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第9章:スタート地点

第8話:握り合う手

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 拳王:キョーコ=モトカードの剣王講座が終わると、エーリカとクロウリーは今後の血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団員が大幅に増えることについて、説明に入る。エーリカが平北将軍に就任することで、ホバート王国から正規兵が回されてくるであろうと言う。

 その数なんと1500だ。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団員は現在500である。正規兵と合わせて2千となる予定で、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団は一気に大所帯になる。このことについて、喜んでいいのかわからなくなってしまう血濡れの女王ブラッディ・エーリカの双璧のブルース=イーリンとアベルカーナ=モッチンであった。

「ううむ……。2千ともなると、編成を変えざるをえないでござる。拙者、今さらに肝が冷えてきたのでござる」

「同じくだ。単純に考えれば、100人隊長から500人隊長だからな。ブルースのところはケージとランがいるが、うちはミンミンしかおらぬ」

「あら? アベル。あんたの嫁を補佐に格上げすればいいじゃない」

「レイをか!? 2カ月前に立志式を終えたばかりだぞ?? 毎日しっかりと指導しているが、それがしから見れば、まだまだひよっこ同然だ」

「んーーー? あたしの聞き取り調査では、レイは毎日、アベルから元気をもらっているって聞いてるわよ?」

 エーリカはニヤニヤと気持ち悪い笑顔をその顔に浮かべる。アベルはうぐっ!? とたじろぐのに対して、彼の隣に座るレイは顔を真っ赤にしていた。レイは下を向きつつ、指をもじもじ絡めながら、ボソボソと呟き始める。

「げ、元気と言っても、ひとめに隠れて、ちゅーされているだけなのです……」

「おやおや~~~? アベル。お前、俺に言っていたじゃねえか。まだ清いお付き合いしかしていないって。もしかして、お突き合いも済ませていちまったり??」

「ご、誤解を生む表現は止めるのだ、レイ! それがしはレイの額やほっぺたにキスをしているだけだっ! そうしないと、レイが一日ご機嫌斜めなのだ!」

 アベルが弁明すればするほど、会議室に集まる皆はニヤニヤとした顔つきになっていく。特にタケルがしつこかった。本当にほっぺたにチュゥだけなのかと。どう考えても、アベルのような若者がほっぺたにチュゥだけで済まないと思っていたからだ。だが、アベルは創造主:Y.O.N.N様に誓って、それ以上はしていないと豪語したのだ。

「残念なことに、アベル隊長は私を大事に扱いすぎているのです! 皆さんが思っているような展開にはなっていないのです!」

「そうだぞ、レイ。もっと言ってやれ! この煩悩まみれのやつらにだっ!」

 レイの言葉を借りて、アベルは皆を説教する側に回る。しかし、アベル如きに屈するような血濡れの女王ブラッディ・エーリカの幹部たちではない。アベルにカウンターをかますための準備をちゃくちゃくと整えていたのだ。

「レイがうちの隊の補佐になることは承知した。だが、何度も言うが、これはそれがしの贔屓からではないっ! それがしがレイの才器を見込んでのことだ!」

「さすがはアベルね。んで、さっきから気になってたんだけど、レイがおずおずと手を握ってほしいみたいな所作をしてるわよ?」

「お、おい。レイ。あとでしっかりと握ってやるから、今は大人しくしているのだっ!」

「うぅ……。アベル隊長の勇ましい姿を見ていると、私の心が温まってきたのです……。

 惚れている男が皆の前で勇士を見せつけている。その男の彼女としては、これ以上に誇らしいことは無い。だが、そのような状況になればなるほど、女は男を独占したくなってしまう。レイは実のところ、欲張りさんなのだ。人前ではアベル隊長と自分がラブラブなところを決して見せたりはしない。

 でもだ。そうだとしても、やっぱり勇ましいアベルのゴツゴツとした手を握りたいと思ってしまうのは乙女がゆえでもあった。そして、自分の彼氏はこんなに立派で、自分とラブラブなんだと、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの幹部たちに見せつけてやりたいと心の片隅に思っている。

 ぶっちゃけると、レイは発情していたと言っても過言ではなかった。アベル隊長に肌を触れてほしいと願ってしまっている。自分たちは血濡れの女王ブラッディ・エーリカ公認のカップルなのだ。アベル隊長が贔屓で自分の隊の補佐にしたわけではないと言っているが、出来るなら贔屓で選んだと言ってほしかったくらいである。

 乙女心とは本当に複雑だ。アベル隊長のご迷惑になることはわかっていても、『自分の女』と力強く主張してほしいというわがままな心がある。皆の前で公平な扱いをしてくれるのはあるべき隊長の姿として、もちろん誇らしい。だが、そうは言っても、お前だからこそ、自分の補佐に選んだというアベル隊長のわがままな部分を見たいと思ってしまったのだ、レイは。

 レイのイメージとしては、アベルが皆に勇ましいことを言いつつも、皆の目には見えぬところでやましい行為をしてほしいところだ。そのやましい行為は皆から見れば、児戯と断じてしまうことであろうが、この時、レイはアベル隊長がこっそり自分の手を握ってくれることだと思った。

 しかしながら、めざといことにエーリカはレイの心情を察してか、レイの手を握ってあげなさいよと、アベルに助言したのである。

 少し話と立場は変わってしまうが、エーリカ本人としても、何か勇ましいことを皆に発言する時は、誰かに手を握ってほしいと思うこともある。手こそ握ってくれはしないが、クロウリーは発言をもってして、エーリカを支えてくれる。そういうこともあり、エーリカは自信を持って、皆に自分の意見を言う。

「誰かに支えてもらうって、頼もしいものよ。そりゃぁ、レイヨンは自分の都合で、アベルの手を握りたいんだろうけど、それでもアベルにとっては大きな力になるわ。あたしたちが見えないところで、手を繋いでみたら?」

「今すぐ、ここで手を握れと!? それがし、そんな破廉恥なことなど出来ぬ!」

「うっさいわね。つべこべ言わずに、机の下で手を握りなさい。これは命令よっ!」

 命令となれば聞くしかないアベルである。隣に座るレイとしばし見つめ合い、お互いから進んで手を繋ぐ。そうすることで、アベルはエーリカの言いたいことの意味を真に理解する。

「う~~~む。これは存外に悪くない。むしろ、勇気がどんどんと湧いてくるっ」

「そうでしょ? あんたが訓練前にレイヨンに元気を与えているなら、あんたもレイヨンから元気をもらいなさい。それがいくさ場であったとしてもね」

 アベルはエーリカの介入もあって、またひとつ、大人の階段を上ることになる。手を握るという行為ひとつで、ここまで心が穏やかになるのかと。これは自分の隊でも勧めなければならないなと思ってしまう。そのことを包み隠さずエーリカに言うと、エーリカは私も概ね同意よと答える。

「手を握り合う行為を隊の皆にも勧めるのは良いと思う。連帯感と信頼感が育まれるし。でも、注意しておいてね? 行き過ぎた人前でのイチャイチャは、軍規を乱しちゃうから。アベルとレイはそこのバランス感覚を今のうちに養っておいてね?」
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