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第1章:エーリカの野望

第8話:大魔導士

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 結果として、コタローはエーリカにかすり傷ひとつ付けることは出来なかった。コタローは起きた結果に茫然となってしまうしかない。賊徒に堕ちた身ではあるが、なるべく女子供に危害を加えないようにとホバート王国まで流れ落ちてきた部下たちに徹底した。

 そして、挑発に乗ったあまりに一騎打ちをしでかしてしまったが、それでもこの生意気な小娘を少々痛めつけるだけで済ませようとした。しかしながら、そう考えてはいても心は熱くなる。いくさ自体に辟易した心と身体に熱が再び宿ってきた。そして、上段構えから思いっ切り下方向へと振り切ったのは、勢いだったと言い訳する他無かった。

 だが、コタローが振り下ろした三日月刀シミターはエーリカが横一文字に構えた木刀の中ほどにぶち当たるや否や、エーリカの左手の甲が突然、光り出したのである。その光が木刀自体を包み込み、まるでオリハルコンの棒でも叩いたような衝撃が三日月刀シミターに走る。それゆえに三日月刀シミターは中ほどからポッキリとキレイに折れ飛んだのであった。

「ふぅ……。冷や冷やとさせてくれるわい。エーリカ。賊徒の頭領にトドメを刺せ」

「わかったわ。恨まないでね?」

 エーリカはそう言うと、今度は自分の番だとばかりに両手で持つ木刀を上段構えにする。そして、気合一閃、その木刀を真下へと振り下ろし、コタローの頭頂部に天誅を下したのであった。

 総大将が敗れれば、軍全体の生殺与奪権は勝った側が握ることになる。逃げることもやめた賊徒たちは大人しくエーリカたちに捕縛される。後ろ手に縄で縛られた賊徒たちは立ち上がることも出来ずにその場でへたりこむことになる。

「いやはや。もしかするとエーリカ殿が負けるのではないかと冷や冷やしました。初陣の勝利、誠におめでたい」

 大袈裟にパーンパーンと拍手をしながら、突然、エーリカ率いる若者組の前に現れる人物がいた。片眼鏡をつけた知的な紳士がエーリカに向かってうやうやしく礼をする。エーリカたちは怪訝な表情でその紳士ぶった男に注視することになる。

「あんた、もしかして今は存在しないと言わているハイエルフ!?」

「それは矛盾だらけの質問ですね。先生は紛れもなくハイエルフです。そして、それゆえに今でもこの世界に存在しているのです」

「そんな禅問答じみたことはどうでもいいっ! あんたは誰かと聞いているのっ!」

 エーリカは焦りに似た感情を抱いていた。このご時世、エルフすらめったにお目にかかれないというのに、そのエルフですらひざまづくと言われている高位の存在が自分の眼の前に突然現れたのだ。さらにはまるで自分は貴女に危害を加える気は一切無いという雰囲気を醸し出してくるために、余計に薄気味悪さを感じてしまうエーリカである。

「あんたの目的は何!? 可愛いあたしをどこかにさらってしまおうとしてるわけ!?」

「それは悪い魔法使いの役目ですね。確かに先生は大魔導士と呼ばれていますが、そこまで悪い魔法使いだとは思っていません」

 紳士ぶったハイエルフのこの発言により、若者組の面々までもが怪訝な表情になってしまう。この世界には4人の偉大なる魔法使いが存在する。大魔導士、大賢者、大精霊使い、大神典の4人が該当し、産まれたばかりの赤ん坊でも無い限り、その偉大さはテクロ大陸全土に知れ渡っている。

「大魔導士:クロウリー=ムーンライト?? まさか本当にあのクロウリー様なのですか!?」

「はい。魅力的な淑女レディに名乗る前に先に先生の名前を言い当てられてしまったのは紳士として恥ずかしいことこのうえないです。そうです、先生があのクロウリー=ムーンライトです。以後、お見知りおきを……」

「お見知りおきって、まさか、あたしに付き纏う気なの!?」

「付き纏うとは少々、物騒な言い方ですね……。先生は貴女が抱く野望に興味、いや、失礼。エーリカ殿の野望のお手伝いをしたいと思って、参上させていただいたのです」

 大魔導士:クロウリー=ムーンライトが突然、エーリカたちの眼の前に現れ、さらにはエーリカが野望を果たすための手伝いをしてくれると言ってきた。誰もがクロウリーの言を信じられないと言った表情になってしまうのは至極当然であった。

 しかしだ。このハイエルフの男が醸し出す魔力というよりは神気に近しい雰囲気から察するに、まるっきり口から出まかせを言っているような気はしない。むしろ、好意的感情を前面に押し出してきている。エーリカは困ったという表情になり、若者組の面々と顔を見合わせる。

「やいやい! 拙者のエーリカの手伝いを申し出ても、拙者の承諾無しにはエーリカには指1本触れさせやしないでござる!」

「その通りだ、ブルース! それがしもにわかには信じられん! あんたがあの偉大なる魔法使いのひとりであることは間違いない気がするが、それとこれとは話は別ぞ!」

 ブルース=イーリンとアベルカーナ=モッチンはエーリカを護るかのようにエーリカとクロウリーの間に割って入るのであった。クロウリーは押し出されるかのように数歩下がり、2人の親衛隊をマジマジと見つめるのであった。

「ふむ。そこの2人はなかなかに素質がありますね。貴方たち2人はきっと、エーリカ殿に仕える立派な二大騎士となることでしょう」

「そ、そうでござるか!? エーリカ。このひと、良いひとだと思うでござるよ!」

「ふふっ。エーリカを護る双璧の二大騎士か。エーリカ。それがしはクロウリー様を邪険に扱わないほうが良いと思うようになったぞ」

「あんたたち、本当に単純ねっ! でも、クロウリー様がそう言うのであれば、そうなのかもって思えちゃう……」

 エーリカは不思議であった。14歳という年頃の女性になると、父親の話ですらうるさく感じてしまう。しかし、今さっき出会ったばかりの大魔導士の言葉は透き通っており、まるで心の鐘を心地良くリズミカルに鳴らされている気分になってしまう。

「タケル。あんたはどう考えているんじゃい?」

 アイス=キノレはエーリカのお目付け役として配置させていたタケル=ペルシックに大魔導士:クロウリー=ムーンライトの感想を言ってみろと質問する。タケルはボリボリと右手で頭を掻き、なんだか言葉を発しづらい雰囲気を醸し出すのであった。

「おお。タケル殿。久方ぶりですね。貴方もエーリカの素質を見抜いていたのですか?」

 クロウリーは努めて朗らかな表情で、エーリカから少し離れた所で立っているタケルにフレンドリーに話しかける。だが、タケルの表情はますます曇っていくばかりであった。

「ん? タケルはクロウリー様と面識があったのかい?」

「アイスさん。確かに俺はクロウリーとは知見の仲だった。だが、それは一方的に好意を押し付けられた過去があっただけだ。おい、クロウリー。仰々しいとはまさにこのことだな」

「あれれ? 先生は何か貴方に嫌われるようなことをしましたっけ? すいません。齢300に近づくと、昔の記憶が定かではなくなるのですよ」

 クロウリーのこの言にタケルはチッ……と舌打ちしてしまう。この男はあの当時も今のように飄々としており、それはこれから先も変わらないのであろうと感じざるをえないタケルであった。
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