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第11章:慟哭

第5話:栄光への道

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 控室の皆がロック=イートとリリー=フルールが抱き合うのをニヤニヤとしつつも、羨ましいといった感じで見守るのであった。セイ=レ・カンコーは目頭が熱くなったのか、右手でこすっているし、ヨーコ=タマモはお腹回りに両腕を当てつつクネクネと身体を動かしている。ヨン=ジューロは右手の人差し指を唇で咥えつつ、わいもこんなべっぴんさんな彼女がほしいんやでぇ? とのたまっている。

 ロック=イートとリリー=フルールの二人はもっと皆に自分たちの仲の良いところを見せつけてやろうと、お互いの顔を近づけていく。リリー=フルールは顎を上げ軽く眼を閉じ、ロック=イートの唇が自分の唇に接するのを待ちわびる。ロック=イートはんんっ! とわざとらしく咳をし、まるで茹でタコのように唇をせせり出して、おそるおそる彼女の唇へと押し出していく。そして、一度目はチュッ! とついばむように彼女のぷっくりとした柔らかい唇に接吻せっぷんをし、次いで押し当てるように彼女と唇を重ねる。その状態から互いにチュッチュと互いの唇を吸い合うのであった。

 ロック=イートはリリー=フルールの唇の感触を堪能した後、彼女の顔から自分の顔を遠ざける。しかしながら、もう終わりなの? というリリー=フルールの乞うような視線を受けて、ロック=イートは彼女をとてつもなく愛おしく感じ、ギュッと両腕で力強く彼女を抱きしめる。

「リリー。俺はどんな相手だろうと打ち倒してみせるよ……。だから、決勝で俺が勝ったら、俺と結婚してほしい」

「ふふっ。まるで子供がせがむように言いますわね。そこは騎士らしく毅然とした態度で言ってほしかったですわ?」

 ロック=イートはまるで子供が母親にあやしてもらうかのようにリリー=フルールにポンポンと頭をなでられてしまう。まるで自分はどこにもいきませんよ? と言われている気がしてならないロック=イートである。女性の精神年齢はいつでも24歳頃と言われているが、対して、男の精神年齢は5~6歳児程度だと言うことがよくわかる構図でもあった。少女とも女性レディとも母親とも言い表し難い24歳のリリー=フルール。そして、鼻ったれ小僧のロック=イート。彼女らは対照的であったと言って良いだろう。

 そんな彼女らが惜しむように身体を離す。控室の扉を開けて、ごほんっ……と小さく咳払いをする人物が登場したからである。

「あー。ロック=イート殿。自分はお邪魔虫だったかね? しかしながら、そろそろ決勝戦が始まるゆえに準備をお願いしたいのだが?」

 その人物は試合管理人であった。ロック=イートと彼はこれで5度目の顔合わせとなる。第1回戦からお世話になっているといえばなっている間柄である。そんな彼がロック=イートに励ましを伝える。

「ロック=イート殿。決勝進出おめでとうと言っておこう。自分も貴殿と知り合えて、誉れ高い仕事を与えられたと思ってしまう……。さあ、5分後には試合場に出向いてもらうぞ。見事、優勝してみせろ!」

 試合管理人がそう言うので、ロック=イートはコクリと力強くうなずいてみせる。彼らが直接的に何か言葉を送り合う仲には発展しなかったが、試合管理人にとっては彼のそのうなずきだけで十分であった。自分の役目は果たしたとばかりに試合管理人は控室を後にする。

「しっかし、軍のお偉いさんが試合管理人をしているのが不思議でたまらないんやで? あのひと、今はこんな仕事をしてはるけど、アンゴリア王国防衛軍:第5部隊所属の副隊長殿やで?」

「ほう……。どこかで見たことがある面だと思っておったが、かの有名な第5部隊の副隊長だったかえ……」

 ヨン=ジューロが控室から去っていた男の素性を皆に明かす。それを受けて、ヨーコ=タマモは身体から醸し出す威厳がどこからやってきているのかの理由を知ることとなる。木っ端役人とは思っていなかったが、ついにその素性を知ることとなり、胸につっかえていたモノが取れた気分になってしまう。しかし、ここでひとつ疑問が湧く。何故に一介の浪人に過ぎぬヨン=ジューロが彼のことを知っているかということだ。だが、ヨン=ジューロが、おっと口が滑ったんやで~? といつもの調子でおどけてみせるので、深くは詮索しないことにするのであった。

 そんなことは後々、明らかになっていくのであろうとヨーコ=タマモは思い、彼のことよりも、ロック=イートに声をかけることに時間を割くのであった。セイ=レ・カンコーとヨーコ=タマモはロック=イートに出場するならば勝ってこいと声援を送る。ロック=イートはああ任せてくれと言ってのける。そして、簡素なベッドの上から腰を下ろし、両足で力強く床を踏みしめる。

 立ち上がったロック=イートの背中をバンバンとコープ=フルールが強めに叩き、声援代わりとするのであった。続けて、ヨン=ジューロがわいは勝利の女神やで? とロック=イートに接吻せっぷんしてきそうになったので、ロック=イートは左手でヨン=ジューロの右頬に掌底を叩きこむ。ぶへえっ!? と無様に倒れ込むヨン=ジューロの背中を左足で踏んづけ、腹を右足で蹴っ飛ばしたリリー=フルールがロック=イートに

「わたくしこそがロックの勝利の女神なのですわっ! ですから、勝利の女神に恥をかかせないでほしいのですわっ!」

「ああ、リリー。任せておいてくれ。俺の女神様に勝利を献上してみせるさっ!」

 ロック=イートは皆に向けて握った右手を突き出し、親指を突き立ててみせる。それに同調するかのように皆が、ロック=イートと同じ所作をする。ロック=イートは彼らに背中を向けて歩き出し、両手で控室の扉を大きく開く。そこには『栄光への道』とも呼ばれる通路が続いていた。この通路は人生のように先行きが不透明であることを示すかのように薄暗くジメジメとしている。

 だが、この通路の先には光が射しこんでいる。人々からの脚光を浴びる試合場へと続いているのだ。そして今、ロック=イートは今大会における最後の勝者を決めるための大舞台へと歩みを進み始めた。その彼のすぐ後ろをリリー=フルール、セイ=レ・カンコー、ヨーコ=タマモ。そして、最終戦は戦士たちと同じ視線の高さで試合を見たいと言い出したコープ=フルールが続く。もちろんヨン=ジューロも彼らと同じ道を歩いている。

 彼らはロック=イートが『世界最強の生物』となることを期待している面々である。それぞれにそれぞれの思惑があることは確かであるが、彼らの向かう先はこの時点では同じであった……。
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