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第5章:首輪と鎖

第1話:目覚め

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「リリーお嬢様。何も使用人のひとりにそこまで情をかける必要などないはずですのじゃ」

「うるさいわね、ゴーマ。あんたはお父様の仕事を手伝ってなさいよ。これは趣味。趣味の範疇でやっていることなのだから、ほっといてほしいのですわっ!」

 裏武闘会で一つ目入道サイクロプスを打倒したロック=イートであったが、深手を負い、そのまま気絶に至る。そして、彼は急いで医務室に運ばれる。大怪我はしているが、命に別状は無いと、そこの医者が言っていた。しかしながら気が気でなかったリリー=フルールはロック=イートの看病は自分がすると言い出したのだ。そして、ロック=イートはコープ=フルールの屋敷に運ばれ、さらにはリリー=フルールの部屋にある薄桃色のレースがかかった天蓋つきのベッドで寝かされることとなる。

 ロック=イートはあの闘いから三日間、目を覚ますことはなかった。リリー=フルールはそれでも彼が再び目覚めることを信じて、熱心に彼の看病をしつづける。そして、四日目の朝を少し過ぎた頃にロック=イートが目を覚ますことになる。

「うーーーん。よく寝たなあ……。って、俺、なんでこんなふかふかなベッドの上で寝ているんだ?」

 ロック=イートは薄桃色のレースがかかったベッドの上で目覚めたことにより、驚きの表情をまずは浮かべることとなる。産まれてこの方、これほどまでに寝心地の良いベッドで横になったことなど1度たりとてない。身体全体が包み込まれるようにベッドのマットに沈んでいた。それなのに不快感は一切ないのだ。身動きは当然しにくいのだが、逆にそれが心地よく感じてしてしまうことに不思議な感情を抱いてしまうことになる。

 ロック=イートは額の上に乗っているタオルをどかし、次に上半身を起こし、ベッドの上から辺りを見回す。その眼に映るのは薄紫色の壁に鏡台や箪笥などの家具類。そして、ベッドの近くにあるテーブルには水が張ってある大き目の真鍮製のボールであった。あきらかにそのボールに入っている水でさきほどまで自分の額の上に乗っけられていたタオルを湿らせていたのが想像できた。

(誰かが俺を看病していてくれていた? でも、いったい誰が?)

 ロック=イートがそう疑問を抱く。自分の左腕は木板を支えにして包帯でグルグル巻きにされている。その左腕に力を込めると、ズキッ! という鈍い痛みが全身を駆け巡ることとなる。ロック=イートはその痛みにより、裏武闘会で無理をしすぎたことを思い出すこととなる。多分ではあるが、ロック=イートの左肩は『轟を以てして重を制す』を発動することにより、肩が外れかけていたのだろうと。そして、その状態でありながら、一つ目入道サイクロプスとの戦いを続行した。結果的に左腕のスジを痛めてしまったのだろうとうと予想する。

 ロック=イートが他にも怪我をしている箇所が無いかとその両目で全身をくまなくチェックする。そして、この時になってようやく自分がまるで赤ん坊のようにオシメ姿なことに気づくこととなる。

「あっ! ロック! 気が付いたのですわねっ! 良かったのですわ……」

 部屋のドアを開き、中に入ってきた人物の第一声がそれであった。彼女はロック=イートが目を覚まし、上半身を起こしている姿を見て、心底、安堵した表情へと変わっていた。そして、嬉しそうなステップを踏んでベッドに近づく。ロック=イートは次に彼女が取った行動に眼を白黒させてしまう。

「あっは~ん。わたくしの騎士様……。目覚めのキスは必要でして?」

 なんとリリー=フルールはベッドの上で上半身を起こしているロック=イートにいきなり抱き着き、潤んだ瞳のままにロック=イートの顔に自分の顔を近づけていくのである。ロック=イートは驚きのあまりに体勢を崩し、ベッドの上でリリー=フルールに押し倒される形となる。だが、そんなロック=イートに対して、リリー=フルールはさらに攻勢を強め、ロック=イートの頬にチュッ! と接吻せっぷんしてしまうのである。自分からそうしておいて、リリー=フルールは今度は自分の頬を両手で抑えつつ、顔を左右に振り

「あら、いやですわ。わたくしとしたことがはしたない……。ロックが眼を覚ましてくれたことで、少しばかり舞い上がってしまいましたわ」

 リリー=フルールは恥ずかしそうな所作をしつつ、そう言うのであるが、反省している様子は一切感じられない。そして、テキパキと手を動かし、ベッドの上に転がっているタオルを真鍮製のボールに入れて、その中の水で洗いだす。そして、雑巾を絞るかのようによいしょっとタオルを力いっぱいに絞り、今度はロック=イートの身体を拭き始めたのである。

「ちょっと待ってくれっ! まったくもって状況がわからないんだがっ!」

 ロック=イートが右腕を彼女によって無理やり引っ張られて、上半身を起こされる。そして、彼女はフンフン~と鼻歌まじりにロック=イートの右腕を湿ったタオルで拭っているのだ。何故にあれほどまでに自分を邪険に扱ってきたリリー=フルールがそんなことをしているのかが一切理解できないロック=イートである。

「今更、恥ずかしがることではありませんことよ? 貴方の身体を拭くだけじゃなく、貴方が今つけているオシメも、わたくしが交換してさしあげていましたのよ?」

「え……。えええ!?」

 素っ頓狂な声をあげるロック=イートであったが、それでもリリー=フルールはうふふと笑みを零すだけの反応であった。まるで自分は当たり前のことをしたまでだという感じを態度で示すリリー=フルールである。リリー=フルールはロック=イートの右腕を濡れタオルでよーく拭きあげた後、さらに彼の右わきから横腹にかけてを拭く。ロック=イートはこそばゆくてたまらない感じであった。やめてほしいのはやまやまなわけで、彼女にそんなことをしなくても良いと言っているのに、リリー=フルールは一向に止めるつもりは無いらしく、背中をこちらに向けてほしいと言い出す始末であった。

「ロックの身体の隅々まで、わたくしはお世話をさせてもらいましたのよ? それこそシモのお世話まで……。責任を取ってもらわないと困る立場になっていますのよ?」

 ロック=イートは天蓋付きのベッドを仰ぎみる他無かった。自分が気を失い、このベッドの上に運ばれてから、どんなことをされていたのか、考えただけでもゾッとしてしまう。自分を看護してくれていたのがセイ=レ・カンコーならどれほど良かったモノかと思ってしまう。気絶してしまい無抵抗であった自分を恨めしく思わずにはいられない。ロック=イートが裏武闘会で倒れてから、この三日間、タイガー・ホールに居たあの5年前のショックをぶり返すほどの出来事が自分の身に起きていたのである……。
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