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第17章:ヨン=ウェンリー

第9話:選ばれし民

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「タケルお兄ちゃぁぁぁん……」

「どうしたんだ、エーリカ。甘い声を出して」

「あたし、もう……、限界なのぉぉぉ」

 エーリカはそう言うと、しがみついていたタケルの身体から滑り落ちていく。そんなエーリカの身体に自分にも巻き付いていた毛布を全て、エーリカを優しく包み込むことに費やしてしまう。カエルの焼肉を腹いっぱいに食べたために、この後のお楽しみであった温泉を楽しめなくなってしまう。タケルがエーリカの身体を支えながら、途中までなんとか頑張っていたが、エーリカは限界に達していたのだ。

「おやおや。相当に無理をしていたみたいやな。わいも手伝うさかい、身体を湯舟に浸からせておくんやで。眼が覚めた時は温泉のエネルギーを吸い取って、元気いっぱいって寸法や!」

「それは魅力的な提案だな。てか、そこまでやる必要があるのか?」

 タケルが未だにやわらかな地熱を発している豊穣な土の上に尻を乗せ、さらには毛布から頭だけを出しているエーリカのその頭を優しく撫でていた。そんな優しい世界にこっそり足を踏み入れた人物がタケルに助言をおこなった形であった。

 タケルはエーリカの上半身を持ち、大精霊使い:ヨン=ウェンリーがエーリカの下半身部分を持ち上げた。俺たちは山賊かよとも言いたげな何とも壮絶な絵面だと思いながら、エーリカを温泉へと運んでいく。ヨン=ウェンリーは食事が終わった者から順番に温泉を楽しんでほしいと皆にあらかじめ言ってあった。

 しかしながら、エーリカ同様、疲れの限界に達していた者が大勢いたために、ここまで来る途上で脱落してしまった者が大勢いたのである。それでも、なんとかヨン=ウェンリーの大温泉にやってきた者たちは、脱落していった他の者たちには悪いと思いつつも、逃走劇の疲れを先に癒していたのである。

 大精霊使いのヨン=ウェンリーは呪力ちからを行使して、手ごろなサイズの石を敷き詰めることで創り上げた浅い湯舟を10個、用意していた。そこにキレイな水を流し込み、さらに地熱を利用して、その水をぬるめの温度へと上昇させたのである。

 少しばかりお湯の温度が足りない気がしたが、それでも温かいお湯は血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団並びに流民たちの心と身体をしっかりと癒してくれた。合わせて7千人近くいる中で、その贅沢過ぎる温泉を今の時点で楽しめたのはたった100人であった。その100人は選ばれた民と言える存在であったかもしれない。

 タケルはその選ばれし民の仲間入りを果たす。ヨンの手を借りて、エーリカを湯舟の中へと入れると、自分はスヤスヤと眠るエーリカの隣に座ることになる。湯舟の中で尻をつき、足を延ばせば、浅い湯舟であったとしても、タケルのみぞおち辺りにまで湯が届いていた。

「うっひぃぃぃ。気持ちいいぜ……。コッシローもそう思わないか?」

「大精霊使い様のあからさまな接待だと思うと、湯舟に浸かっているというのに、背筋が寒くなる気分でッチュウ。まあでも、ヨンを疑わしいと思えども、温泉の湯には罪は無いのでッチュウ。ボクも心と身体を素直に癒されておくでッチュウ」

 コッシローは非情なことに、エーリカが眠さの限界を迎えて、途中で力尽きたというのに、その場にいたコッシローはタケルとヨンの手伝いもせずに、一足先に温泉へと向かってしまったのだ。コッシローは器用なことに、風呂桶の中に湯を少し入れて、湯舟の中に沈まぬように調整する。そして、その自分専用の湯舟を温泉の湯舟に浮かべて、その中で温泉の湯を楽しんでいたのである。

 そんなコッシローにとって、タケルたちのほうがよっぽどお邪魔虫だったのだ。10個も湯舟が用意されているのであれば、よそに行けば良いはずである。だが、タケルは間抜けなことに大精霊使いのヨン=ウェンリーの誘導に従ってしまったのである。

 しかしながら、こればかりは仕方が無いと言えた。エーリカの下半身部分を持ち、さらには温泉へ導こうとしたがヨンなのである。タケルがその時に考えていたのは、エーリカを落としてしまわぬことであった。そちらに集中する余り、ヨンの誘導に気づきさえもしなかったのだ。

「んで? ボクとタケル、エーリカちゃん。さらにはヨン=ウェンリー。この三人と一匹を一つの湯舟に集めたのは、ちゃんとした理由があってのことでッチュウよね?」

 いつの間にか、高貴な服を全部脱ぎ捨てたヨンが自分たちと同じ湯舟に入り込んできていた。そんなヨンは眼福眼福とばかりに他の湯舟に入っている男女たちを遠目に眺めていたのである。そんなお楽しみの真っ最中であるヨンに問いかけをおこなったコッシローであった。だが、ヨンは視線を仲睦まじい男女たちの方から外さぬままであった。

「最初に誤解を解いておくやで。わいはホモじゃなくて、バイや。だから、どっちの恋愛も応援する立場を取るんやで」

「ヨン、ぶっ飛ばすでッチュウよ? 仲睦まじい男女を見ながら、最初に出す言葉がそれでッチュウか?」

「いやいや。タケルくんはわいのことをほとんど覚えておらんはずや。だから、まずはわいの性的指向に対する誤解をきっちりと解消しておくべきやと思ったまでなんや」

 この時になって、ようやくヨンはこちらに顔と身体を向けてくる。こいつはただ単に、こちらに横顔を見せつつ、キリッとした顔で名セリフっぽいことを言ってみたかっただけなのは、付き合いの長いコッシローには手に取るようにわかってしまっていた。だが、タケルは何も気付かぬままに半ば感心しながら、ヨンと会話を始めるのであった。

「なんだ。そういうことか。クロウリーと同様、俺はヨンさんとの面識が過去にあったんだな。クロウリーほどではないけど、俺はヨンさんにお世話になったような気がしてたんだ」

「せやで。きみとクロウリーくんはほんまの兄弟のように仲が良かったんや。それもわいが嫉妬してまうくらいになあ。で? どっちにするか決めはったんか?」

「おい……。ヨン。それ以上、センシティブな部分に触れるなら、いくら助けてもらった恩人のお前であったとしても戦争なのでッチュウ。その覚悟があって、タケルを惑わしているんでッチュウよね??」

 コッシローの声には重低音が鳴り響いていた。ヨンはそんなに怒らんといてえやあとコッシローに平謝りする。置いてけぼり感真っ只中のタケルは頭の上にクエスチョンマークを浮かべる他無かった。

「まあ、気にせんといてえやあ。タケルくんに記憶が無いのは仕方が無い話や。わいの愛しのクロウリーくんもそうなんやろ?」

「お、おう。俺とクロウリーは昔に弟子とその師匠っていう間柄なのは覚えているけど、お互いにどういった弟子とその師匠ってのがまったくもって、思い出せねえ。それはそうあるべきだという世界の仕組みになってんのか?」

「うーーーん。どうやろうなあ。わいもそこらへんは実のところ、わかってないんや。でも、それを抜きにしてもわかっておることがある。愛しのクロウリーが愛してやまないタケルくんのためとなれば、わいはタケルくんを手助けすることに、何の躊躇もないんやな、これが」
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