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第12章:ヒトが覇王を超える時

第3話:立ち上がるエルフ族の女王

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「ちょこざいなッ! ええい、まとわりつくではないッ!」

 覇王が自分の身体に纏わりつこうとしてくるヨンに対して、こぶしを振り上げて、散々にヨンの頭と背中をぶん殴る。ヨンは涙眼になりながらも、喰らいついた覇王の右足を決して離そうとはしなかった。鋼鉄のように硬いながらも、ゴムのようなしなやかさを持つ覇王の太ももにヨンの鋭いドラゴン歯が食い込んでいく。覇王は痛みこそ、それほど感じていなかったが、気持ち悪さからヨンを自分の身から剥がそうと必死になる。

 例えて言うなら、犬が飼い主とじゃれ合っているようにも見える覇王とヨンであった。ヨンは短い前足をも用いて、覇王に寄りかかっていく。それに対して、覇王は両手を用いてヨンをどけようとするが、ヨンは前足の爪でガリガリと覇王の太ももから生える突起物を削っていく。

 するとだ。覇王の右足がどんどんと膨れ上がっていく。ヨンに熱を放射するための突起物を破壊されることにより、覇王の右足全体に熱が籠り、覇王の右足が膨張するという結果を生んだのだ。覇王は自分の右足に起こった不具合に驚きを隠せないままに、ヨンの首をねじ切ってやろうと両腕を回す。形としてはフロントチョークになっているのだが、ヨンの首はひとつになったことにより、その太さを通常の3倍に増している。そのことが功を奏し、覇王はヨンの首をへし折ることすら出来ないでいた。

「これはひょっとしてチャンス……ですかね?」

「お、おう。アニキ。覇王の奴、右足が異常に膨らんでいってやがる。ヨン殿が何かしてくれたんじゃなねえのか!?」

 覇王の身体に異変が起きつつあることを察知したのは、魔族の代弁者や亜人族のおさだけでなかった。彼らの周りに集う面々がこれは好機だということを知る。しかし、そうだからといって、彼らは自分たちの身を護るために張った結界に魔力を使い切ってしまっていた。それゆえに、魔族の代弁者たちは覇王に一矢報いる機会を得ているというのに、何一つ打てる手立てが無い状態であった。

「誰か、覇王に一撃をっ! この機会を逃せば、ヨンくんだけでなく、今までの苦労が水の泡のようにはかなく消えてしまいますっ!」

 魔族の代弁者は誰かこの状況をどうにかしてくれるヒトがいないかと周囲に視線を配る。だが、ニンゲン族の首魁は腹ばいで倒れたままだし、亜人族のおさやその嫁は互いの身を支えつつも片膝をついて、荒い呼吸をしている。さらに自分の部下である戦乙女ヴァルキリーの姿も見えない。そして、ハジュン=ダイロクテンが最後に見た相手は、自分が愛する女性であった。

 彼女はハジュン=ダイロクテンが創り出した闇色のオーラに包まれていた。彼女はハジュン=ダイロクテンと目と目が合うや否や、コクリと頷く。そして、傍らに落ちている宝剣・絶対王者の剣エクスカリバーの柄を両手でしっかりと握り、全てを理解したという所作をハジュン=ダイロクテンに送る。確かな意思を宿した彼女の眼を止めることは出来ないと判断したハジュン=ダイロクテンは彼女に全てを託すことを決意する。

「絶対領域解除……。ですが、くれぐれも無茶をしないでください、アンジェラくん」

「わかっていますわ。ワタクシは次の一撃に命を賭ける気はありますけど、命を落とす気はありませんもの」

 アンジェラ=キシャルは立ち上がり、静かに眼を閉じ、宝剣・絶対王者の剣エクスカリバーにその身に宿る魔力の全てを込めていく。宝剣・絶対王者の剣エクスカリバーはほのかに明滅し、その後、爆発的な光量をその刀身から発するのであった。彼女の周りにいる面々は眼も眩むような光量に押されて、目を自然と細めてしまう。しかし、今から彼女が成そうとしていることを見届けるためにも、完全には目を閉じてしまわぬように注意する。

絶対王者の剣エクスカリバーよ。ワタクシに力を与えてくださいましっ!」

 エルフ族の女王であるアンジェラ=キシャルがそう叫ぶや否や、宝剣・絶対王者の剣エクスカリバーを左から右へと薙ぎ払うように振るってみせる。すると、その黄金こがね色の刀身から、三日月状のエネルギー波が生まれ、それは真っ直ぐに覇王の首めがけて飛んでいく。

「まだそんな力が残っていたかッ! しかし、われをその程度の力でどうにか出来ると思うなッ!」

 覇王は自分の喉元にすっ飛んでくる三日月状のエネルギー波に向かって、轟ッ!! と吼えてみせる。覇王がその身から発した覇気により、エルフ族の女王が宝剣を用いて発したエネルギー波は見る見るうちに減速していってしまう。さらに覇王は減速した三日月状のエネルギー波の片端を素手で掴み取る。それだけでなく、覇王は思いっ切り振りかぶり、手に取った三日月状のエネルギーを元の持ち主に向かってぶん投げてみせたのだ。

 エルフ族の女王はギョッとした顔つきになりながら、自分の放ったエネルギー波を宝剣・絶対王者の剣エクスカリバーの刀身で受けることになる。三日月状のエネルギー波があるじを傷つけんとばかりに、その獰猛な刃をエルフ族の女王に向ける。エルフ族の女王は苦痛に顔を歪めながら、打ち返された三日月状のエネルギー波を中和しようとする。今、自分がコレをどうにかしなければ、自分の近くに居る皆を巻き込んでしまうのは必定であった。だからこそ、彼女はその場から一歩も退くことが出来なくなってしまう。

「皆さん、逃げて……。ワタクシが愚かでした……」

 エルフ族の女王は三日月状のエネルギー波を刀身で受け止めつつ、頬を涙で濡らしていた。自分如きが覇王をどうにか出来ると考えてしまった傲慢さが結果的に皆を傷つけるであろうことに後悔しそうになる。だが、誰も彼女を恨んではいなかった。彼女の周りに居る面々は、何も言わずに彼女を物理的に支え始めたのであった。

「な、何をしているの!? 犠牲になるのはワタクシひとりで良いのですわよ!?」

「そんなつれないことを言いなさんなや。マリーヤ。お前以外の女性の身を助けることになったからって、俺にビンタするのは止めてくれよ?」

「ほんにわらわの旦那様はアホじゃのう。ビンタじゃなくて、タイキックに決まっておるのじゃ」

 亜人族のおさとその嫁は必死に三日月状のエネルギー波と対峙しているエルフ族の女王の背中側に回り、腕を回す。彼女が倒れてしまわぬようにと、身体を支える。

「おい、カンベー。ポンポコ寝入りは止めて、アンジェラ殿を支えるぞ」

ポンポコ寝入りをしていたのではなく、本当に気絶していたのでごわすっ!」

 ニンゲン族の首魁とその軍師がのろのろと立ち上がり、亜人族のおさとその嫁の背中側から支え始める。彼らもまた、まだ『希望』の文字をその胸に抱いていた。そして、その希望の星である女王を助けるべく、動いたのだ……。
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