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第8章:在りし日の感傷

第6話:クロウリーの原罪

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 ニンジャ・ギルドに所属するアヤメ=イズミーナにロビン=ウィルの覚醒依頼を出してから早6日が過ぎようとしていた。アヤメからの結果報告は2日後だ。奇しくもアイス=キノレとキョーコ=モトカードも予定では2日後に一旦、こちらの世界に戻ってくる。また屋敷の中が騒がしくなりますねと思いながら、窓を通して執務室に入ってくる月明かりを楽しむ大魔導士:クロウリー=ムーンライトであった。

「エーリカ様はヒト使いが荒すぎます。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの底上げ。新兵募集。隊長とその補佐の発掘と育成。いくら時間が足りないからと言って、自分から進んで時間を足りなくさせますかねぇ……」

「チュッチュッチュ。さすがは『強欲の聖痕スティグマ』に選ばれたエーリカちゃんなのでッチュウ。エーリカちゃんは自分が欲張りさんなのは、創造主:Y.O.N.N様が悪いと言いそうでッチュウけど、本質はエーリカちゃんなのでッチュウ」

「これくらい欲張りさんじゃなかったら、先生たちも困るんですけどねっ」

 執務室にある机の上にちょこんと乗っている白ネズミの精霊にニッコリと微笑むクロウリーであった。白ネズミの精霊はさも可笑しそうにチュッチュッチュと笑ってみせる。クロウリーとコッシローはひとしきり談笑した後、コッシローは先に寝室へ行っているでッチュウとクロウリーに告げる。

 クロウリーはコッシローが器用に執務室のドアを開けて、続く廊下へと出ていくのを見送る。そして、もう一度、窓から差し込む月明かりを楽しむのであった。しかしながら、日頃の疲れが溜まっているのか、クロウリーは背もたれ付きの椅子から立ち上がることが出来ない。さらにはいきなり睡魔が訪れ、クロウリーの意識を朦朧とさせていく。

 クロウリーは自分の意識が仄暗い水の底に堕ちていく感覚に囚われる。これは悪い夢を見てしまうという予感が心に去来する。いや、古き『感傷』と呼ぶべきなのか? とクロウリーは自問自答する。だが、その問いかけに答えが返ってくる前に、クロウリーはとある日に体験した出来事を夢として見ることになる。

 その夢の中で、クロウリーはとある美しい女性と談笑しあっていた。彼女の耳は尖っており、彼女が自分と同じハイエルフであることをクロウリーは認識していた。草の丈が整えられた芝生。花壇には花が溢れそうなほどに咲き乱れていた。テーブルに着くクロウリーと美しい女性の足元をリスやウサギ、そして妖精たちが楽しく踊っていた。

「今日も皆、元気で何より。クロウリーお兄様も忙しい執務をサボって、あたしのお茶会に参加した甲斐があったでしょ?」

「リズ。私のことを気遣ってくれるのは嬉しいのですが、距離感を間違っていませんか?大精霊使いのヨン=ウェンリーがニヤニヤとした気持ち悪い笑顔をこちらに見せつけてきています」

「では、もっとあたしたちの愛を見せつけてやりましょう? だって、クロウリーお兄様はあたしの唯一の肉親なのですから」

 ひとつの丸テーブルに椅子は4つあった。だが、問題はクロウリーにリズと呼ばれた女性であった。彼女はクロウリーと自分の椅子を隙間が無いほどにピッタリとくっつけ、さらには自分の体重を思いっ切り兄であるクロウリーに押し付けてくる。これが恋人同士ならわからないでもない。だが、クロウリーとリズは血を分けた実の兄妹であった。

 ヤレヤレ……と嘆息するクロウリーであった。クロウリーはこの空間に流れる優しすぎる風に身を任せたい気持ちになっていた。だが、クロウリーに課せられた原罪は決して、彼を居心地の良い世界に置いておくことはなかった。

 クロウリーとリズを囲む世界が急に一変する。ここは理想郷かと思われる屋敷の庭園だったのに、次の瞬間には全てが荒廃していた。焼け落ちていく屋敷。真っ赤に変色した芝生の色。立ち枯れた木々。先ほどまでクロウリーたちの足元を賑やかしていたリスやウサギはモノ言わぬ剥き出しの骨と化していた。

 クロウリーはギョッとする。変わり果てた世界を言葉で言い表すなら、そこはまさに『地獄』であった。クロウリーに体重を預けていたリズは崩れるように椅子から転げ落ちる。慌てたクロウリーは彼女を抱きかかえようとする。しかし、クロウリーは口から思わず悲鳴が飛び出しそうであった。

 彼女が着ていた純白のドレスは血で真っ赤に染まっていた。クロウリーはわなわなと震えながら、リズが生きているかどうかの確認に入る。そんな慌てふためくクロウリーの右手首をあらん限りの力で握りしめる人物が居た。その人物の名はリズであった。リズは血まみれでありながも蕩けるような表情になっていた。

「ああ。クロウリーお兄様。あたしは〇〇様では無く、クロウリーお兄様を愛しています。いくら、クロウリーお兄様があたしを〇〇様に押し付けようとしても、あたしがこの世界で一緒に生きていきたいのはクロウリーお兄様なのです。クロウリーお兄様以外はいらないの」

「リズ! この血はいったい!? あなたは〇〇をその手で殺した!?」

「だって、クロウリーお兄様が望まれたことですもの。クロウリーお兄様の言うことは、創造主:Y.O.N.N様の御言葉よりも尊いの。だって、この不条理な世界で、たったひとりのあたしが愛したお兄様なのだから」

 蕩けたように淫らかな表情になっているリズに対して、クロウリーは苦々しい表情になっていた。自分の犯した罪の重さにクロウリーは押しつぶされそうになっていた。そんなクロウリーの右頬に自分の左手を優しく添えるリズであった。

「あたしが〇〇様を殺した罪を被ります。その罪により、あたしと〇〇様の魂は転生した先でも、つがいのようにこの世界に降り立つはずよ。あたしの愛するクロウリーお兄様。あたしと〇〇様のことをよろしくお願いしますわ」

 リズはそう言うと、全身から力が抜け落ちる。糸が切れたマリオネットのように脱力しきる。そんなリズを抱きしめているクロウリーは彼女の身体から魂が抜けていかないようにと、必死の抵抗を見せる。段々とリズの身体から熱が消えていく。クロウリーはただただ、原罪を背負ったその身を呪うしかなかった。

「リズ。リズ……。ああ、私の可愛いリズ。何度、リズが生まれ変わろうが、その度に私が貴女のことを必ず見つけ出します。そして、〇〇との因縁の鎖をきっと断ち切ってやります。例え、それが創造主:Y.O.N.N様が望まないことだとしても」

 クロウリーは運命への復讐者リベンジャーとなることをリズに誓う。その時、リズが一瞬微笑みかけてくれたような気がしたクロウリーであった。クロウリーはリズを抱き上げ、焼けていく屋敷を後にする。そして、荒野と化した平地をただただひたすら、とある場所へと向かって歩いていく。

 リズの身体は腐れ落ち、骨だけとなる。それでもクロウリーはリズを抱きかかえ続けた。決して、誰にもリズであったモノを渡そうとはしなかった。それがかつての友であった偉大なる4人の魔法使いたちであったとしてもだ……。
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