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第16章:逃避行

第1話:ゴコウの町

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――竜皇バハムート3世歴462年 8月13日――

「ブルース! アベル! 今の状況を教えてっ!」

「エーリカとカキン殿、無事に合流できたでござるかっ! こちらはエーリカの指示通り、ゴコウの町を頼ろうとしたのでござる! だが、ゴコウの町の住人たちからの報せを受け、ゴコウの町に入らずに、エーリカたちの到着を待っていたでござる!」

「ゴコウの町の住人たちによれば、アデレート王家の代表者であるオウロウ=ケイコウ殿が急病で病に伏せたとのことだっ! しかもだ、容態は悪化の一途にあり、後継者を巡る争いが起きたらしい! しかも、次代の王はホバート王国からの援軍を邪魔に思っている者らしい!」

 ブルース=イーリンとアベルカーナ=モッチンはエーリカたちがロリョウの町で時間稼ぎをおこなってくれている間に、南ケイ州からの流民6千人を連れて、アデレート王家の仮のみやこであるカイケイのみやこを目指していた。その途上にあるゴコウの町で、エーリカと合流する予定であった。

 だが、ブルースとアベルはゴコウの町からの報せを受けて、ゴコウの町の手前1キュロミャートル手前で、進軍を止めていた。ゴコウの町の住人たちの言うことが本当であれば、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団と流民6千人がアデレート王国に留まることが出来る土地は無くなっているということになる。

 ブルースたちはエーリカが到着する前に、出来る限りの情報収集に努めた。そして、集めた情報から推測するに、エーリカの指示を仰ぐしかないという結論に至るのであった。

「そうね……。今の剣王の存在がこれほどまでにアデレート王国全体に影響を及ぼしていたのは、あたしとしても計算外すぎたわね。わかった。アデレート王国自体から撤退しましょ」

「アデレート王国自体から? それはホバート王国へと逃げ帰るということでござるか!?」
 慌てふためくブルースたちに対して、エーリカは首を左右に振る。そうした後、憂い顔になりながら、北の方へと顔を向ける。エーリカとクロウリーは、テクロ大陸本土へ上陸する前に、上陸地点をどこにしようか相談しあった。その上陸地点の候補のひとつである場所を示すエーリカであった。

「なるほど……。悠長に船でホバート王国へ戻ることも叶わぬ今となっては、そちらに向かうほうが懸命でござるな」

「ケアンズ王国か。しかし、あちらは納得するのか? アデレート王国で上手くいかなかったからといって、今更、どの面下げて、やってきた? と言われかねん。だが、それでも、それがしたちが頼るは南ケアンズ王族領か」

「うん。虫の良いことを頼みに行くのは、あたしも承知よ。でも、あたしたちだけの問題じゃないわ。あたしたちは南ケイ州からの流民6千人を抱えてる。あたしたち血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団うんぬんよりも、保護した流民たちの安全を第一に確保しなきゃ、あたしたちはテクロ大陸のどこに言っても、鼻つまみものにされる」

 エーリカたちが今、テクロ大陸で存在を許されているのは、流民たちのおかげであったとも言えた。この流民たちは、エーリカを頼るしかない。逆説的に言えば、彼らはエーリカたちが護らなければいけない、エーリカが興す国の国民たちなのだ。エーリカはアデレート王家のシュウザン将軍と流民の扱いについて、ぶつかった時点で、エーリカには流民たちを護る義務があった。

 エーリカ自身は、すでにその時、腹が決まっていた。そもそもとして、アデレート王家に助けてもらおうとは考えていなかった。アデレート王家から土地を奪ってでも、この流民たちが安全に暮らせる場所を確保しようと思っていたのだ。その場所が南ケイ州やアデレート王家が支配するヨク州ではなくなっただけである。

「ゴコウの町からの親切を最大限に受けましょ。水や食料。荷馬車の手配もお願い」

「そう言うと思って、そちらについては、ゴコウの町と交渉しておいたでござる。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団と流民たちの三日分の水と食料を。今から2時間後には物資が届くでござる」

「やるじゃない。ブルースたちのことだから、そこまで言わないといけないのかな? って、思っちゃってた」

「失礼な話だ! ガキの使いじゃあるまいし、指をくわえて、エーリカの到着を待っていたわけではないぞ! さあ、エーリカ、今のうちに休んでおくといい。飲まず食わずでここまで馬で駆けてきたのであろう」

「うん。ブルース、アベル。頼りにさせてもらうね。それじゃ、出発の時間になったら、あたしを叩き起こしにきてね?」

 エーリカはブルースたちにそう言うと、カキンとコッサンを連れて、その場を後にする。エーリカたちは天幕に入り、そこに備えつけられていたベッドに横たわる。それから1時間も経った後であった。エーリカの身体を揺らす人物が現れたのだ。エーリカは眠けまなこをこすりながら、ベッドの上で上半身を起こす。

「エーリカ、お疲れのところすまねえ。カイケイのみやこから早馬が到着した。カイケイのみやこで働いていもらっていたボンスが急報を届けてくれた」

「ボンス? 彼はこの場所にまでやってきたの?」

 タケルが天幕に入り、エーリカを起こした後、ボンス=カレーからの急報をエーリカに告げるのであった。エーリカはタケルにボンスが今、どのような状況にあるのかを詳しく教えてもらう。

「ゴコウの町での噂は本当だってことね。そして、ボンス=カレーも、あたしたちがケアンズ王国に入ることを予想済みと。さすがはクロウリーが見込んだ人物なだけはあるわ」

「なんでも、ボンスはこの報せを送ったのと同時に、ドードー河の渡河地点であるギョウシュ港に向かったそうだ。その港町で手配できるだけの舟をかき集めておくそうだ」

「あたしたちが目指す場所が決まったわね。でも、ボンスだけじゃ、舟の手配が間に合わないかもしれない。タケルお兄ちゃん、あたしに代わって、コタローをギョウシュ港に先行させてほしい」

「おう、任せとけ。起こしてごめんな? もう1回、寝ておいてくれ」

 タケルはエーリカにそう言うと、エーリカの頭を右手で優しくなでる。エーリカは皆の好意に甘え、再び眠りの底へと落ちていく。タケルは天幕の外へと出て、コタローの下に行き、エーリカの命令を伝える。コタローは任せてくだせえと言い、自分の補佐であるオニタ=モンドとジゴロー=パーセン、さらには30人を連れて、ギョウシュ港へと馬を駆けさせる。

 コタローたちが出立してから、さらに1時間が経過する。ゴコウの町の住人たちが運んでくれた水と食料は十分すぎる量であった。睡眠から目覚めたエーリカは、ゴコウの町から物資を運んでくれたゴコウの町民たちに深々と頭を下げるのであった。

「なんでえ、なんでえ。しおらしく頭を下げてんだ! あんたは無い胸を張って、威勢よくしてたほうがお似合いだぞ!」

「うんだ、うんだ! 頭を下げる暇があるんなら、前を向きなって! おいらたちが出来るのは物資の支援のみだってのになっ! これから先、困ったことがあっても、おいらたちはあんたのために、命まではあげれないんだからなっ!」

「ありがとう、本当にありがとう! あたしが国を興したら、ゴコウの町の皆はフリーパスで門を通らしてあげるねっ!」

「そこはおめえ、いつでも宴を開いて、大歓迎だろうが!」

「あたしの国に訪れたら、あなたたちにはお金を落としてもらわないとじゃない! あたしはあたしの国のためなら、守銭奴と呼ばれてもかまわないわっ!」
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