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第8章:目覚めの兆し

第2話:覆面の戦士

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 控室にいる戦士たちは一様に口をポカーンと開けて、間抜け面を晒してしまう。第1回戦・第1試合で劇的な勝利を収めたロック=イートをいともたやすく投げてしまった存在が居たからだ。そいつは覆面の戦士であり、なおかつ、女性の声である。体格こそ男性と変わらぬほどにがっちりとしていたために、その覆面の戦士が女性だとは思っていなかったのである。

 そして、女性がかのロック=イートを軽々と投げ飛ばしてしまったことで、控室にはどよめきが起きることとなる。ロック=イートを投げ飛ばした本人はスクっと立ち上がり、パンパンと薄い布地に付着した埃を両手で払いだす。そうすることで、他の戦士たちも、覆面の戦士が女性であることを認識するに至る。彼女は覆面を被り、紅玉ルビー色の外套マントを羽織っていたために、胸部分にはあまり注目していなかった。それゆえに、彼女の性別を判別することを失念していたといっても良いだろう。

 明らかに分厚い胸板というよりかは、その部分が不必要に盛り上がっていたのだ。身体に密着するタイトなレスリングウェアのために、オッパイが潰れていただけである。それがさも勇壮な分厚い胸板のように錯覚させられていただけなのであった。そして、彼女は両手を覆面の後ろに持っていき、紐を外す。彼女が覆面を外すと、両頬に幾筋かの傷跡が斜め横に走っているのが視認できたのであった。そんな彼女に対して、ロック=イートがハハ……と喜びを含んだ笑みを零すことになる。

「サラ姐。ひどいじゃないか。会うなり、いきなり投げ飛ばすことなんかないだろう?」

「何を言っているのよ。ひどいのはあんたも変わりないでしょ? あたしが誰かなんて、投げ飛ばされるまで気が付かなかったでしょ?」

 サラ=ローランはそう言うと、覆面をレスリングウェアの空いた部分であるわき腹から捻じ込むように尻の部分にまで突っ込み、空いた両手でロック=イートの右腕を引っ張る。ロック=イートは自分の背中を左手でさすりながら、彼女に身を起こしてもらうこととなる。投げた投げられた間柄だというのに、友好的な雰囲気を醸し出す二人であった。しかしながらリリー=フルールとヨーコ=タマモは憤慨していた。サラ=ローランを囲むように二人が立ち、喧々ごうごうとサラ=ローランを責め立てるのであった。

「わたくしのロックが怪我をしたらどうするのよっ! ロックはこの後、第2回戦に出場するのですわっ!」

「そうじゃそうじゃ! わらわのロックを試合前に痛めつけようという算段かえ!?」

 わめき散らす彼女たちに対して、サラ=ローランは両手の人差し指で両方の犬耳の穴を塞ぎ、あーあー聞こえなーいと言い出すモノだから、余計に彼女たちは憤慨してしまう。そんなリリー=フルールとヨーコ=タマモを落ち着かせる役目を担ったのはロック=イートであった。彼は右の義手で頭をボリボリと掻きつつ

「あー。リリー様、タマモさん。あれでもサラ姐は手加減していたから……。あれが本気の投げだったら、俺は受け身も満足に取れずに失神してたから……」

 ロック=イートのこの発言は悪手極まりないモノであった。彼女たちの怒りの矛先はサラ=ローランではなく、ロック=イートに向けられてしまうことになる。ロック=イートは思わず、はああ……とため息をつくしか他無かった。そんな困り果てているロック=イートに対して助け船を出したのは彼を投げ飛ばした張本人であった。

「ごめんね? あたしの元・婚約者が絶世の美女二人に囲まれていると思ったら、つい嫉妬しちゃったのよ。悪気はないわよ。ちょっと妬いちゃっただけよ?」

 サラ=ローランが二人のことを絶世の美女と表現したために、リリー=フルールとヨーコ=タマモは勝ち誇った表情を顔に浮かべることとなる。さも、よくわかっているじゃないのと言いたげでもある。そんな彼女たちは怒りの矛を収め、ロック=イートの腕を1本づつ、自分の両腕で抱えこむこととなる。

「話が早くて助かりますわ。元・婚約者さん。わたくしは現・婚約者のリリー=フルールですわ」

「ふむっ。わらわの美貌を認めることが出来るのは良い女性レディであることは確かなのじゃ。先ほどのロックへの仕打ちを許してやろうなのじゃ」

 ロック=イートはもし両腕が塞がってなければ、ボリボリと頭を掻いていたに違いない。だが、今、自分の両腕にはおしとやかなオッパイと豊満なオッパイを擦り付けれている。彼女たちがロック=イートは自分のモノだと主張するためにわざとやっているのはわかるのだが、それでもリリー=フルールが火が顔から噴き出さんとばかりに赤面しているので、恥ずかしいなら止めれば良いのにとも思ってしまう。

 それでもリリー=フルールはおしとやかなオッパイをロック=イートの左腕に当てることをやめないでいた。これは女同士の戦いでもあったからだ。今、彼女の眼の前に居るのは、ロック=イートがタイガー・ホールに在籍していたころに、将来を約束しあったサラ=ローランであったからだ。だからこそ、これは退くに退けない戦いでもあったのだ。リリー=フルールは軽く上下に身体を動かすことで、無理やりながらおしとやかなオッパイをロック=イートの生身のほうの左腕に擦り付ける。

 彼女のその精いっぱいの頑張りを見ていたサラ=ローランはついプッ! と噴き出してしまう。そして、またしてもリリー=フルールの金色に染まる頭を右手でワシャワシャと掻きまわす。

「ロックは良いお嬢様を婚約者にもらったのね。お姉さんとしても微笑ましい限りよ。お嬢様? 安心してほしいわ。既にあたしはロック以外の男に嫁いでいるから。だから、ロックをどうこうしようなんて思ってないわよ?」

 サラ=ローランの突然の告白に激しく動揺したのはロック=イートであった。その動揺は彼の言葉にも大きく現れることとなる。

「お、おめでとう? と言っていいのかな? え、ええと相手はいったい誰なんだ?」

 歯切れ悪くしゃべるロック=イートに対して、サラ=ローランはふう……と大きくため息をつく。そして、腰の両側に手を当てつつ、頭を左右に振りながら、衝撃の事実をロック=イートに告げる。

「あたしはタイガー・ホールが閉鎖されてから、行くとこを失くしてね? それでコタローがあたしの身受け人になるって言ってくれたのよ……」

「そうか……。コタロー兄がサラ姐の面倒を見てくれるって流れになっていたのか……。コタロー兄はサラ姐によくしてくれているのか?」

 ロック=イートの質問に対して、サラ=ローランは眼を閉じて黙ってしまう。二人の間には数秒間、沈黙が訪れる。だが、サラ=ローランはまぶたを開き、破顔して

「ええ。コタローはあたしに優しくしてくれるわ。どこかの夢追い人とは違って、現実に生きているもの。あんたと一緒にならなくて良かったとすら、今は思えるわ」
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