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第6章:予選大会
第4話:闘いの美学
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ロック=イートたちが控室で休んでいると、予選会場には大きなどよめきと、それに付随してのため息が沸き起こる。ロック=イートたちは一体、どんな試合が執り行われたのだろうと思うが、ついにそれを確かめることは出来ないでいた。しかしながら、試合場から運ばれてきた戦士の姿を見て、3人とも絶句してしまう。
身体全体を何か鋭い爪で掻きむしられたかのように、その戦士はズタボロであった。身に着けている金属製の鎧ごと、身体の表面を削られている。身体のそこかしこから血が噴き出し、見るも凄惨な姿になっていたのである。控室は医務室も兼ねていたが、ここの施設では治療が間に合わぬということで、その戦士は控室では無く、予選会場の外にある専門の治療施設へと運ばれることとなる。
「いったい、どんな猛獣と戦ったら、あんなことになるんですかねえ?」
「わたくし、血の気がゾッと引いてしまいましたわ……。あそこまでむごたらしく、相手を完膚無きまで叩きのめすモノですの?」
セイ=レ・カンコーが顎を右手でさすりながら、渋い表情へと変わっている。そしてリリー=フルールは青ざめたことで、白い頬がさらに白くなっており、生気を若干失くしてしまっているのがロック=イートの眼にはっきりとわかる。ロック=イートはそんな彼女の顔を見て、なんだか怒りがわいてきてしまう。先ほど運ばれてきた戦士は自分の負けをなかなかに認めなかったために、不必要に相手側が攻撃を繰り出さなければならなかったのかもしれない。
しかし、これはロック=イートの希望的観測である。考えられることとして、もう一方の胸くそが悪くなるような可能性も考えられる。それはわざと相手をじわじわと追い詰めた場合だ。要はなぶり者にしたということだ。運ばれていった戦士をちらっとしか見ていないロック=イートであったために、次に当たる予選決勝の相手はどちらの方なのかを判別できないでいた。ロック=イートは一介の戦士として闘いを楽しむ男である。しかし、相手をなぶり者にすることは好まない男だ。自分のその時に出せる限りの全力をもってして、相手を打ちのめす。そこに自分なりの闘いの美学を持っている。
もちろん、これは相手が自分より数段劣る格下にも同じというわけではない。そういった相手には、実力の差を見せつけて、早々に決着をつけてしまうタイプだ。ロック=イートは右手で左腕をさすり、自分が万全の体勢になっているのかのチェックをする。もし、相手が敵対する者をいたぶるような性格の持ち主であるならば、一気に決着をつけてしまわねば、要らぬ怪我を負ってしまう可能性が高い。次の試合はあくまでも予選決勝であり、本戦ではないのだ。こんなところでつまづいている余裕など、ロック=イートには無いと断言できよう。
3人それぞれに思うところがあるが、控室の中では言葉少なくなっていた。リリー=フルールはロック=イートの身の安全を願っているが、何か言わんとすれば、それが現実に起こりうる可能性がありそうな気がしてたまらなかった。だからこそ、ロック=イートにかける言葉が見つからない状態だったのである。そんな彼女に対して、ロック=イートは右手でポンポンと軽くリリー=フルールの頭を撫でる。
「大丈夫だって。俺は『世界最強の生物』になる男だぜ? こんなところでつまらない怪我なんかしないって」
「そう……だけど。でも、やっぱり心配なのですわ。ロックがさっきのヒトみたいに傷だらけになってしまうんじゃないかと思うと」
「だから、大丈夫だって。てか、そろそろ観客席に戻っておいたほうが良いと思うぞ? コープ様まで控室にやってきたら、俺の集中力が切れそうだからさ?」
ロック=イートがそう言うモノの、リリー=フルールは唇をアヒルのクチバシのように尖らせて、不満気な表情をその顔に映す。なかなかその場から動かぬリリー=フルールの背中を押したのはセイ=レ・カンコーであった。最終調整に入るから、ふたりっきりにしてほしいですぜと、とにかく理由をつけて、リリー=フルールを控室の外へと追い出してしまう。
「んで……。ロックさん。相手の武器はいったい何だと思います? あっしの予想を言っていいですかい?」
「いや、なんとなく俺も察しているから、それは良いかな。というよりかは、変な予測を立てるよりも、自分の眼で直接確かめたほうが結果的に良さそうな気はする」
「じゃあ、いつも通りの最終調整といきましょうぜ。左腕に違和感が無いかどうかのチェックが一番大事ですなっ」
セイ=レ・カンコーがそう言うと、両手に革製の厚手のミットをハメる。そして、ベッドから身を起こしたロック=イートがそのミット目がけて、左右交互にパンチを繰り出す。いついかなる時も基本を忘れないことこそが、ロック=イートの強みでもあった。
そうこうしているうちに、会場の準備が出来上がり、試合管理人のひとりがロック=イートたちがいる控室へとやってくる。そして、あと10分ほどで予選決勝が執り行われるので、準備を怠らないようにと伝達される。そして、何かのついでのように、この予選決勝に勝った者が主アンゴルモア大王からいくばくかの報奨をもらえることも、彼らに伝えるのであった。その試合管理人のひとりが控室から退出すると、セイ=レ・カンコーが冗談交じりに
「ロックさんは主アンゴルモア大王に何をもらうんですかい? 貴方様が座っている玉座を俺に譲れとでも言うんですかい?」
「ははっ。譲ってもらっても嬉しくも何ともないよ。ああいうのは自分の手で奪い取ってだとおもうけどな?」
ロック=イートの返しにセイ=レ・カンコーは口元をミットで隠してクックックと笑ってしまう。譲られても嬉しくない。奪ってこそ価値があると言い切るロック=イートの矜持を感じられる台詞にセイ=レ・カンコーは嬉しくなってしまう。
「さすがはロックさんですぜ。じゃあ、次の試合は是が非でも負けらせませんなあ?」
「出来る限りのことはするさ。予選決勝まで残った相手に無傷で済むなんて甘いことは一切考えていないよ。リリー様にまた治療魔術を施してもらうことになることになるけど、さすがに辟易とした顔をされちまうかなあ?」
リリー=フルールはロック=イートのためにこの2カ月余り、水の魔術を用いた治療魔術を学んできたのである。屋敷に魔術大学所属の高位魔術師を呼び、特別な訓練を施してもらったのである。コープ=フルールは彼を雇うのに経費で落ちないかとフルール商会本部へ相談しにいったという裏話もあるが、それは今はあまり関係無い話なので割愛させてもらおう。
とにかくリリー=フルールもまた、ロック=イートと共に闘おうという決意に燃えており、基礎だけで通常1年は習得にかかるというのに、リリー=フルールは愛の力をもってして、2カ月余りでを治療魔術の基礎を会得してしまったのである。
身体全体を何か鋭い爪で掻きむしられたかのように、その戦士はズタボロであった。身に着けている金属製の鎧ごと、身体の表面を削られている。身体のそこかしこから血が噴き出し、見るも凄惨な姿になっていたのである。控室は医務室も兼ねていたが、ここの施設では治療が間に合わぬということで、その戦士は控室では無く、予選会場の外にある専門の治療施設へと運ばれることとなる。
「いったい、どんな猛獣と戦ったら、あんなことになるんですかねえ?」
「わたくし、血の気がゾッと引いてしまいましたわ……。あそこまでむごたらしく、相手を完膚無きまで叩きのめすモノですの?」
セイ=レ・カンコーが顎を右手でさすりながら、渋い表情へと変わっている。そしてリリー=フルールは青ざめたことで、白い頬がさらに白くなっており、生気を若干失くしてしまっているのがロック=イートの眼にはっきりとわかる。ロック=イートはそんな彼女の顔を見て、なんだか怒りがわいてきてしまう。先ほど運ばれてきた戦士は自分の負けをなかなかに認めなかったために、不必要に相手側が攻撃を繰り出さなければならなかったのかもしれない。
しかし、これはロック=イートの希望的観測である。考えられることとして、もう一方の胸くそが悪くなるような可能性も考えられる。それはわざと相手をじわじわと追い詰めた場合だ。要はなぶり者にしたということだ。運ばれていった戦士をちらっとしか見ていないロック=イートであったために、次に当たる予選決勝の相手はどちらの方なのかを判別できないでいた。ロック=イートは一介の戦士として闘いを楽しむ男である。しかし、相手をなぶり者にすることは好まない男だ。自分のその時に出せる限りの全力をもってして、相手を打ちのめす。そこに自分なりの闘いの美学を持っている。
もちろん、これは相手が自分より数段劣る格下にも同じというわけではない。そういった相手には、実力の差を見せつけて、早々に決着をつけてしまうタイプだ。ロック=イートは右手で左腕をさすり、自分が万全の体勢になっているのかのチェックをする。もし、相手が敵対する者をいたぶるような性格の持ち主であるならば、一気に決着をつけてしまわねば、要らぬ怪我を負ってしまう可能性が高い。次の試合はあくまでも予選決勝であり、本戦ではないのだ。こんなところでつまづいている余裕など、ロック=イートには無いと断言できよう。
3人それぞれに思うところがあるが、控室の中では言葉少なくなっていた。リリー=フルールはロック=イートの身の安全を願っているが、何か言わんとすれば、それが現実に起こりうる可能性がありそうな気がしてたまらなかった。だからこそ、ロック=イートにかける言葉が見つからない状態だったのである。そんな彼女に対して、ロック=イートは右手でポンポンと軽くリリー=フルールの頭を撫でる。
「大丈夫だって。俺は『世界最強の生物』になる男だぜ? こんなところでつまらない怪我なんかしないって」
「そう……だけど。でも、やっぱり心配なのですわ。ロックがさっきのヒトみたいに傷だらけになってしまうんじゃないかと思うと」
「だから、大丈夫だって。てか、そろそろ観客席に戻っておいたほうが良いと思うぞ? コープ様まで控室にやってきたら、俺の集中力が切れそうだからさ?」
ロック=イートがそう言うモノの、リリー=フルールは唇をアヒルのクチバシのように尖らせて、不満気な表情をその顔に映す。なかなかその場から動かぬリリー=フルールの背中を押したのはセイ=レ・カンコーであった。最終調整に入るから、ふたりっきりにしてほしいですぜと、とにかく理由をつけて、リリー=フルールを控室の外へと追い出してしまう。
「んで……。ロックさん。相手の武器はいったい何だと思います? あっしの予想を言っていいですかい?」
「いや、なんとなく俺も察しているから、それは良いかな。というよりかは、変な予測を立てるよりも、自分の眼で直接確かめたほうが結果的に良さそうな気はする」
「じゃあ、いつも通りの最終調整といきましょうぜ。左腕に違和感が無いかどうかのチェックが一番大事ですなっ」
セイ=レ・カンコーがそう言うと、両手に革製の厚手のミットをハメる。そして、ベッドから身を起こしたロック=イートがそのミット目がけて、左右交互にパンチを繰り出す。いついかなる時も基本を忘れないことこそが、ロック=イートの強みでもあった。
そうこうしているうちに、会場の準備が出来上がり、試合管理人のひとりがロック=イートたちがいる控室へとやってくる。そして、あと10分ほどで予選決勝が執り行われるので、準備を怠らないようにと伝達される。そして、何かのついでのように、この予選決勝に勝った者が主アンゴルモア大王からいくばくかの報奨をもらえることも、彼らに伝えるのであった。その試合管理人のひとりが控室から退出すると、セイ=レ・カンコーが冗談交じりに
「ロックさんは主アンゴルモア大王に何をもらうんですかい? 貴方様が座っている玉座を俺に譲れとでも言うんですかい?」
「ははっ。譲ってもらっても嬉しくも何ともないよ。ああいうのは自分の手で奪い取ってだとおもうけどな?」
ロック=イートの返しにセイ=レ・カンコーは口元をミットで隠してクックックと笑ってしまう。譲られても嬉しくない。奪ってこそ価値があると言い切るロック=イートの矜持を感じられる台詞にセイ=レ・カンコーは嬉しくなってしまう。
「さすがはロックさんですぜ。じゃあ、次の試合は是が非でも負けらせませんなあ?」
「出来る限りのことはするさ。予選決勝まで残った相手に無傷で済むなんて甘いことは一切考えていないよ。リリー様にまた治療魔術を施してもらうことになることになるけど、さすがに辟易とした顔をされちまうかなあ?」
リリー=フルールはロック=イートのためにこの2カ月余り、水の魔術を用いた治療魔術を学んできたのである。屋敷に魔術大学所属の高位魔術師を呼び、特別な訓練を施してもらったのである。コープ=フルールは彼を雇うのに経費で落ちないかとフルール商会本部へ相談しにいったという裏話もあるが、それは今はあまり関係無い話なので割愛させてもらおう。
とにかくリリー=フルールもまた、ロック=イートと共に闘おうという決意に燃えており、基礎だけで通常1年は習得にかかるというのに、リリー=フルールは愛の力をもってして、2カ月余りでを治療魔術の基礎を会得してしまったのである。
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