上 下
104 / 122
第11章:慟哭

第3話:コープ=フルールの横槍

しおりを挟む
 ロック=イートは生身である左手をグーパーグーパーと握っては開いてを繰り返す。今まで感じていた身体の火照りと痛みはどこかに吹き飛んでいた。自分は闘えるという自信が身体の奥底から湧き上がってくる。しかしながら、そんなロック=イートを否定する人物が控室にやってくることとなる。

「はいはい。ロックくん。体調はどうですか? 私はロックくんが神槍:ブリトニー=ノーガゥをぶっ飛ばしてくれたことにおおいに喜んでいると同時に、ロックくんには決勝を辞退しにもらいにきましたよ~~~」

 控室のもう一方の扉を開いて、ずかずかとそこに入り込んできた人物とはロック=イートのご主人様であるコープ=フルールであった。コープ=フルールはその顔に満面の笑みを浮かべつつも、若干申し訳ないといった表情も表していた。まるで自分の本意ではなさそうにしながらも、自分の意見を通そうとしているのは誰の眼にも明らかであった。

「観客席から準決勝を見ていましたが、いやはや……ロックくんには驚かされてばかりです。でも、素人目から見ても、リリー程度の治療魔術ではロックくんの傷が癒えきらないだろうことは予想できていますよ?」

 コープ=フルールが用意したオリハルコンの糸を縫い込んだカラテ着とインナーシャツであったが、それを聖槍:ロンギヌスが貫通していたことはコープ=フルールでさえはっきりと視認出来ていた。だからこそ、致命の一撃とまでは達していなかったとしても深手であることには変わりないだろうということで、コープ=フルールは大事を取って、ロック=イートには決勝を辞退してほしいと願い出てきたのである。

 そもそも彼がここに出向かなければならないと思ったのは、控室に居るメンバーでは、ロック=イートの意思を挫くことなど出来ないと考えていたからだ。彼らはどちらかと言えば、ロック=イートの同志であり、彼が夢を果たすためなら尽力を惜しまない連中ばかりである。こういう時は嫌われ役が必要なことをコープ=フルールは知っている。だからこそ、その嫌われ役を買いにきたのが彼なのである。

「セイ=レ・カンコーくん。ロックくんの状態を教えてくれますかね? トレーナーであるキミなら、ロックくんが今どれほどまでに動けるかくらい把握していますよね?」

 コープ=フルールという男は主観的意見だけでなく、客観的意見も重視している。両方を照らし合わせることで、情報の密度と正確性を向上させているのだ。セイ=レ・カンコーとしては苦々しい顔になる他無かった。ここで嘘をついたところで、意味など無いと言わんとしている表情のコープ=フルールである。そのため、セイ=レ・カンコーは姿勢を正し、自分は言わなければならないことをしっかりと言うべきだという感じの報告をおこなうのであった。

「ロックさんの状態は普段の5割程度の実力を発揮できるくらいだと言っておきますぜ。しかしながら、決勝戦を辞退しなければならないほどに動けないといったわけではありません」

「なるほどなるほど。しかしながら、それは希望的観測が混ざっていますよね? 私は確実に勝てるかどうかを問うているのです」

 セイ=レ・カンコーはそう返されて、ついカチンと頭に来てしまう。確実に勝てる勝負など、この世界に存在するわけがない。そんなことを言い出したら、そもそもとして準決勝で神槍:ブリトニー=ノーガゥと対戦が決まった時点でコープ=フルールはロック=イートに試合を辞退させなければならないはずだ。だが、それをしなかった癖に今更、確実に勝てと言ってくることに腹が立ってしょうがない。

「そんな言い方はあんまりですぜ……。神槍:ブリトニー=ノーガゥと闘わせたのは何故だ? という話になると思いやすが?」

 セイ=レ・カンコーは口調に怒気を孕ませて、そう言いのける。いくら自分のご主人様と言えども、無体すぎると思ってだ。だからこそ、セイ=レ・カンコーはロック=イートに代わって、コープ=フルールに抗議したのである。だが、強めの口調にコープ=フルールは怯えることもなく、次のように言いのける。

「神槍:ブリトニー=ノーガゥ相手なら、負けてもロックくんの売名に繋がるからです。ロックくんほどの実力ならば、神槍相手に善戦してくれるという予感があったからです。ですが、今やロックくんはその神槍に勝ってしまったことが問題なのですよ」

 セイ=レ・カンコーはどういうことだ? と思ってしまうが、先ほどのロック=イートとヨーコ=タマモのやり取りで、コープ=フルールの言わんとしていることの半分程を気づく。要は決勝で負けでもしたら、ロック=イートの名に傷がつくのだ。せっかく売れる商品になったロック=イートに要らぬ傷がついては面白くないのである、コープ=フルールとしては。

 ならば、準決勝で重傷を負わされたロック=イートが泣く泣く決勝を辞退したほうが、ロック=イートの評判が下がるのを防げるという運びなのである。だが、それは辞退を勧めた理由の半分であることだ。もう半分について、コープ=フルールが説明をしだす。

「アンゴルモア大王がおっしゃっていたでしょう? 神槍:ブリトニー=ノーガゥを討ち果たした者には開拓軍の代表へと任ずると。ロックくんはその名誉があるかどうかはわかりかねる開拓軍の代表の座をほぼ確実に射止めています。しかしですね……」

 コープ=フルールは続けて言うには、ロック=イートが決勝で敗れることになれば、せっかく手に入りかけている開拓軍の代表の座を手放してしまう恐れがあるということだ。アンゴルモア大王は気分屋として人々に認知されている。気分屋の相手は心底、気疲れするモノだ。決勝を辞退することはその気分屋の高まっている気持ちを反故ほごにするかもしれない行為であるが、それでも決勝で無様に負けてしまうよりかは遥かにマシであるとコープ=フルールは予測を立てたのである。

「さて、ここまで説明させていただきましたので、そろそろ、私が言わんとしていることには同意してもらえますかね?」

「はい。コープ様の危惧していることはわかりました。ですが、俺は俺の夢を途上で諦める気はまったくありません。俺は上覧武闘会であろうが『世界最強の生物』であることを証明してみせます!」

 ロック=イートが簡素なベッドの上で上半身だけを起こした状態でありながら、まっすぐにコープ=フルールの眼を見て、そう告げる。コープ=フルールはあちゃあとばかりにひたいに右手を当てて、控室の天井を仰ぎ見ることになるのであった。その仕草はおおいに芝居かがっており、セイ=レ・カンコーとヨーコ=タマモはやれやれとばかりに両腕を左右に広げるのであった……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】

ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。 転生はデフォです。 でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。 リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。 しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。 この話は第一部ということでそこまでは完結しています。 第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。 そして… リウ君のかっこいい活躍を見てください。

虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~

すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》 猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。 不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。 何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。 ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。 人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。 そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。 男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。 そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。 (

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

オレの異世界に対する常識は、異世界の非常識らしい

広原琉璃
ファンタジー
「あの……ここって、異世界ですか?」 「え?」 「は?」 「いせかい……?」 異世界に行ったら、帰るまでが異世界転移です。 ある日、突然異世界へ転移させられてしまった、嵯峨崎 博人(さがさき ひろと)。 そこで出会ったのは、神でも王様でも魔王でもなく、一般通過な冒険者ご一行!? 異世界ファンタジーの "あるある" が通じない冒険譚。 時に笑って、時に喧嘩して、時に強敵(魔族)と戦いながら、仲間たちとの友情と成長の物語。 目的地は、すべての情報が集う場所『聖王都 エルフェル・ブルグ』 半年後までに主人公・ヒロトは、元の世界に戻る事が出来るのか。 そして、『顔の無い魔族』に狙われた彼らの運命は。 伝えたいのは、まだ出会わぬ誰かで、未来の自分。 信頼とは何か、言葉を交わすとは何か、これはそんなお話。 少しづつ積み重ねながら成長していく彼らの物語を、どうぞ最後までお楽しみください。 ==== ※お気に入り、感想がありましたら励みになります ※近況ボードに「ヒロトとミニドラゴン」編を連載中です。 ※ラスボスは最終的にざまぁ状態になります ※恋愛(馴れ初めレベル)は、外伝5となります

聖なる幼女のお仕事、それは…

咲狛洋々
ファンタジー
とある聖皇国の聖女が、第二皇子と姿を消した。国王と皇太子達が国中を探したが見つからないまま、五年の歳月が過ぎた。魔人が現れ村を襲ったという報告を受けた王宮は、聖騎士団を差し向けるが、すでにその村は魔人に襲われ廃墟と化していた。  村の状況を調べていた聖騎士達はそこである亡骸を見つける事となる。それこそが皇子と聖女であった。長年探していた2人を連れ戻す事は叶わなかったが、そこである者を見つける。  それは皇子と聖女、二人の子供であった。聖女の力を受け継ぎ、高い魔力を持つその子供は、二人を襲った魔人の魔力に当てられ半魔になりかけている。聖魔力の高い師団長アルバートと副団長のハリィは2人で内密に魔力浄化をする事に。しかし、救出したその子の中には別の世界の人間の魂が宿りその肉体を生かしていた。  この世界とは全く異なる考え方に、常識に振り回される聖騎士達。そして次第に広がる魔神の脅威に国は脅かされて行く。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...