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第3章:王都:キヤマクラ

第9話:大器の片鱗

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 アイス師匠はめったなことでは、己の過去をエーリカに教えてはくれなかった。だが、アイス師匠と拳王:キョーコ=モトカードが言い争うことで、アイス師匠の昔の姿が垣間見れる。それが、エーリカにとってはこの上ない幸せに感じたのであった。

「昔のアイス師匠って、やっぱりとんでもない厄介者だったの?」

「おうよ。聞いとくれよ。うちのほうが先にセーゲン様から師事を仰ぐことになってな。それが面白くないのか、うちによくつっかかってきたんだぞ?」

「そんな大昔のことを持ち出すのなら、こっちも言わせてもらうわい。こいつ、剣の方はからっきしだから、妹弟子であるわしゃに師事を超えとセーゲン様に言われたことがあったんじゃ。そしたら、こいつ、あろうことか大泣きして、山を三つも越えて大暴れじゃ!」

「う、うるせぇー! 剣の腕前は確かにアイスのほうがはっきりと上だったさ! でも、うちは総合力でアイスを圧倒してただろうがよぉっ!」

「キョーコの身体能力が化け物すぎただけじゃ。しっかし、そのキョーコがセーゲン流すらどこ吹く風となり、その果ては拳王かいっ。さすがにそこまではわしゃでも予想外すぎたわい」

 アイスはそう言うと、何かを懐かしむかのように医務室の天井へと視線を向ける。そうした後、どっかりとベッドを椅子代わりに尻をつけ、隣に座る拳王:キョーコ=モトカードに対して、今夜は朝まで飲み明かそうと言うのだった。キョーコは自分は飲みっぷりも拳王だと豪語してみせる。そして、昔の悪ガキっぷりを思い出したかのようにキョーコとアイスは互いの身体に腕を回しながら、医務室を後にするのであった。

「嵐のような御仁ですね。エーリカ殿。まずは祝着至極に存じます。いくさの時には、拳王様が生きるように先生が配属を考えておきましょう」

「うん、ありがとう、クロウリー。ふぅ……、疲れたぁ。あたし、先に休ませてもらうね。皆、拳王様が血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に加入してくれたことで、今頃、てんやわんやの大騒ぎになっているだろうから、そっちのほうの収拾もお願いするわ」

 次に医務室から外に出たのはエーリカであった。彼女はまだまだ拳王との戦いで負ったダメージが抜け切れていない足取りをしていた。しかしながら、そんな彼女を心配して、お見舞いにきていたセツラ=キュウジョウと医務室の出入り口でばったり出くわすことになる。

「あらら。傷ついた乙女を癒すのは大魔導士の役目かと思っていたのですが、巫女にその役目を奪われてしまいましたね」

「チュッチュッチュ。セツラの気配を感じ取っていたからこそ、彼女にエーリカちゃんを任せる予定だったくせに。よくもまあのほほんと言ってくれるでッチュウ」

 コッシロー=ネヅはクロウリーが曲者だと言うことを長い付き合いで知っている。十数年振りに、こちら側の世界に召喚されたコッシロー=ネヅは、大魔導士:クロウリー=ムーンライトが目をつけている人物を、その目で実際に人物鑑定してみた。創造主:Y.O.N.Nがこの世界に一方的に送りつけてきた祝福ギフトをその身に宿すには、身体が幼過ぎると思えた、あの時点では。

 だが、そこから10年の月日が流れ、胸のサイズは相変わらず成長しないが、歳を取るごとに、その大器っぷりを示し続けているエーリカである。その大きな器に新たな魂が居候することになった。その大きすぎる魂を器の中に入れたというのに、エーリカはいつものエーリカとはあまり変わらないように見えたのだ。

「エーリカちゃんは大器なんでッチュウ? それとも、大馬鹿なんでッチュウ? その辺りがいまいちハッキリとしないでッチュウ」

「コッシロー殿ほどの鑑定眼でもわからないってことは、計り知れないほどの大器ってことでしょう。もしかすると、エーリカ殿は一国のあるじですら足らぬほどの器量を持っているのかもしれません」

「それはさすがに期待しすぎでッチュウ。でも、もしも生まれが一介の刀鍛冶の娘風情でなければと思うと、悔やまれる部分もあるでッチュウね」

 大魔導士:クロウリー=ムーンライトと白ネズミの精霊は、エーリカがこの場に居ないことを良いことに言いたい放題であった。この2人にとって、エーリカは大事な存在である。そう2人に思わせるほど、今のところのエーリカは及第点を遥かに越える100点満点以上の実績を叩きだしている。

 しかしながら、クロウリーとコッシローはエーリカが産まれ持っている本質の素晴らしさがゆえに、同時に『トラブルメーカー』という属性もその本質につきまとうことを、この時ばかりはすっかり失念していたのである。いつもなら、クロウリーはそのトラブル対処として、エーリカのすぐ近くに最低2人は配置させていた。しかし、拳王を配下にするという大快挙をエーリカが為したことにより、クロウリーもまた油断していたと言って過言では無かった。

 医務室から外に続く廊下をセツラと共に歩くエーリカである。エーリカはセツラに軽く身体を預けつつ、ゆっくりと前へと進んでいく。医務室から廊下、さらには円形闘技場コロッセウムの外へ続く通路を歩いていく。だが、そこで待ち構えていた人物がいた。

「あんたっ! もしかして、準決勝で敗れたことを根に持っての待ち伏せ!?」

「エーリカさん、あなただけでも逃げてっ!」

「ちょ、ちょっと待ってほしいのですぅ! いかつい連中を引き連れているぼくが悪いのはわかりますけどぉ。このひとたちはぼくの熱烈なファン兼パトロンなのですぅ。ぼくは逆に、このひとたちを抑えつけている真っ最中だったのですぅ!」

 エーリカたちが円形闘技場コロッセウムの外へと続く通路でばったりと出くわしたのは、エーリカが準決勝で対戦した、あのラン=マールであった。ラン=マールの周りにはベキボキバキと握りこぶしの状態で指の骨を鳴らしているならず者に近しいと表現して良い連中であった。

 だが、コメカミに青筋を立てながら、さらにはおとこと表現して良い連中であるのに、着ている服が明らかにただの町民の物とは素材からして違っていたのである。ラン=マールが彼らのことをパトロンと呼ぶくらいには、裕福な身分の者だと言うことが連想できた。

「うちの可愛いおランちゃんのおちんこさんをしばき倒しやがって! てめえ、覚悟できてんのかっ!」

「全治3カ月だぞ!? おランちゃんのおちんこさんに性的ないたずらを出来ない期間が3カ月だぞ!? ほんと、わかってんのか!?」

「えっと……。あたしのしたことはそれほどに大罪……だった?」

 エーリカは実際のところ、男の娘の価値をあまりよくわかっていなかった。というよりかは、武術大会の準決勝で相対したラン=マールはまだ普通に男だと思わせる恰好をしていた。しかし、今はフリフリのスカート姿で必死に自分のパトロンたちを止めようとしてる。その姿のギャップが激しすぎて、どこからどうツッコむべきなのかと、エーリカは思い悩むことになるし、エーリカが頼るべき相手であろうセツラはセツラで、ラン=マールがあのラン=マールなのかと認識阻害を喰らっている真っ最中であった。
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