上 下
60 / 122
第6章:予選大会

第9話:鍔せり合うは

しおりを挟む
 ロック=イートの容態がみるみると良くなっていくことにリリー=フルールは安堵の表情へと変わっていく。それを成したヨーコ=タマモに対して、リリー=フルールと水の精霊ウンディーネ共々、ペコリと素直に頭を下げる。だが、ヨーコ=タマモは気恥ずかしいのか、後頭部の髪の毛を空いている右手でワシャワシャとかきあげて

「わらわは小僧の先祖返りジュウジンモードを解いただけにすぎぬわ。それよりも小娘よ。この男から何も聞かされていないのかえ?」

「え? それってどういう意味ですの?」

 リリー=フルールが怪訝な表情になるのに対して、ヨーコ=タマモはあからさまにはあああ……と深いため息をつく。そして、ほとほとあきれ果てたという表情でリリー=フルールにとある事実を突きつける。

「治療魔術と先祖返りジュウジンモードは相性がとことん悪いのじゃ。先祖返りジュウジンモードには元々、驚異的な回復力があることは先ほど言ったばかりじゃ」

 ヨーコ=タマモはあきれつつも親切にリリー=フルールに治療魔術と先祖返りジュウジンモードとの関係性について説明をくどくどと開始する。そして、説明を聞けば聞くほど、リリー=フルールの表情は青ざめていく一方であった。それもそうだろう。先祖返りジュウジンモード発動状態時に治療魔術を重ねるということは、ぶり返しで感じる痛みは10倍近くにも達すると彼女が言うからだ。リリー=フルールはロック=イートを治療するはずが、彼女の手によって、ロック=イートを痛めつけていたという結果になっていたのである。

「そんな……。わたくしはただ、ロックに早く治ってほしいと思ってのことなのに……」

「別におぬしが悪いわけではないのじゃ。多分、この小僧自身も知らぬことだったはずじゃ。この小僧の師匠と呼べる存在が全て悪いとも言えよう」

 ヨーコ=タマモはここまで言っておいて、あることに気づく。だが、それは気づきというよりはただの希望的観測であったために、ついぞ、それを口にすることはなかった。それよりも、彼に付き添う小娘に治療魔術の扱いについて、もっと深く知っておくべきだと忠告するに留まるのであった。

「わたくし、まだ治療魔術については基礎部分しか修得しておりませんの……。この二カ月余りでどうにか形には出来ましたけど……」

「ほほっ!? 治療魔術の基礎をたった二カ月余りで修得してしまったのかえ? それはそれは。では、そこの小僧の代わりにわらわの治療を頼んで良いかのう? なあに、礼代わりと思ってもらえば良いのじゃ」

 ヨーコ=タマモはいけしゃあしゃあと言いのける。あまりにも図々しい物言いのため、リリー=フルールは、は、はいっ! と快く返事をしてしまうほどであった。リリー=フルールの想い人であるロック=イートをここまで痛めつけたのはヨーコ=タマモ自身であるのに、それをつい忘れてしまっていたのである。リリー=フルールは再びベッドに横たわったヨーコ=タマモに治療魔術を施している内に段々と怒りがこみ上げてきてしまう。大事なことを失念してしまっていた自分を叱りつけたい気分になってしまっていた。

「おお。これはこれは。本当におぬし、二カ月余りでこれほどまでの腕前になったのかえ? にわかには信じられぬのぅ……」

「え、ええ……。わたくしのロックを散々に痛めつけたヒトを治療するために習得したつもりはありませんでしたわ?」

 リリー=フルールは努めて笑顔を絶やさぬようにした。一応、ロック=イートの恩人であることには変わりないからだ。だからこそ、顔の筋肉が引きつってしまうが、ここは我慢、我慢ですわよと自分に言い聞かせるのであった。

「ほほっ! 袖すり合うは何かの縁と言うのじゃ。戦士風に言えば、鍔せり合うも何かの縁なのじゃがなっ!」

 ヨーコ=タマモのこの言い方に何故かカチンッ! とスイッチが入ってしまったリリー=フルールであった。袖すり合ううんぬんは商人の間でも言われていることである。だが、鍔せり合ううんぬんは何か引っかかるモノがある。まるで、何かを賭けての戦いに自分が巻き込まれてしまったかのような感じを受けてしまうのだ。そこはまさに女の直感と言っても差し支えない。

「あの……。もしかして、わたくしのロックに興味を持ってしまわれたのかしら?」

「うむうむ。察しの良い小娘じゃて。わらわは聡い女子おなごは好きじゃぞ。わらわはめかけで良いから、わらわも小僧の側に居ても良いかえ?」

 リリー=フルールの頭の中で何か太い緒がブチっと切れる音がこだますることとなる。そして、ヨーコ=タマモがロック=イートに腹パンを喰らった箇所目がけて、握りこぶしでドンッ! と打ち付ける。ヨーコ=タマモは溜まらずグヘォッ! と女性らしからぬ声をあげてしまう。そしてリリー=フルールは彼女への治療をやめてしまうのであった。

 だが、そんな二人を差し置いて、頭の中で算盤そろばんたまを弾いている人物が居た。それはリリー=フルールの父親ことコープ=フルールである。彼に一番似合う言葉が何なのかと言われれば、『転んでもただでは起きない』であろう。ロック=イートは常々、スパーリング相手を欲していたのはコープ=フルールも知っている。セイ=レ・カンコーは良いトレーナーではあるが、それはあくまでも調整役であり、スパーリング相手としては物足りていないことなど、百も承知だったのである。コープ=フルールはニコニコとした笑顔をたたえて、腹を両手で抑えて苦しむヨーコ=タマモに近づき

「では、商談なのですが、貴女をロックくんのめかけとしては迎え入れることは難しいですが、彼の訓練時のスパーリング相手として、私に雇われる気はありませんかねえ?」

「スパーリング相手? あれほどの手練れならば、それ相応の相手がいるはずじゃろうが」

「いや、ちょっとロックくんに関しては、情報を外に出したくない理由などがありましてですね……。寝泊まりする場所はもちろんとして、一日三食とお給金は用意しますので、どうでしょうか?」

 ヨーコ=タマモは腹を両手で抑えたままの恰好で、自分に甘い言葉を吐いてくる人物を推し量ろうとする。ロック=イートと呼ばれる人物には謎な部分が多々ある。それを知りたいという欲が彼女にあるのはもちろんのこと、これほどの強者とねんごろな関係になるのも悪くないと思っていたりもするのだ。しかしながら、一番重要な問題がヨーコ=タマモにはあった。

「わらわは別にそれで構わぬのだが、そこでわらわを呪い殺さんとばかりに睨みつけている小娘のことはどうするのじゃ? わらわは寝込みを女子おなごに襲われる趣味はないのじゃぞ?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

番だからと攫っておいて、番だと認めないと言われても。

七辻ゆゆ
ファンタジー
特に同情できないので、ルナは手段を選ばず帰国をめざすことにした。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

処理中です...