが、そんなことよりも、自分は試合場である石畳の角に追いやられていたことに今更ながら気づくことになる。不意による場外はルール上、許されることであるが、右足を一歩、芝生の上に置いたこの状況下からさらにもう一歩、場外に踏み出しても許されるかどうかはわからない。これがサラ=ローランにとっての迷いとなり、同時にロック=イートにとっての好機になってしまう。

 これ以上は退けぬと判断したサラ=ローランはその場で足を止め、ロック=イートのフックを捌く方向に動き出す。右足はまだ芝生の上であったが、両腕を駆使し、ロック=イートが次々と繰り出す弧を描くパンチを手甲ナックル・カバーの力も利用して、捌き始める。

 しかし、単調な攻撃に慣れさせられたサラ=ローランの眼がロック=イートの攻撃を捌くことは出来ないのであった。ロック=イートはここからパンチの軌道を変えてきたのである。外側から内側へ弧を描いているのは先ほどまでは変わらない。だが、サラ=ローランの見た目よりも、そのパンチが奥へと伸びてきたのだ。手先で捌こうとしていたのに、肘辺りでロック=イートのパンチを受け止めるハメになる。サラ=ローランはまたしてもゾクッ! という嫌な汗が背中から噴き出ることとなる……。
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