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第3章:コープ=フルール
第4話:心づけ
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「おっと!」
散髪屋の主人が力を入れ過ぎたせいで、ゾリッ! とロック=イートの無精髭を剃り落としてしまう。髭は種族によって、その柔らかさや硬さが違ってくることはよくあることだ。散髪屋の主人はロック=イートから自分は半狼半人だと聞かされており、それで強めに力を入れたわけなのだが、ロック=イートの髭はその種族的特徴よりかは遥かに柔らかいモノであったために、つい、やらかしてしまったのである。
「はは……。皮膚まで、そぎ落とさなくて良かったわ。うーん、こうなっちまったら全部剃るしかないか」
皮膚までと言われて、ロック=イートはゾッとしてしまう想いに至る。背中に冷や汗がだらだらと流れて、椅子の背もたれと服がくっついてしまう。その気持ち悪い感触を払いのけるべく、背中をもぞもぞとずらそうとするのだが、動かれては散髪屋の主人のほうが困ることになる。散髪屋の主人はロック=イートの右肩付近に左手を用いて体重を乗せ、ロック=イートが動かないように固定してしまう。
かれこれ15分も過ぎると、すっかりロック=イートの無精髭全てが削ぎ落とされることとなる。ついでとばかりに眉も整えておこうか? と問われたが、ロック=イートは丁重にお断りを入れるのであった。さすがに眉毛を全部剃られるようなことになってしまってはたまったものではない。散髪屋の主人はさも残念そうな顔つきであったが、ロック=イートは断固拒否する構えを取るのであった。
さて、ロック=イートとセイ=レ・カンコーがキレイさっぱりな顔つきになると、コープ=フルールは満足したのか、安物のソファーから腰を上げて、散髪屋の主人に頭を下げて、謝礼を渡す。主人に渡した金額には色がつけられており、主人はニコニコと満面の笑顔となる。ぶっきらぼうがお似合いの主人であるのに、破顔してしまっているところに、ロック=イートは感心せざるをえないのであった。
散髪屋から出た3人であったが、ロック=イートはいくらほど余分に散髪屋の主人に支払ったのかをコープ=フルールに聞くことにする。
「ああ、1割増しといったところですよ。散髪に二人分で銀貨4枚ですが、ちょいと銅貨40枚をつけくわえたわけです」
ロック=イートとしては意外な返答であった。もっと渡したモノとばかり思っていたからだ。しかしながら、それに反論するようにコープ=フルールが口を開く。
「心づけなんてモノは、金額の過多じゃないんですよ。ほんのちょっぴりでも構いません。これは女性を口説く時と同じですね。覚えておいて損はありませんよ?」
コープ=フルールが言うには、相手の期待をほんの少しでも上回っているかどうかがコツであることをロック=イートに教えるのであった。『自分の損はより少なく。相手からの好意はより大きく』。これが自然とわかるようであれば、ロック=イートにも商売人としての才能が持っていることになるので、どこぞの年頃の娘相手に試してはどうか? とコープ=フルールがロック=イートに勧めるのであった。しかしながら、そう言った駆け引きじみたことこはロック=イートは好まない性格である。好きなら好きだとストレートに言ってこそなのではと思ってしまう。それを察してか、コープ=フルールは、ふぅ……と軽くため息をつき
「ロックくんはよっぽど純心に育ってきたんですねえ。あ、これは嫌みとかじゃなくて、羨ましいという意味合いのほうが強めですから」
コープ=フルールは商売を得意とするフルール族の分家に産まれた男である。商人というのは駆け引きこそが大事だと、小さい頃から親にそう叩きこまれている。だからこそ、恋愛事においても駆け引きは存在し、それを意識しているのだ。しかしながら、それと対極にあるニンゲンがロック=イートであった。コープ=フルールは彼を羨ましく思いながらも、そうでありたいとは思わなかった。所詮、生き様が違うのだ。環境も違えば、育ちも違う。そして、今ある立場も違う。だからこそ、対極にあるロック=イートを羨ましく想えども、それ以上に自分は自分だと思うのである。
「さてと……。キミたちの身支度も終えましたので、明日にはこの街を出ます。朝7時には朝食等を終えて、宿の前で私が出てくるのを他の者たちと待っていてください」
宿屋の前に到着したコープ=フルールは、今の今まで付き従っていたロック=イートたちにそう告げるのであった。そして、自分の他の従者たちにロック=イートを預けて、自分は宿の中に消えていく。
「なんか色々と深いことを考えてそうな人だなあ」
「あっしもあの人が何を考えているかは深いところまではわかりませんなあ。物腰は柔らかいんですが、奥を見せてくれないっていうか……」
宿の中に向かっていくコープ=フルールの背中を見ながら、ロック=イートとセイ=レ・カンコーがそう感想を述べる。自分たちの身なりを整えてくれたのは良いが、それは代償を求めていることだからであると、うっすらと感じているロック=イートたちである。だが、それは自分たちを買い取った代金をロック=イートたちに支払えということではなく、もっと何か途方もないことに加担させられる、そう言った予感めいたモノを感じるロック=イートたちであった。
しかし、この時点でコープ=フルールが何を望んでいるかは彼らにはわからなかった。それが徐々に明らかになるのは、ロック=イートたちがアンゴリア大王国に到着してからになる。ロック=イートたちは明朝7時、ポールランド副王国の都市:クラクフから出立することになる。
それから三日間ほどかけて、アンゴリア大王国にある都市:シュマルカルデンに到着することになる。この都市は商業都市として発展しており、まさに生き馬の目を抜くが如くにアンゴリア大王国に所属する3大商家が競い合っていたのだ。織物を主に取り扱うシンシア=カール。食料関係の流通に卓越したシェリー=ノエル、そして各地の工芸品のみならず武具関連にも手を出しているピルカ=フルール。コープ=フルールは一族の長であるピルカ=フルールの命により、ポールランド副王国とよしみを深めるようにと派遣されていたことをロック=イートたちは道すがら知ることとなる。
そして、コープ=フルールは商業都市:シュマルカルデンに到着するや否や、腰も落ち着けずに次の行動へと移ることとなる。それはロック=イートの裏武闘会への参加登録であった。コープ=フルールは1日も早く、ロック=イートの実力を知る必要があったのだ。
「さて、シュマルカルデンに到着したばかりで悪いのですが、三日後に執り行われる貴族たちとの親交会にロックくんも同席してもらうことになりました。ロックくん。キミには大いに期待していますので……」
散髪屋の主人が力を入れ過ぎたせいで、ゾリッ! とロック=イートの無精髭を剃り落としてしまう。髭は種族によって、その柔らかさや硬さが違ってくることはよくあることだ。散髪屋の主人はロック=イートから自分は半狼半人だと聞かされており、それで強めに力を入れたわけなのだが、ロック=イートの髭はその種族的特徴よりかは遥かに柔らかいモノであったために、つい、やらかしてしまったのである。
「はは……。皮膚まで、そぎ落とさなくて良かったわ。うーん、こうなっちまったら全部剃るしかないか」
皮膚までと言われて、ロック=イートはゾッとしてしまう想いに至る。背中に冷や汗がだらだらと流れて、椅子の背もたれと服がくっついてしまう。その気持ち悪い感触を払いのけるべく、背中をもぞもぞとずらそうとするのだが、動かれては散髪屋の主人のほうが困ることになる。散髪屋の主人はロック=イートの右肩付近に左手を用いて体重を乗せ、ロック=イートが動かないように固定してしまう。
かれこれ15分も過ぎると、すっかりロック=イートの無精髭全てが削ぎ落とされることとなる。ついでとばかりに眉も整えておこうか? と問われたが、ロック=イートは丁重にお断りを入れるのであった。さすがに眉毛を全部剃られるようなことになってしまってはたまったものではない。散髪屋の主人はさも残念そうな顔つきであったが、ロック=イートは断固拒否する構えを取るのであった。
さて、ロック=イートとセイ=レ・カンコーがキレイさっぱりな顔つきになると、コープ=フルールは満足したのか、安物のソファーから腰を上げて、散髪屋の主人に頭を下げて、謝礼を渡す。主人に渡した金額には色がつけられており、主人はニコニコと満面の笑顔となる。ぶっきらぼうがお似合いの主人であるのに、破顔してしまっているところに、ロック=イートは感心せざるをえないのであった。
散髪屋から出た3人であったが、ロック=イートはいくらほど余分に散髪屋の主人に支払ったのかをコープ=フルールに聞くことにする。
「ああ、1割増しといったところですよ。散髪に二人分で銀貨4枚ですが、ちょいと銅貨40枚をつけくわえたわけです」
ロック=イートとしては意外な返答であった。もっと渡したモノとばかり思っていたからだ。しかしながら、それに反論するようにコープ=フルールが口を開く。
「心づけなんてモノは、金額の過多じゃないんですよ。ほんのちょっぴりでも構いません。これは女性を口説く時と同じですね。覚えておいて損はありませんよ?」
コープ=フルールが言うには、相手の期待をほんの少しでも上回っているかどうかがコツであることをロック=イートに教えるのであった。『自分の損はより少なく。相手からの好意はより大きく』。これが自然とわかるようであれば、ロック=イートにも商売人としての才能が持っていることになるので、どこぞの年頃の娘相手に試してはどうか? とコープ=フルールがロック=イートに勧めるのであった。しかしながら、そう言った駆け引きじみたことこはロック=イートは好まない性格である。好きなら好きだとストレートに言ってこそなのではと思ってしまう。それを察してか、コープ=フルールは、ふぅ……と軽くため息をつき
「ロックくんはよっぽど純心に育ってきたんですねえ。あ、これは嫌みとかじゃなくて、羨ましいという意味合いのほうが強めですから」
コープ=フルールは商売を得意とするフルール族の分家に産まれた男である。商人というのは駆け引きこそが大事だと、小さい頃から親にそう叩きこまれている。だからこそ、恋愛事においても駆け引きは存在し、それを意識しているのだ。しかしながら、それと対極にあるニンゲンがロック=イートであった。コープ=フルールは彼を羨ましく思いながらも、そうでありたいとは思わなかった。所詮、生き様が違うのだ。環境も違えば、育ちも違う。そして、今ある立場も違う。だからこそ、対極にあるロック=イートを羨ましく想えども、それ以上に自分は自分だと思うのである。
「さてと……。キミたちの身支度も終えましたので、明日にはこの街を出ます。朝7時には朝食等を終えて、宿の前で私が出てくるのを他の者たちと待っていてください」
宿屋の前に到着したコープ=フルールは、今の今まで付き従っていたロック=イートたちにそう告げるのであった。そして、自分の他の従者たちにロック=イートを預けて、自分は宿の中に消えていく。
「なんか色々と深いことを考えてそうな人だなあ」
「あっしもあの人が何を考えているかは深いところまではわかりませんなあ。物腰は柔らかいんですが、奥を見せてくれないっていうか……」
宿の中に向かっていくコープ=フルールの背中を見ながら、ロック=イートとセイ=レ・カンコーがそう感想を述べる。自分たちの身なりを整えてくれたのは良いが、それは代償を求めていることだからであると、うっすらと感じているロック=イートたちである。だが、それは自分たちを買い取った代金をロック=イートたちに支払えということではなく、もっと何か途方もないことに加担させられる、そう言った予感めいたモノを感じるロック=イートたちであった。
しかし、この時点でコープ=フルールが何を望んでいるかは彼らにはわからなかった。それが徐々に明らかになるのは、ロック=イートたちがアンゴリア大王国に到着してからになる。ロック=イートたちは明朝7時、ポールランド副王国の都市:クラクフから出立することになる。
それから三日間ほどかけて、アンゴリア大王国にある都市:シュマルカルデンに到着することになる。この都市は商業都市として発展しており、まさに生き馬の目を抜くが如くにアンゴリア大王国に所属する3大商家が競い合っていたのだ。織物を主に取り扱うシンシア=カール。食料関係の流通に卓越したシェリー=ノエル、そして各地の工芸品のみならず武具関連にも手を出しているピルカ=フルール。コープ=フルールは一族の長であるピルカ=フルールの命により、ポールランド副王国とよしみを深めるようにと派遣されていたことをロック=イートたちは道すがら知ることとなる。
そして、コープ=フルールは商業都市:シュマルカルデンに到着するや否や、腰も落ち着けずに次の行動へと移ることとなる。それはロック=イートの裏武闘会への参加登録であった。コープ=フルールは1日も早く、ロック=イートの実力を知る必要があったのだ。
「さて、シュマルカルデンに到着したばかりで悪いのですが、三日後に執り行われる貴族たちとの親交会にロックくんも同席してもらうことになりました。ロックくん。キミには大いに期待していますので……」
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