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第3章:コープ=フルール

第10話:策謀

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 ロック=イートがコープ=フルールの屋敷に到着してから、三日後、コープ=フルールの言う通りに、事が運ぶこととなる。ロック=イートとそのトレーナー兼サポーターであるセイ=レ・カンコーが二頭の馬が繋げられた立派な箱馬車に乗ることになる。同席していたのは、コープ=フルールとその娘であるリリー=フルール。そして、向かい合わせの席にロック=イートとセイ=レ・カンコーが座ることとなる。

 はっきり言って、コープ=フルール親子とロック=イートたちの恰好は非常に差があった。ロック=イートたちは恥をかかない程度の格好に対して、コープ=フルールはアイロンがよくきいた黒のタキシードを羽織って、蝶ネクタイといった正装をしているし、娘のリリー=フルールは王族たちの舞踏会にでも出席するかのように麗しい紅いドレスに身を包み込んでいる。ロック=イートとしては、馬子にも衣装とはまさにこのことだなと感心せざるをえないのであった。

「ごほん。そんなに愛しの我が娘をジロジロ見ないでくれませんかね? 馬車から突き落としたい気分になりますので」

「あ……。すいません。リリー様が大変、美しく見えて」

 ロック=イートは心に思ったことをそのまま口に出してしまった。現にあのはねっかえりのリリー=フルールとは思えないほどの美しさである。白い肌を隠すかのような紅いドレスは彼女を大人の女性レディに仕立て上げている。ニンゲン、着るものが変われば、ここまで印象が変わるモノかと思い知らされるロック=イートであった。しかし、褒められた側のリリー=フルールは唇をアヒルのくちばしのようにしている。

「わたくしは元々、美しいのっ。それこそ、このシュマルカルデン一番の美人と噂されているほどよ?」

 リリー=フルールがそうつっけんどんな態度と共に手厳しく言いのけるので、言われた側のロック=イートとしては、たはは……と零す他いたしかたなかった。黙ってれば、文句なしの美人であるのに、何故に口を開けば、ここまで毒を含んだ言い方が出来るモノかと呆れを通り越して、感心せざるをえないロック=イートである。そんな彼が隣に座るセイ=レ・カンコーに助け舟を出してもらおうと目配せするのだが、セイ=レ・カンコーは眼を閉じ、胸の前で腕組をし、寝たふりを敢行し始めたのである。

(セイさんめっ! 面倒事に巻き込まれたくないからって、狸寝入りしてやがるっ!)

 ロック=イートが一発、セイ=レ・カンコーを右のこぶしで小突いてやろうかとさえ思うが、セイ=レ・カンコーはもう食べれないですぜ~とわざとらしい寝言を言い出す始末であった。後で覚えていろよと思いつつ、逃げ場の無い箱馬車の中で、嫌に上機嫌に鼻歌を鳴らすコープ=フルールの相手をするしかなくなったロック=イートであった。

「ふんふんっ。あ~、裏武闘会に出席するのは、いつぶりでしょうか。血沸き肉躍る男たちの闘いは観ているだけで、こちらも興奮します」

「お父様。たった2カ月前にも貴族のご招待を受けて、行ってきたばかりでしょ? わたくしは血生臭いことは嫌なのですわ」

 2人の会話からロック=イートは、コープ=フルールが今回初めて、裏武闘会とやらに出席するわけではないことを今頃になって知ることになる。なんせ、何の情報も与えてくれないのだ。自分のご主人様は。この三日間、コープ=フルールがちらちらと屋敷の中庭の方を視察していたのは、ロック=イートも感づいていた。だが、彼がロック=イートに声をかけてくることは一切無かった。屋敷内でロック=イートが彼に出くわした折りに、どんな感じの武闘会なのでしょうか? と尋ねたこともある。だが、問われておきながら、安心シテクダサイと片言の返事を繰り返すのみである。これで不安にならないニンゲンがいるなら、そいつの胸をナイフで切り開いて、心臓にタワシのような毛が生えているのかを確認したくなるくらいだ。

「あの……。いい加減、話してくれますよね? 俺が出場することになっている裏武闘会がどういうことをする場所なのかを」

 コープ=フルールとその娘であるリリー=フルールが談笑しあっているところに割り込みを入れるのは悪いと思いつつも、馬車が揺れるたびに、ロック=イートの不安感も増してきていた。そして、ついに耐えかねて、ロック=イートは失礼を承知で2人の間に割って入ることなる。

「う~~~ん。そんな捨てられた子犬のような眼で、私に訴えかけられましてもねえ……?」

 ロック=イートは意識しているわけでは無いが、不安感で自分の顔が情けないモノになってしまったのかと、両手で頬を撫で上げる。確かに、頬の筋肉が知らずしらずに強張っていたことに気づくのであった。そんな挙動不審のロック=イートに対して、リリー=フルールがため息交じりに助け舟を出すことになる。

「お父様は本当に意地悪なのよ。そんな困った顔で頼むと余計にからかわれましてよ? 三日前にお父様に毅然な態度を取った時のことを思い出してみましては?」

「ははっ! それは逆効果にもなるので、お勧めできませんねっ! 私は相手が強気でも弱気でも、痛めつけてやろうと思う時にはとことんやる男ですからねっ!」

 嬉しそうにそう言うコープ=フルールに対して、リリー=フルールは辟易とした顔つきになってしまう。何故にこんな底意地の悪い父親の下に育って、自分はひねくれ曲がった性格にならなかったのかが不思議でたまらないのである。彼女と同様にロック=イートもまた、このひとはどこまでいっても喰えぬヒトなんだなとげんなりとした顔つきであった。リリー=フルールとロック=イートは眼が合うと同時に、2人揃ってハァァァとため息をつくしかなかった。

「まあ、2人をからかうのはさておいて、実のところ、私にもロック=イートくんの相手がどんなヒトなのか、わからないんですよ」

「それって、どういうことです? コープ様も何も知らされていないんです?」

 コープ=フルールはやれやれと嘆息し、大袈裟に両腕を広げてみせる。彼が言うには、貴族たちが裏武闘会の主催であり、自分はあくまでも招かれている立場であることを。そして、武器の使用についてはさすがに事前に教えてもらえるようだ。こちらが剣における腕利き自慢を用意したというのに、素手で闘えとか後で言われたりしないためにも、そういったことだけは事前通達だったと。しかし、相手がニンゲンなのか魔物モンスターなのかまではわからないそうだ。

「あと、相手の人数とこちらの人数をどうするかの取り決めくらいでしょうかね? いやあ、困りました。こちらはロック=イートくんひとりだと言うのに、ロックくんが東の果てイースト・エンドでも手が付けられない囚人だっと自慢したら、あちらは3人も準備するって言い出しましたよっ!!」
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